76 愛されたかっただけ1。
《ヒナ》
『ヒナ』
そう、こんな風にして欲しかった。
コッチを見て欲しかった。
私を見て欲しかった。
「ヒナ様」
『あ、はい、おはようございます』
「どうなさったんですか」
『良い夢を見たんですけど、とても、虚しいです』
私は他の子と同じ様に大事にされて。
遊園地にも動物園にも連れて行って貰えて、誕生日もお祝いして貰えた。
母に愛された夢。
父に愛された夢。
けれど、アレは母じゃない、父じゃない。
良く似た全くの、別人。
今なら分かる。
アレらに、あんな事は出来無い。
「僕には、言って下さらないと分かりません」
『あ、ごめんなさい、何でも無いので大丈夫です。直ぐに仕度しますね』
「詳しく仰って下さいと申し上げてるんです」
『あ、そうなのね、ごめんなさい』
「今日はコチラに朝食をお運びします、少しだけお待ち下さい、良いですね」
『はい、ありがとうございます』
愛されたかった。
大切にされるだろうと思ってた。
でも現実は違った。
「何故、情愛が無いのに付き合おう、等と思えるんでしょうか」
《分かっているだろうネネ、人は簡単に思い込める、利用出来る》
『良い夢だったのに、どうしたの?』
「初めてです、良い夢だったのに、こんなに不愉快な事」
優しく、愛される夢。
今なら分かる。
あの男には無理だった。
都合の良い夢。
有り得ない夢。
けれど、本当にそうだろうか。
自分だったから、では無いだろうか。
他の、彼の理想通りの女だったら、ちゃんと愛されたのかも知れない。
《もし来たなら、確かめてみれば良い》
『どう確かめようか』
確かめられるなら、どう試そうか。
「良い夢だったのに、凄く不愉快なままなんです」
ネネは、酷い相手と間違って一時的に一緒になってしまった。
コチラでは愚かな失敗でも、状況も何もかもが違う向こうでの出来事、しかも既に失敗の原因は理解している。
けれど、納得はしていない。
《僕に何が出来ると思う?》
「狡い尋ね方ですね、アナタに出来無い事はそう無いです」
《尋ねないと分からない事は有るよ》
「今は違うでしょうが」
《ネネはどうしたい?》
意識、思考を読み取る、読まれる事にココの者は慣れている。
けれど、だからこそ口にすべき事は口にする。
それは契約の始まり。
絆を結ぶ為の最初の一歩。
「正しく後悔させたい」
思うだけ。
それだけで願いは叶わない。
《なら、誰が適任だと思う?》
「少し、地獄へ行こうと思います」
《うん、行っておいで》
先日の件は、ネネを酷く消耗させた。
僕らだけを頼って欲しいけれど、ネネは正しい道を選ぼうとする。
そこが堪らなく、いじらしい。
『今日、良い夢を見たのに不愉快だったんですよ』
「あ、私もです、奇遇ですね」
愛されたかった。
大切にされたかった。
ヒナ様は、既に乗り越えてらっしゃる。
けれど純粋な人種には、難しいらしい。
「ヒナ様は既に乗り越えてらっしゃいますけどね」
「羨ましい限りで」
『いえいえ、全ては先代のお陰ですから』
「その叡智が発揮されているのは、ヒナ様に素養が有るからです」
『ありがとうございます』
「どう、納得なさいましたか」
『起きたら既に納得していたんです、無理な事を願っていたのだと』
「成程」
純粋な人種程、不器用でか弱い。
ソレが良いのだと悪魔の貴族は仰いますけど、手間暇だけで無く心も必要とする、高尚な趣味過ぎて僕には全く理解出来ません。
「確かにココには魔法が有りますけど、言わずとも叶う事は僅かです、ネネ様からもしっかり口に出す様に仰って頂けませんか」
「魔法の呪文は、口にしないと叶わない」
『そうですね、ネネさんは何を叶えたいですか?』
「試し、納得したい、ですね」
『なら、どう試しましょうか』
「映画、ご存じですか」
『いえ、殆ど見た事が無いんです』
「有名な映画です、幾つもの部屋に、幾つもの仕掛けが有る。そして謎を解明出来たなら、部屋から出られる」
『成程』
「続編も出ました、もっとコンパクトで時間も進めたり遅くしたり出来る」
『きっと頭の良い方が考えたんですね』
「はい」
『試しに作ってみましょう、きっと貴族が気に入る筈です』
私は既に分かっている。
そして、その事は私の能力だけでは無いと言う事も、きっと以前の私なら分からなかったと言う事も。
既に納得している。
けれど。
《成程、良い案だね》
「ボティス伯爵、あの、既に有るかも知れませんが」
《いいや、無いよ》
『何故です?』
先代に愛されている私でも、分からない事は沢山有る。
《知ってはいても、誰も齎してはくれなかったからね》
『それは分かりますが、何故です?』
《罰すると言う事は、罰せられる恐怖を乗り越え無ければならない、後ろ暗い者にこの案を出す事は難しいんだよ》
『なら、だからこそ齎すべきでは?』
《人は低きに流れる。出来無い事が有る事を受け入れられない者は、その事すら無視し、したい事をしたい様にする》
「事実を都合の良い様に捻じ曲げるのは、良い事にも悪い事にも、適応させてしまいます」
『確かに、ですね』
無作為に、無限に叡智に触れる事が出来無いのも、きっと先代の愛。
コレは思い込みでは無く、感じる事が出来る事実。
傍に居なくても分かる。
私は大切にされている。
「凄いです、本当に」
あっと言う間に出来てしまった。
紫壇の素敵な机に硝子の板2枚と水晶玉、それらが操作盤となり、映し出す道具となり。
システムの基礎となった。
『名前はどうしましょうか』
《更生施設では、どうだろうか》
「あ、はい、構いませんが」
《必ず更生するなら、ソレは矯正施設だ。コレは告白させ、気付かせる施設》
『では寧ろ告解室や懺悔室では?』
《そうだね、若しくは試練の間、どれが良いかな?》
「試練の間で」
曖昧であやふやな記憶、知識だったにも関わらず、それ以上のモノが出来た。
そうか。
知識も経験も無くても良い、ココは口にする事が重要な世界。
話し合えば叶うかも知れない、優しい世界。
《モノは試し、さ、罪人を放り込んでみよう》
ネネは嬉々として凶器について語った。
優しいけれど、だからこそ罪には厳しいネネ。
可愛いネネ。
《何故、試練の間なの?》
「やる気が無いといけないんです、基本的には自主的に動いて欲しい装置なので、それに自主性は重要ですから」
《けれど、悪足掻きをしようとする者も居る場合》
「適度に苦しみ、リセット」
『結果的にこなせない限りは、抜け出せない、か』
「はい」
『だが、こなせたとて』
《更生するとは限らない、確かに試練の間だね》
「入ってみますか、殿下」
《ネネが願うなら》
「結構です」
《ふふふ、優しいね》
優しいネネ。
賢いネネ。
もう成果は十分なのに。
また、ネネは良い提案をした。
「あの」
優しいネネ、賢いネネ。
心無い者には、拷問道具と言われかねないモノを齎したネネ。
『どうしたネネ』
「酷く残虐な装置に思えるかと」
確かに、ただ痛め付けるだけなら、だが。
『気付きを齎す為に、悪しき者に苦痛無くしては、何も無しに齎す事は不可能。もしそんな事が可能だったなら、ココにすら悪しき者は居らず、誰も悩む事は無い筈だ』
「つまり、肯定してらっしゃる」
『無論だ、寧ろ償える場が有るのなら、俺は進んで行うつもりだ』
ネネには未だに償えていない。
もし償える場を用意されたなら。
「何を償う気でしょうか」
『勿論、ネネの事だ』
償う前に、ネネから譲歩されているも同然。
触れられると同時に、酷く罪悪感が有った。
「それで、諸手を挙げて受け入れられなかったんですね」
『すまない』
「いえ、コチラの配慮不足でした、良いも悪いも償いだと思って下さい。私が許すまで」
『分かった』
「はいハグ」
『ありがとうネネ』




