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55 東洋編4。

 自分は、弱い事を理解している。

 頼れる人を、友人を不意に失い、未だに狼狽している。


 自分は弱い。

 弱ければ直ぐに代わりの支柱を探す、失った支えの代わり、心の支え。


「ありがとうございました、おやすみなさい」


『俺に惹かれている事を否定する理由は何だ』


「俺様系はちょっと、苦手なので」

『俺様とまでは思っているつもりは無いが、横柄か』


「いえ、ですが寄り掛かったら楽そうなので」

『楽をして何が悪い、頼れるモノ、使えるモノを使って何が悪い』


「そう核心を突くのが疲れます」

『手加減してやってるつもりだがな』


「だとは思いますが」

『お前の失敗作と同列に思われる事は不愉快だ、しっかり見比べろ』


「顔が良い」

『だろう、内面は時に顔に出る、お前は内面の醜さを肌で感じ取ったのだろうな』


 否定する論拠が見当たらない。

 確かに顔が少し好みでは無いな、とは思った。


 けれど、それが勘なのかどうかは、不明なまま。

 ただ、この顔の良さを苦手とする感覚とは違ったのは確か。


 コレが好き避けか。


「飴と鞭が巧そう、つまりは遊ばれそうです」

『多少の事は我慢が出来そうだろう』


「はい、ですが嫉妬は絶対にしたくない」

『だからこその妥協か』


「だったのかも、知れません。確かに競争相手が多いだろう、とはさして思いませんでしたから」


 そうした理想を、押し付けていたのかも知れない。

 けれど、顔が良くても悪くても、浮気をする者は浮気をするし。


 しない人はしない。

 現に姉はしなかった、そこそこモテた兄だって。


 なのに、他人の意見に惑わされた。

 一般の、同世代の意見に流された。


『お前はまだ若い、全てを網羅するは難しい事だろう』

「でも、姉も兄も、失敗はしてませんでした」


『見せなかっただけ、では無いのか』


 ユノちゃんにも言われたけど、本当にそうなんだろうか、自信が無い。

 出来た家族の中に自分が居て、自分だけが不器用で、得意分野も無い凡庸な自分に見栄を張ってどうするのかと。


「分かりません」

『性根が曲がった者なら、有り得るかも知れない、そう思う筈だ。誰にも愚かさが有り、弱さが有る、完璧な者など居る筈が無いとな』


「そりゃ完璧だとは思いませんが、愚痴も聞いてましたし、相談してる所も見ましたけど」

『お前は下の者に失敗を知られたくは無い、そうは思わなかったのか』


 最初は嫌だった。

 妹にまで責められたら、流石に壊れてしまうと思った。


「でも、伝えました」

『お前はお前の良い面を認める必要は無い、ただ保持していれば良い、誰にでも容易く得られるモノでは無いのだから』


「どうしても、愚かさと重なるので」

『無垢さが傷付ける事も有る、だが真実は真実だ、鏡を突付けただけで酷いと喚く者と関わる必要は無い。ソレは向こうで言う悪魔だ、悪鬼だ、気にするな』


 安心してしまう。

 納得してしまう。


 けれど、それで本当に良いのだろうか。


 まだ警戒するべきでは無いか。

 まだ、観察すべきではな無いのか。


「ありがとうございました、おやすみなさい」

『添い寝をしてやろうか』


 下心が有るのかも知れない。

 単なる優しさからの申し出かも知れない。


 分からない。


 勘なんて本当に働くのだろうか。

 勘なんて、本当に当たるのだろうか。


「いえ、失礼します」




 疑ってばかりでは辛いだろう。

 警戒してばかりでは、さぞ辛いだろう。


 大切にしていた杖が、支柱が無くなったのだから。


 幼いのだから、弱いのだから、女なのだから。

 頼れば良いものを。


『アレは、眠れているか』


《いえ、未だに。ですが無理も無い事、幾ばくか望まぬ午睡を齎されてしまったのですし》

『アレに近道を示してやっただけだ、だが、不本意では有る』


《お兄様、アレは些か軟派が過ぎるかと》

『堅物で居てどうなる、頑なさはさして変わらんだろう』


《童貞》


『今直ぐに、人の嫁に出すぞ妹よ』

《まぁ怖い、ご心配なら私が寝かし付けに参りましょうか》


『人には其々器が有る、アレを溢れさせるな』

《どうせ、私に取られたくないのでしょう、小さいお兄様》


『酒を用意しろ、俺が寝かし付ける』

《お手を出さないで下さいね、せめて3日は通うべきなのですから》


『どんな男に嫁ぎたい』

《まぁ怖い、直ぐに準備して参りますわね、お兄様》




 ずっと1人だったのに、少しの間2人だっただけで。


『おい、起きているんだろう』


「ドスドスと、ワザとですか」

『あぁ』


「すみません」

『酒を用意してやった、飲め』


 まさに俺様系。

 なのに、心地良い配慮をしやがるのが実に悔しい。


「ありがとうございます」

『憎々しい声色だが、何故だ』


「アナタ様の様な存在は稀有です」


 特に3次元ではほぼ初遭遇です、俺様系。


『稀有か』

「はい、ただ紙媒体では存じていますが、それが特に苦手でした」


 愚かな面が一瞬でも見えた瞬間、あぁ、単なる偉そうなバカか。

 としか思えなくなり、幼いを通り越し、痛い勘違い男にしか見えなくなってしまう。


 扱いの非常に難しいキャラ。


『以降は、他の者に案内させるか』

「そう分かっていながら言う所が本当に苦手です、アナタは私の兄ですか、洒落臭い」


『妹の可愛がり方は何処も同じか』

「かも知れませんね、全く謎ですが」


『昔の素直さが恋しいのだろう』


「こう捻くれさせたのも兄ですけどね」

『だからこそだろうな、元には戻せぬと分かっているのだろう』


「兄だけのせいでは無いですけどね」


『酒が進まんな』

「肴が無いと飲めない口なので」


『早く言え、何が良い』


「アナタの好物は何ですか」

『饅頭だな』


「饅頭怖い」

『合うぞ』


「分かります、甘味は意外と合う」

『だが洋菓子は駄目だ、アレは合わん』


「松風」

『有るぞ、きんつばもな』


「何処から出ましたか」

『腹の横に袋が有る、触るか』


「何か怖いんで止めておきます」

『俺の妹とは違うな、アレなら即座に手を出し抓る』


「実の妹だからかと、私も兄に同じ事を言われたら、同じ事をします」

『何処の妹もこうか』


「かも知れませんね」


 あぁ、明朝に目一杯歯磨きをしよう。

 今日は仕方無い。


 もう、堪らなく眠いのだから。


『布団に入れてやるだけだ、心配するな』




 酒は百薬の長は本当だと思う。

 アレだけ眠れなかったのに、もう朝だ。


 と言うか、ずっと居たのかこの人。

 通りで爆睡だったワケだ。


『おう、起きたか』

「おはようございます、昨晩はお酒をありがとうございました」


『あそこまで弱い者は初めてだ』

「下戸の中の下戸と呼ばれていますから」


『だが酒の味は好む』

「味は好きです味は、なんせお米ですし」


『朝飯は食えるか』

「はい、頂きますが、少し身支度をさせて下さい」


『あぁ、夕飯と同じ場所だ』

「はい」


 気兼ねが無い様にと、昨晩はココで夕飯とお風呂を頂いたんですが。

 立派な日本家屋、築はかなり経っているけれど、設備は真新しい。


 気を使ってくれたんだろうか、それとも潔癖なのか。


 いや、その両方かも知れないし。

 もしかすれば、単に新しいモノ好きなだけかも知れない。


 目が4つだったのが、今は2つ。


 油断は禁物。

 試験は終わっていても、認められているとは限らないのだから。




「美味しかったです、ご馳走様でした」


 お兄様。

 もしかして肝心な事を仰ってらっしゃらないのでは。


《お兄様》

「へっ」

『何だ、紹介なら後でするつもりだったんだがな』


《違います、見定めを終えられている、としっかり宣言なさいましたか》


『こう』

《お兄様、お言葉でお伝え下さい》


『とっくに終えている、と理解していると思ったが』

「いえ、全く」

《ごめんなさい、大方何かに気を取られてしまったのかと》


「あぁ、はい」

『コレが妹だ、昨晩の酒もコイツの用意だ』

《はい、次はもう少し酒精の軽いモノを用意しますね》


「すみません、ありがとうございます」

《いえいえ。それと、妹とは言っても従姉妹なんです、気が合えば嫁にと》

『だが妹は妹だ、いずれ外に出す』


《ですけど兄が結婚してから、が条件なんです、どうですかウチの兄》

『お前も苦手だとする気配は分かるだろう』


《あら、でも迷いも有りますよね?》

『お前は』

「有ります、寄り掛かるには楽そうだ、と」


《ふふふ、正直》

『踏み込むなと言えば踏み込まん、無理はするな』


「正直、言わずとも伝わるのは、少し便利だと思います」

『家を出れば問題無い、家と俺の周囲のみが、コイツの領分だ』

《はい、何か有っては私の嫁ぎ先が変わってしまいますから》


「もう、決まってらっしゃる」

《いえ、ですがお兄様が粗相をすれば、どんどん格下になってしまいますね》

『俺は何もしていないぞ』


《はい、良く存じていますよ》


「何故、この方では無いのでしょうか」

《兄ですから、身内とはちょっと》


「仲が宜しいようで」

《はい、ただ女性の扱いと》

『余計な事を言うな』


《童貞》

『全くお前は』

「何故ですか」


《選り好みが激しくて》

『碌な者が居らんのが悪い』


《ココに傷を負う者は殆どおりません、どうやら、お兄様は傷持ちが好みの様なんです》


「変態、他の方にして下さい」

《まぁ、何処がダメかしら?》


「実の兄の様で憎らしさが顔を覗かせるので」

《まぁ残念》

『もう構うな、食後の余韻を楽しませてやれ』


「何処かに引っ込みました、情報過多で」

《あらあら、じゃあコレで許して、はい》


 そして私も消えますので、ゆっくりしてらして。




『すまんな』

「いえ、身内の過保護さは理解しているつもりですから」


『お前を嫁にする気は無い』

「妹君を幾ばくか重ねての事かと、問題有りません」


『なら妹然としろ』

「無茶を、まだ2日目ですよ」


『何が知りたい』


「好みの女について」


『強さ一辺倒は色気が無い、弱々しいのも面倒だが、上手も好かん』

「それには同意します、完全に」


『対等を望むは、無理か』


「分かりません、ココの方について知りませんから」

『何処を訪ねたい』


「行くべき所か、見せたいと思う場所、ですかね」

『なら、行くか、支度をさせる』


「はい、宜しくお願いします」


 馴染みが良い理由も、構われる理由も理解した。

 なら、大丈夫。


 悪魔ですら裏切らないのに、神霊が裏切るワケが無い。

 けれど、もし裏切られたなら。


 もう、形振り構わず各所に泣き付く。


 もうユノちゃんは居ないんだから。

 もう、1人なんだから。




『好かん』


「左様で」

『何故張り詰めている、何故頼らん』


「寄る辺は選ぶべきですから」

『頼り無さでは無く、不信か』


「申し訳御座いません、慣れていないものですから」

『信じるに値する行為は何だ』


「時間、ですかね」

『何を躊躇った』


「盟約魔法の施行です」

『他愛無い、受けてやる』


「効くんですか、神霊に」

『俺は神では無い、効く筈だ』


「成程、神様には効かない、と」

『俺とて会えぬ者の事は分からん』


「あ、会えないんですね」

『あぁ、ただ居るだろう事だけは感じる』


「なのに疑うとか、不敬では」

『疑わん愚か者の方が存在からして遥かに不敬だ、やれ』


「では、失礼します」


『あぁ、蛇からか』

「ソレ、バレちゃうものですか」


『俺にはな』


「童貞って本当ですか?」

『童貞だ』


「くくっ」

『笑うならハッキリ笑え』


「すみません、非常に勇ましい童貞宣言だったものですから、度肝を抜かれました」

『碌に城も守れん者に家は守れんだろう』


「仰る通りで」

『気が変わった、3つまでとする』


「今の今まで私に嘘を言った事は」


『有る』

「赦す。不意に嘘を、もう言わないで結構ですからね」


『お前は気に食わない』

「赦す。勝手に進めないで貰えませんかね」


『気が変わった』


「何がです?」

『当ててみろ』


「明日の天気の調子」

『お前は間抜けだな』


「良く存じてます」

『俺は神では無い』


「ですが神聖で崇高な生き物だろう、とは思っています」


『童貞だからか』

「はい、ふふふ」


『顔を上げろ、隠すな』

「はいはい、以降は大笑いをお見せしますから、大人しくしてて下さい」


『終わり次第、何か買いに行くぞ』

「何か、何処までも兄然としますね」


『不本意だ』

「染み付いた習慣ですよ、仕方無い、仕方が無い事ですよ」


『何が欲しい』

「ではアナタは何が欲しいですか」


『嫁だ』

「成程、ついでに一緒に探しましょう、掘り出し物が有るかも知れないので。また良いですか、気掛かりが有った時」


『あぁ』

「ありがとうございます」




 矢鱈、買って貰ってしまった。

 幾ら妹慣れしていると言えど、もう少し加減すべきだったろうか。


 いや、だがあの兄っぷりを断れなかったのだから、無理な事。


 だとしても、お返しはすべきだろう。

 何だ、酒か。


 いや、消え物だけで良いものかどうか。


《はい、お支度終わりましたよ》

「すみません、ありがとうございます。お返しを悩んでいるんですが、お酒だけで足りますでしょうか」


《着て見せる事も、かしら》

「あ、はい、でもそれ以外で。かなり買って貰ってしまった気がするので」


《ふふふ、なら、その手紙に俳句はどうかしら》


「字が、不得手なんですが」

《大丈夫、お兄様は物好きだもの》


「確かに、書いてみます、ありがとうございます」

《いえいえ、では失礼しますね》




ーー蜻蛉羽の袖振る妹を、玉くしげ奥に思ふを見たまへ、我が君。


『コレは、意味を分かっているのか』

「はい、ですが今回はアナタ様の妹君はとても素晴らしい、との意味を込めたのですが」


《ふふふ、万葉集から素敵な句を引用して下さるなんて思いもしませんでした、ありがとうございます》

『はぁ』

「すみません、お礼のつもりだったんですが」


《気にしないで、私を結婚相手に勧めているのかと、早とちりしただけよ》

「それは無いです、身内は身内、その事は良く分かりますので」


《綺麗な句ね、何でも覚えているの?》

「いえ、兄と姉の悪巫山戯が嫌で、少し覚えていた程度です」


《あぁ、アナタを誂っていたのね》

「何を言っているか分からなくて、泣いて拗ねたら教えてくれました」


《後は独学なのね》

「はい、兄弟姉妹に関する句を、少しだけですが」


《風流なご家庭ね》

「はい、お陰で試験の点数を稼げた事も有ります」


《ふふふ、でも勉学で決まる人生って、窮屈そうね》

「指標にはなりましたし、得意が無い者には、寧ろ救いですから」


《あら、耳は良いでしょう?》

「だけですし、伸ばす程度の良さでも無かったので」

『もう良いか』


《はいはい、お邪魔しました》

「邪険にし過ぎでは?」

『俺への句を贈らないお前が悪い』


「我が袂まかむと思はむ丈夫は、変若水求め白髪生ひにたり」

『本当に意味が分かっているのか』


「あぁ、妹は時に妻に使う言葉だとは知っています。そして、白髪頭で大丈夫かおっさん、と言う句かと」

『俺がそこまで上に見えるか』


「ですから兄を貶す為に必死で探した句なんです、アナタに贈れる様なモノは存じません」

『白髪生ふることは思わず、変若水はかにもかくにも求めて行かむ』


「有るんですか、変若水」

『欲しいか』


「いえ、特に今は困っていないので」

『初花の散るべきものを、人言の繁きによりて、よどむころかも』


「初花では無いですが」

『血が混じれば初花なら、幾らでも細工は出来る』


「痛いのはちょっと無理です」

『戻す事は簡単だぞ、どうする』


「良いんですかね、詐欺みたいですし」

『初花だと、お前が偽らなければ良いだけだろう』


「ありがとうございます、気にかけて頂いて」

『変若水に浸かれば戻る、どうする』


「じゃあ、まぁ、入手が難しくないのであれば」

『俺が居なくとも眠れるか』


「無理ならお酒を頂きます」

『飲み過ぎるなよ、直ぐに戻る』


「はい」


 お返しのお返しなのか、何かしら後になって必要になるかも知れないから、との配慮なのか良く分からないが。

 何処かに出掛けてしまったけれど、多分、無理はしないでくれる筈。


 そんな事をされては、とても困る。

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