57 ルーイは何になったのか。
「陛下、何故」
『双方の特徴を持つ、その事を愛する人と肌を重ねる直前まで、気付けなかったの。そして、彼に利用される為、愛を囁かれていた』
「心中、お察し申し上げます」
『ありがとう、けれど私は復讐も終え、新たな家族も得た。なら、応援して当然、でしょう?』
そうしてルーイ氏は井戸の近く、下水に繋がる排水溝の上へと置かれた。
「何故、ココに」
『本来の孵化とは違うの、服も何もかも余計なモノを排除し、それから融解と再構築を果たす。だから汚物も一緒に出て来てしまうの』
余計なモノ。
「ルーイ氏は、無事に孵化出来るんでしょうか」
『それは大丈夫、殻は外界からの衝撃に非常に弱いけれど、内部が外界に出てしまわない限りは変化しないわ』
そう話している間にも、灰色のルーイ氏だった何かが、僅かに揺れ動く。
「倒れて割れそうなんですが」
『10日目だから大丈夫、そう割って出る場合も有るそうだから。そうそう、どうして10日なのか教えてあげるわね』
昔々、人々が争い合っていた頃、人ではなくなりたがった男女が居ました。
その男女は神々が住むとされる山々へと赴きましたが、神々が現れる事は無く、とうとう手持ちの食料が尽きてしまいました。
そして女は魔獣の子を食べ、男は魔獣の卵を食べました。
女には何の変化も有りませんでしたが、男は直ぐに石化し、怖くなった女は直ぐに逃げ出し男は置き去りに。
哀れ男は巣に帰って来た魔獣に砕かれ、散ってしまいました。
「それと、10日の」
『ふふ、コレには派生が幾つか有るの』
昔々、人々が未だ争い合っていた頃、人ではなくなりたがった兄弟が居ました。
その兄弟は神々が住むとされる山々へと赴きましたが、神々が現れる事は無く、とうとう手持ちの食料が尽きてしまいました。
そして弟は魔獣の子を食べ、兄は魔獣の卵を食べました。
弟には何の変化も有りませんでしたが、兄は直ぐに石化。
弟は兄の生まれ変わりを信じ、守る事にしました。
ですが、3日経っても7日経っても変化は無く、再び食料が尽きた頃。
弟は兄を火に焚べ、蒸し焼きにし食べようとしてしまいました。
そして哀れ兄は食べられてしまい、弟は人のまま、山を降りました。
「もう2つ有りそうですが」
『そうなの』
昔々、人々が未だに争い合っていた頃、人ではなくなりたがった姉妹が居ました。
その姉妹は神々が住むとされる山々へと赴きましたが、神々が現れる事は無く、とうとう手持ちの食料が尽きてしまいました。
そして姉妹揃って魔獣の卵を分け合い、食べました。
姉妹は共に直ぐにも石化しました。
ですが突風が吹き、2つの石像はぶつかり合い、割れてしまいました。
「次が最後でしょうか」
『そうね』
昔々、人々が再び争い合っていた頃、人ではなくなりたがった親子が居ました。
その親子は神々が住むとされる山々へと赴きましたが、神々が現れる事は無く、とうとう手持ちの食料が尽きてしまいました。
そして親は子に魔獣の子を食べさせ、親は魔獣の卵を食べました。
子には何の変化も有りませんでしたが、親は直ぐに石化し、子はただ親の傍に縋っていました。
そして10日目、親は孵化を果たし。
子を食べ、近くの火山に飛び込み自死してしまいました。
「水が無ければ人は10日で死ぬ、子は餓死か脱水で亡くなっていたのかと」
『そう、守る者が居り、安全に10日間を過ごせねば産まれない。如何に安全を提供出来るかの指標、教訓。そして、そもそも人々が人を辞めたがる様な治世は処刑対象だとの戒めに、キメラの原種の卵の管理を任されているのよ』
「偽物も含め」
『そこも手腕の1つね、前任者の管理方法は教えて貰えないの、基礎意外』
「何故、偽物の提供を」
『逃げ場が無くては人は狂ってしまうわ、しかも狂い方は人其々。自害、他害、そして大量虐殺を引き起こしては千年の汚名を被る事になる。それを避けさせるのも、周辺諸国の王族としての使命、義務だもの』
「そこまで、逃げたくなりますか」
『いいえ、けれど昔の人々は、ね』
パキッ。
卵が内側から割れる生音を、初めて聞いたかも知れない。
そして、その音は連鎖的に起こり。
異臭がしたかと思うと、赤黒いながらも透明な物体が、ドロリと殻から滑り降りた。
「ルーイ」
腐敗臭に思わず不安になってしまい、刷り込み現象の事が頭から外れていた事を、声掛けをした後に思い出し。
どうすべきか悩んでいると。
《ネネ》
音の発信源は、その赤黒い透明な物体だった。
『あぁ、では流しましょう』
その陛下の指示により水が掛けられると、殻は綿あめの様に一瞬で溶け、汚物と共に流れ落ち。
赤黒い透明な物体と、汚れた洋服だけが排水溝の上へと残った。
《ネネ》
今までで1番、ネネ様がドン引きしているかも知れない。
って言うか、俺もドン引きっす。
「あのぉー」
『大丈夫よ、コレで完全体なのよ』
「コレで、ですか」
『そうよ、スライムだもの』
「《スライム》」
『石の殻と同じ、粘菌ね』
「《粘菌》」
『ふふふ、もっと名を呼んであげて』
「陛下、刷り込み現象をご存知ですか」
『知っているけれど、コレは寧ろ逆、思い出させるの』
「では、もし、思い出せない場合は」
『思い出せる限りの状態で留まるわね』
「なっ、立ち会わなければ」
『思い出してしまえば同じ事よ、彼が覚悟を決めた段階で、私は彼に協力する事にしたの。だから、ごめんなさいね』
「ココまでされたら」
『いいえ、今でもアナタに拒否権は有るわ。それに、この程度で振り向かせる事が出来るなら、もっと不幸な夫婦が多い筈だもの。コレは彼が決めた人生、アナタに責任はない人わ』
「あー、陛下、それ凄く難しいっすよ」
『だからこそ、向き合うの、話し合いと約束って大事じゃないかしら?』
「いやでも、こんなに好きってなられちゃうと」
『その好意を信じるも信じないも自由、でも選ぶ自由も有るわ、特にスライムともなるとね』
「そっすけどー」
「補佐を、助言をお願いします、失敗したくないので」
『勿論、アナタの理想とする相手すら探してあげる。けれど、話し合いは必須よ、ね?』
「はい、分かりました」
あの寓話は、誰かが孵化する場合に備えての、一種の腹積もりをさせる装置の役目も有るんだろうか。
不思議と赤黒い透明な物体に、嫌悪感は無い。
と言うか寧ろ、心配になる。
《ネネ》
「神話でなら知ってますけど、変身しますかね」
《ネネ》
「北欧神話です、それにギリシャ神話にも有りますよね、変身物語。外国の方は好きですね、変身」
《ネネ》
「まぁ、日本も日本で異類婚姻譚も多いですし、変身話は多いですが」
《ネネ》
「異形適性が高いせいか、若干愛着が湧きそうになってるんですが、そのままで宜しいんでしょうか」
《ネネ》
「魔獣達がどうして人化したがるのか、影さんから聞きました、人肌同士の触れ合いは違法薬物を越えるそうで」
何処まで理解したのか分からないが、ルーイ氏は人の肌を持つブヨブヨした謎の物体へと変化した。
コレは、先程とは異形具合が違う方向へ向かい、逆に奇妙さが増してしまった。
肌触りは人肌、なのに異次元のブヨブヨ感、そしてヒンヤリと冷たい。
《ネネ》
「奇妙さが増したのでさっさと人型になって貰えませんかね、ヒンヤリされると余計に奇妙」
通じているのかどうか、サッパリ分からない。
謎の物体は膝に乗ろうとしてくるが、何かムカつくので押し退ける。
《ネネ》
「何処から発声してるんですか、と言うか呼吸は、栄養とかどう摂取するんですかね」
あまりゲームをした事が無いので、スライムの生態には疎い。
イメージ的には包み込んで消化するのだろうとは思うが、内臓や器官らしきのは無かったし。
まさか。
《ネネ》
「そのままだと餓死するのでは」
必ず孵化するのが10日と言う事は、逆に言えば中も10日間までしか持たないと言う事。
だからこそ、親は子の遺体を食べた可能性すら有る。
教訓譚の意はそこもか、てっきり孵化の目安の事だけかと。
《ネネ》
「何が食べたいですか」
《ネネ》
「まだ死にたくないんですが」
《ネネ》
「あ、スープにしましょう、いきなり固形物は怖い」
《ネネのスープ》
「作りますからダシにしないで下さい」
《ネネ、食べたい》
「なら口を形成すべきかと」
《なんで》
「哲学的な事を、それともキスする為にとか言って欲しいんですかね」
《ネネ》
「分かっててやってそうなんですよね、ワザとならもう会いませんが」
《ネネのスープ、飲みたい》
「3単語、中々の成長っぷりですが、先ずは形をどうにかしましょう。私の様に人型になって下さい」
《ネネ》
「膝に乗るのもダメです、せめて人型になってからにして下さい、それとも奇妙だと思われ続けたいんですか」
《ネネ》
困られてても困る。
いや、複数の文言の処理が未だ難しいのか。
「人型にならないと抱かれませんよ」
男だから、と言うのは性差別的なんだろうか。
だが、この言葉でルーイ氏が人型になったのだから、男の性欲の強さに驚いても無理は無いだろう。
《ネネ》
「では次に服を着ましょう」
ネネがルーイの服を、と。
一瞬、すっかり戻ったのかと思ってしまったが、ネネの後ろには幼いルーイの姿が。
『直ぐに用意させる』
「はい。と言うか何故レオンハルト氏に警戒しますか」
ネネの後ろから覗き込むばかりで。
『レオンハルト、アナタの側近です』
《ネネ》
「良く知りませんけど仲良しだったでしょう、アナタの側近です、互いに婚約者を誑かし合った仲でしょう」
『ネネ』
困惑する幼いルーイの姿に、ネネが溜め息を。
「分かりました、今は服をお願いします」
『分かった、直ぐに用意させる』
近くの近衛の支度は早く、直ぐにも幼いルーイの服が揃ったんだが。
「もー、どうして着ませんかね」
『多分だが、眠る時は全裸だ』
「成程、ですが食事をするには着るでしょう」
『あぁ』
「食事の為に服を着ます、着なさい」
《ネネ》
「食べないんですか、私の作ったスープ」
《ネネ》
「じゃあ食べたいなら着なさい」
《ネネ》
「はい、食べ終わるまで我慢」
予想通り、水分を摂らせないと不味かったが、何とか水とスープを飲ませる事が出来た。
ただ、問題なのは。
《ネネ》
「寝ろ」
そもそもスライムは眠る概念がさして無いらしい、と言うか個体差が豊富で一概に言えないそうで。
《ネネ》
「ココで1人寂しく起き続けるか、大きくなる為に眠るか、どっちかです」
《ネネと一緒が良い》
「もう少し大人になったら考えます」
容積が大きさに比例するので、この大きさで活発なまま放置は非常に不安が残る、だからこそ眠るか成長するか。
《ネネ》
「これ、キスもエッチも適正年齢相応になったら考えます」
《ネネ》
「よしよし、良い子だから寝て下さい」
《ネネ》
話し掛けて貰う度、ネネの事を断片的に思い出していた。
そして自分の事を思い出す切っ掛けは、とても俗物的な言葉だった。
「ちょっ、噛み千切りますよ」
その言葉に、本能からかゾクゾクした。
《飲み込んでくれるなら良いよ》
そこで初めて食べられたい欲求を理解した。
食べられ、吸収され、1つになりたい。
僕はすっかり変わったのだと、自覚した。
「成長したと思ったら」
《もし選んでくれないなら、ネネが納得する男になれるまで、人も魔獣も吸収する。もしレオンハルトだけを選ぶなら、レオンハルトを吸収する》
「詰ませない約束でしたよね」
《もしレオンハルトも選ぶなら、レオンハルトは吸収しないよ》
「相変わらずハーレム迎合主義なんですね」
《僕には無い良さを理解してるし、レオンハルトなら譲り合えるしね》
「さっきまで怯えてたクセに」
《本当に見知らぬ誰かだと思ってたんだもの》
「小さい方が可愛かったですね」
《じゃあ普段は幼い姿になっておくよ》
「何故、急に」
《大人になりたい理由を思い出したのと、子供扱いが急に嫌になったから、かな》




