59 龍。
「何か、龍が増えてました」
《ネネ、竜って2つ有るよね》
「あぁ、東洋の龍、字はこうで。翼は無く、どちらかと言えば蛇に近い、鹿の様な角持ちです」
《そう、弊害や問題は?》
「私には、今は特には」
《コチラも問題無いが、操についてはどうする、ネネの男体の場合だ》
《あぁ、君達は?》
《ネネに従う》
「因みに処女を捧げられても必ず結婚するワケでは無いので、あしからず」
《ネネはしたい?》
「ソチラはどうですか」
この問題も重要だけど、大問題を先に処理したい。
《考えておくよ》
「成程」
《龍だが、清い水に困らぬ能力、らしい》
「です、最初に提示されて断ったんですが、妹なので甘やかしてくれたのかと」
それだけ、なんだろうか。
コレが魔獣の勘なのか、明らかにそれ以上だ、と今なら感覚で分かる。
先程までは微塵も感じさせなかった気配が、ネネの背後から湧き出ている。
嫉妬と、情念、庇護と守護。
《以降はもう、単独行動を禁止するね》
「言われると思ってました、同意致します」
《誰か、いや、侍女選びを先行させようか》
「あぁ、はい」
《いや、コチラが女体化する、問題無いだろう》
「マジですか」
《大真面目だ。誘惑の多い中、平和に育った者を間に入れる危険性について、私は非常に危惧している》
《その問題を乗り越えられそうな者を選考するには、時間が掛かる。良いよ、けれど折衷案で頼みたい、候補が見付かるまでとする》
「大物って本当に面倒ですね、承諾します」
《既に選考中なのと、君にも選考に加わって貰おうと思う》
《私は構わないが》
「宜しくお願いします」
《あぁ、分かった》
《それと、改めてネネの選考基準も頼むよ、ラインハルトと相談して》
「はい」
『では、コチラへ』
ラインハルトが気配を察している様子は無い。
僕は、魔獣となって正解。
いや、コレも運命だとでも言うんだろうか。
《それで、アレの事はコチラ側にのみ分かるらしいが》
《けれど人種が気軽に触れると、警告してくる、君の加護が有った筈だけど》
《アレはネネの守護神となった、ソレを防ぐ手立ては無い》
《あぁ、そこまで》
僕らは、ネネに神には会えないと伝えていた。
意図的に、敢えて情報を絞っていた。
お互いの為に。
《お前も既に魔獣となった、改めて認識の摺り合わせを行うべきだろう》
《神には様々な種類が居る、中でも人種にだけ敢えて伝えられていない事、守護神。能力に関係無く成れる神、けれど、人種が請う事は禁忌とされている》
《そして本来、コチラ側が安易に伝える事は無い》
《本来なら、さして利が無いからね》
《あぁ、寿命が揃ってしまうのだから》
相手の承諾無しに、相手を守護する神となれる。
《但し、どう足掻いても相手が望む等分だけしか与えられない、庇護も加護も。そしてコチラの欲望が勝てば、食い潰してしまう事になる》
《相手の魂にコチラが形を変え、沿い、食い潰せば魂は融合する》
《その先は、分からないね》
《共に生まれ、夫婦となる事は叶わなくなる、とされている》
《差し当たっては、双子か何かかな、はぁ》
《そも相性だ、ネネがココへ現れてくれた事を、今は寧ろ感謝すべきだろう》
《あぁ、少しズレていただけで、ネネは龍人族のモノになっていた。そう言い切れる程》
《兄と呼べる者、それだけネネも相性の良さを自覚しての事だろう》
コレで、良かったのだろうか。
ほぼ運命の相手とも思える相手と、結果的に引き裂く事になってしまった。
僕よりも気の合う、心を許せただろう相手から、僕は無理矢理奪ったも同然。
恨まれ、疎まれても仕方無い。
《こう、正式な手順を踏まなければ、こうして後悔する事になるんだね》
《だが、いや、彼と対面してみると良い。欠けている魔獣の知識も、補われる事だろう》
《かも知れないね、そうさせて貰うよ》
既に今は来訪者を除き、純粋な人種は存在していない。
だからこそ、以前の僕ですらも、何かしらの気配を僅かに察する事が出来ていた。
けれど魔獣の血が濃くなり、察する事が可能となる範囲、質量が格段に変わった。
この黒蛇も、狐もラインハルトも。
情欲だけでネネを愛しく思っているワケでは無い。
幸福を願い、時に身を引く事も常に考えている。
そして自らだけでネネを幸福に出来るのか、常に考え続けている。
そうした事が、魔獣なら当たり前に分かってしまう。
なら、神霊種となる龍人族は、何処まで分かっていたのか。
どの道、彼と会わなければならない。
《では、選考基準を再考させて貰おうか》
《うん、頼むよ》
ココでの兄なるモノを得たせいか、やはり距離感が少し狂ってしまったらしい。
僅かに距離を感じてしまう。
今までがバグっていたせいか、余計に気になってしまう。
「処女の壁は、そこまで強力ですか」
『いや、いえ。すみません、緊張している事は確かです』
「だけ、ですか、飽きたなら早々に撤退宣言をして頂きたいんですが」
『いえ、撤退はしません』
いや、彼との距離が問題だったのだ。
何1つ壁を、障害を感じる事は無かった。
ただお互いに心地良い距離を保つ、それだけで、違和感すら無かった事がおかしかった。
相性が、良かった。
アレが、相性。
いや、けれど身内だ。
身内だからこそ、居心地が良かっただけ、かも知れない。
たった数日で、全てが分かるワケでは無い。
偶々、良い面だけが見れただけ、かも知れないし。
本当に、相性が良かったのかも知れない。
「相性を、感じる事は有りますか、仕事や訓練等で」
『はい、有りますが、ネネには幾ばくか難しいかと』
「魔獣の血、ですか」
『はい、多かれ少なかれ俺達には入っています、それらが強化しての事だそうです』
なら、どう研ぎ澄ませば良いんだろうか。
もう純粋な人種が居ないなら、一体。
あぁ、言わなければ伝わらないのが当たり前。
彼との過ごし方が異常だったんだ。
言わずとも、必要な分だけ言葉を与えられる。
そして既に彼は答えを知っている。
居心地が良くて当たり前だ。
「どう、研ぎ澄ませば良いんでしょうかね」
『調べる時間を頂けますか』
「はい、宜しくお願いします」
分かりきった身内との生活。
楽で当たり前だ。
彼は私の兄なのだから。
《ネネ、一緒に寝ても良いかな?》
「どうぞ」
皇太子が躊躇うのも無理は無い、ネネはネネでありながらも、既に別のモノになっているのだから。
私も神を見たのは初めてだった。
だが、ココまで形に沿うのだとは、思いもしなかった。
ネネの魂の形に沿い、薄く張った膜の様にネネを守っているが、決して邪魔はしない。
ネネの意を汲み、寄り添い、過度に干渉する事も無い。
純粋な、善意のみで出来た結晶の様に澄んでいる。
私は、ココまで純化出来るだろうか。
未だに、その答えは出せていない。
《心配しないんだ》
「なんせ処女ですから。私を理解して下さってるなら、その大切さも理解して下さってるかと」
《そうだね》
「おやすみなさい」
《うん、おやすみ》
無意識に、無自覚に、ネネを得る為に焦っていたのだと今なら分かる。
もしネネが身内の様に感じる者を得てしまったら、守りが堅くなってしまう。
そうなっては、もしかすれば僕は、受け入れては貰えないかも知れない。
現に、今はそうなってしまっているのだから。
《僕は、ココまで純化出来るとは思えない》
《あぁ、私もだ》
神、と呼ばれるモノに、一種の個人的概念は無くなる。
意識は消え、核となる意思のみとなり、相手の事だけを尊重する。
だた相手の為だけに雨を降らせ、相手の為だけに雷を落とす。
例え報われずとも、感謝されずとも。
そうした機構、装置となる。
けれどネネは、決して僕らにこんな事は望まない。
だからこそ、彼は勝手にネネの神となった。
ネネに受け入れられる道筋が無い事を悟り、早々にこの世から撤退した。
もし、僕なら。
既に手を付けた者、これから手を付ける者を恨み、妬んだろう。
けれど彼はその不安も後悔も無しに、ただネネの為の神となった。
過不足無く与えられる神、ネネの為だけに存在する守護の神。
《譲られた筈が、完全な敗北感を味わっているよ》
《神霊種は人と精霊、魔獣、それら全てを含有する種とされている》
《最も神に近い種》
負けた。
けれど、彼の代わりを僕がこなせただろうか。
こうして、僅かに覚えていられるかどうかの、夢の中でしか会えず。
意思の疎通も出来ず、触れ合う事も叶わない。
僕に、耐えられただろうか。
この道が選べただろうか。
《向き不向き、運、だろう》
《少しでも何かズレていたら、僕らは、ネネに関わる事も叶わなかった》
《あぁ、だろうな》
その運命を受け入れ、彼はネネの神となった。
諦めでは無く、全てはネネの為に。
『起きたか』
「ご覧の通り、今、起きましたが。何時から居たんですか」
『半刻前だ』
「乙女の部屋に」
『あぁ』
「妹だ、と仰っていた筈ですが」
『気が変わった、もう1つの妹とする』
「何故」
『抱けるか抱けないか、触れられるかどうかだろう』
「で、だから何故、そうなったんですか」
『口説く事になるが良いのか、長くなるぞ』
「身支度してきます」
『今日の朝飯は焼き魚だ、早く来い』
ネネは早々に身支度を済ませ、話し合いと食事、どちらを優先すべきか最後まで悩みましたが。
良い塩梅に焼けた柚庵焼きを目の前にし、香りに打ちのめされ、食事を優先させる事にしました。
「今日も美味しかったです、ご馳走様でした」
《いえいえ、お粗末様でした》
『次は話し合いか、見回りか』
「両方で」
『分かった』
ネネは異世界に飛ばされましたが、幸いにも以前に過ごした国と同じ場所でした。
ですが、時期は真冬、しかも山間に飛ばされたネネは死を覚悟しましたが。
この龍人族の青年に助けられ、今の今まで面倒を見て頂いていたのですが。
「家を移ります」
『俺の何が不満だ』
「偉そう」
『横柄だったか』
「いいえ」
『阿れば満足か』
「いいえ」
『既に来訪者は物珍しくは無いと知っているだろう』
「兄だと言ってくれたからこそ」
『揺れた事が何度か有っただろう、コレでも待った方だ』
「コレは、もしかして錯覚かも知れ」
『婚姻は弱さを証明する行為か』
「いえ、ですけど」
『頼る事の何が悪い、使えるモノを使って何が悪い、敢えて不便に過ごす事がそんなに偉いか』
「大失敗、したんです」
『分かっている、だが仕方の無かった事だ、誰かが気付けたなら防げた事。罪は等分だ、お前だけの責では無い、他者の罪まで被るな』
「それでも」
『自分を許せ、それとも被害者ぶりたいか、そうされてお前なら納得するのか』
「こう核心ばかりを」
『悪しき慣習を覆さないお前が悪い、過度な自制は自傷行為だ』
「この」
『何が良いのか、口説いて構わんのか』
「ぐぐっ」
『先ずは、そう言う所だ、適度な反骨心は唆る』
「加虐心旺盛な方はちょっと」
『褒めて口説くが構わんのか』
「心の準備が」
『体の準備もさせてやる、明朝には帰るが、眠れるか』
「最悪は、お酒に頼ります」
『程々にな』
「はい、行ってらっしゃいませ」
そうしてネネは変若水に浸かり、大失敗の痕跡は消え。
『コレで引け目は無くなったろう』
「そこですか」
『そこもだ』
「口説かず」
『俺は神でも万能でも無い』
「こう、好意を」
『勘違い、思い違いでは無い。そしてお前の様に勘を無視する事も無い、お前の失敗は勘を無視した事、ただそれだけだ』
「愚かで可哀想な」
『確かに最初は妹として構っていたが、気が変わったと伝えただろう、数日前にも』
「結構、最初では」
『あぁ、気が変わった、触れたくなった』
「姉妹として」
『夫婦としてだ』
「聞いたら、納得してしまうでしょうか」
『何時、納得したい』
「良い塩梅の頃」
『分かった、そう口説いてやる』
「こう言葉巧みに誘導する所が」
『心地良さは有るだろう』
こうして、幾月か経った頃。
ネネは婚姻を果たし、幸せに暮らしました。




