64 好物。
《好物?》
「好物が思い付かず驚いているんです、有りますか、好物」
《ネネ》
「以外で」
《んー、強いて言うなら、卵かな》
「あ、茶碗蒸し」
《どんな料理なの?》
「卵蒸します、レオンハルト様はどうですか」
『マッシュルーム、ですね』
「あぁ、じゃあお2人が好む料理が出来ますね」
《作ってくれるの?》
「はい、玉響ちゃんが」
あの龍人の従姉妹が、ネネ専用の侍女にと打診して来た。
ネネの侍女選びが難航していた頃、運良く、丁度。
そうしてネネの周りには、以前と同様の侍女と魔獣、龍人の従姉妹で固められてしまった。
《はぁ》
「何処からが作っていない、になるんですかね、少なくとも立ち会いと味見はしますが」
《んー、まぁ、全く関わって無いとは言わないけど》
「要らないなら遠慮して頂いて結構ですよ、私達で食べますから」
ユノの空きはタマユラが埋めてしまったも同然、僅かな単語でやりくりし、既に馴染んでいる。
早々に、同郷の者を呼べていれば。
《大変なら遠慮するよ》
ネネは優しいから、引くと困る。
可愛いネネ。
「味見程度で、殿下に何か有っても困るので」
《うん、そうするよ》
「はい、では、失礼します」
実際に、今の僕に何が効くか分からない。
強欲の国でかなり確かめたけれど、ココは最も力が弱まる場所。
何が効くか分からない状態では、贅沢は言えない。
《強欲の壺の用意は》
『はい、いつでも』
僕を唯一、無力化させられる魔道具。
軟体生物に拘束は効かない、となれば閉じ込めるしか無い。
中に居る間は休眠状態となり、不便と言えば不便だけれど。
ネネを傷付けるよりは、ずっと良い。
《カイルにも予備の確認を》
『はい』
青竹に茶碗蒸し。
玉響ちゃんの案により、蟹の身と卵が入っている。
贅沢。
「冷やしても美味いのは狡い」
《ふふふ、ですね》
流石アジア圏、食材が豊富で毎日の食事が楽で良い。
欧州王族用の料理は侍女達へ、コチラはガッツリ和食で楽しんでいる。
いや、偶に地元の料理も食べますけど、辛いのは別に好きでは無いので。
「あ、流し素麺」
《どう、なさるんですか?》
コレは、食への冒涜になるんだろうか。
いや、でも、今こそ食べたいと言うか何と言うか。
この青竹でやったら、凄い良さそうだし。
「竹を割って、水を流し」
《素麺も流してしまうんですね、風流、ふふふ》
あぁ、良いんだ。
「少し、頂きに参りましょうか」
《はい、ですね》
そうして青竹を更に頂く許可を得て、竹林へ入ると。
竹の花が咲いていた。
「あ、あの」
『あら、良い運気に恵まれてらっしゃいますね』
「良い運気、竹林が枯れてしまうのでは」
『何にでも、代替わりは御座います、代替わりは良い事ですから。あ、ご安心下さい、他にも竹林は御座いますから』
後に詳しく尋ねてみると、ココでは本当に幸運な事だと喜ばれる事らしく、しかも既に対策案も出来ていた。
何も心配要らない世界。
そんな事を考えつつ、青竹の茶碗蒸しと流し素麺を披露した直後。
問題が起きた。
《ネネ》
様子の可笑しいルーイ氏が、おどろおどろしい壺に吸い込まれ、蓋をされた。
「その魔道具は」
『強欲の壺です』
「強欲の壺」
『中では休眠状態となります、日に何度か様子を見ますのでご安心を』
皇太子が壺の中に入ってて良いんでしょうか。
「何が、作用したのか」
『この青竹かと』
《“竹の花でしょうかね?”》
「あぁ、竹の花かも知れません、目にしましたから花粉に反応したかも知れません」
『分かりました、精査の項目に入れさせて頂きます』
変身には、こんなにも弊害が有ると分かっていたのに、ルーイ氏は行った。
どんだけ。
《ごめんね、ネネ》
向こうには滅多に無い竹の、しかも稀有な花粉に僕はヤられたらしく、料理を食べた記憶すら無い。
「竹料理は大丈夫だそうですし、作っておきました」
青竹のカップに、滑らかな卵の蒸し料理。
《うん、頂くね》
具は何も無いけれど、美味しい。
キッシュより食べ易い。
「アレルギー、分かりますよね」
《うん、そうだけど》
「専門家必須ですが、低量を適度に摂取続けると、改善するそうです」
《あぁ、確かに毒も耐性が付くけど》
「諸刃の剣ですが、無力化には良い材料なので、幾ばくか頂きました」
《ネネ、絶対に出さないでね》
「記憶は殆ど無いそうですが」
《うん、ただ、良い匂いがしてた事は覚えてる。どっちでも》
「お相手も食べてたんですかね、ウワバミソウ」
《うん、らしい、解剖して分かったらしいけれどね》
「大変ですね」
《そう?種の繁栄には必要だったんだと思うよ》
「最早、呪いでは」
《祝福と呪いは紙一重。もうカイルの事は聞いてると思うけど、ご家族はそうしてカイルを成した》
「そこは聞いてませんでした」
《多いんだ、男は特に。獣と同じで、特定の相手が発情しなければ、そのままだから》
「神話生物」
《だね、長寿種は特に、短命種の為に摂取する事も有るから》
「ケント氏の奥様、そこまで」
《どうだろうね、相性さえ良ければ、必要無い事だから》
「大丈夫、ですかね?」
《触ってみる?》
「ちょっと、犯罪者の気分は遠慮させて下さい」
《もう少し成長してた方が良い?》
「はい、外見的年齢の意味で」
《早く結婚しようね》
「一旦無視させて頂きますが、本当に相性が存在するんでしょうか」
《遺伝的に合うか合わないか、疾患が最も少なだろう相性が、匂いや勘で分かる》
「それ、もっと相性の良い相手が現れたら」
《種によるけれど、それは純粋な人種と同じ、真新しさに流されるかどうかだね》
「スライムに去勢は不可能では」
《確かに》
「不安要素が増加しましたが」
《壺にしまっちゃえば良いんだよ、閉じ込めて囲って》
「変態」
顔を抑えて自分に言ってる。
可愛い。
《少し試す?頑張れば少しの間は成長させられるよ》
「いや余力は取っておいて下さい、何か有っても困るので」
《冷静な変態だ》
「煩いですね」
顔を抑えて照れてるのが可愛い。
《ネネの膝の上、好きだよ》
「正確には腿の上ですけどね」
まだ顔を隠したまま強がって、可愛い。
《何で初めてがネネじゃないんだろう》
「私もです」
《ネネは処女だよ、前も今も》
「黙らないと退かす」
《じゃあ黙っておく》
少し落ち着くと、肩や頭を撫でてくれる。
優しいネネ、可愛いネネ。
前の男の記憶、全て消してしまいたい。
早く食べて食べられたい。
『何をされました』
「いや、膝枕を少々」
『なら俺もお願いします』
「デカい犬」
『青い狼のアセナ、英雄を育てた狼の血が俺には流れていますが、勘が働き始めましたか』
ネネに何もしない。
それだけでは足らない。
ネネには選べるだけの立場や地位が揃い、俺達は寧ろ選ばれる側。
いや、最初からそうだった。
もし、ネネが自ら選べていたなら。
「何処の神話なんでしょうか」
『落ち着いて話がしたいので、部屋に来てくれますか』
今でもルーイが婚約者だが、ネネは選べる立場に有る。
コレはマナー違反では無い。
「まぁ、筒抜けと言えば筒抜けですし、はい」
『どうぞ』
あんなに容易い者の、一体何が良いんだろうか。
向こうの価値観は全く分からないが、少なくともネネに瑕疵は無い。
一方的に、相手方に有責が有る事は間違い無い筈だ。
「口調に慣れませんね、意外と」
そう違和感を抱かれる為、意識される為にもと抑制してきた。
全てはネネに選ばれる為。
『アレでもかなり練習しての事なので、口説けるなら戻りますが』
「慣れる様にします、何処の神話ですか?」
『テュルク神話です』
「あぁ、トルコ、阿史那氏族、砂漠地帯でシルクロード」
『はい、緑の怠惰とはかなりの遠縁ですが、繋がっています』
「成程」
『青いタテガミを持つ狼が少年を救い、後に7人の子を成したともされています』
「他にも有りそうですね」
『敵により手足を傷付けられた赤子が、その狼により傷を回復させたが、青年となった彼は戦に向かい英雄となり。戦死、アセナは子を各国へ送り届けると、エルゲネコンと呼ばれる神秘の谷間で静かに息を引き取った』
「あぁ」
10言わなければならない者を寵愛する者は、僅かだ。
それは悪魔か、愚かな人種か。
向こうの事を知れば知る程、それは向こうの者への皮肉だと良く分かる。
御し易い者を量産し、結局は転覆させられる事になる。
理解出来るだけの歴史を積み重ねながらも、未だに愚行を許し続けている。
『褒美が無いなら口説き始めます』
強行手段は嫌悪されるが、強気な駆け引きには弱いネネ。
その塩梅が難しいが。
「膝枕で構いませんか」
『喜んで賜ります』
確信を深める為には、相手の懐に入り込むしか無い。
ネネは見極める為に確かめている。
根を下ろして安全なのか。
もう決して裏切られないか。
酷く傷付けられたのだから、この程度は当然の事。
「私の匂いは良い匂いですか」
『はい、とても』