46 葬儀。
お葬式は、とても寂しいものだった。
無理も無い、かなりの長生きでらっしゃり、ご友人は全て亡くなっているのだから。
『ありがとうね、こんなに少ないって思わなかったから』
「人数では無いですが、人手は多い方が良いですから」
ココでは火葬が行われる。
そして完全に骨灰にするには、長い時間が掛かる。
けれど火葬に際し、魔法等の使用は非常事態のみ。
最低限、何も手を加えず弔う事で、真っ直ぐにあの世へ行けるのだとされている。
《あの、狐さんの》
『うん、お嫁さん』
「違います、単なる、家族に近い仲間です」
《お越し下さって、ありがとうございます》
『会えって言ってくれたんだ』
「ちょっ」
《本当に、本当に、ありがとうございます。もう、ずっと、眠るのも食べるのも、辛そうで》
それでも恨み言を言わず、会っても尚、決して死を請わなかった。
自分に、出来るだろうか。
来てくれない事を恨まず、請わずに居られただろうか。
『美味しかったよ、美味しいものばかり食べてた味だった、幸せな味だった』
《はい、ありがとうございます》
『眠いでしょ、寝て大丈夫、少し前にちゃんと起こすから』
《でも》
「任せて下さい、お昼寝を沢山しましたから」
『うん』
《はい、ありがとうございます》
私は、ココで、平民に混ざり過ごせないだろう。
こうして、弔いの言葉にすら驚き、碌な事も言えないのだから。
『泣いてる』
「碌な事も言えず悔しいので」
『蛇がね、教えてくれたんだ、味を教えると喜ぶって』
「あぁ」
『後悔とか嫌な気持ちがいっぱいだと、苦くて不味い味。幸せだったら、美味しい味』
影さんは、その不味い味でも食べていた。
自分なら、きっと無理だろう。
何者でも無い、単なる異世界の女。
本当に、ココに居て良いんだろうか。
ココで生きて良いんだろうか。
《あ、ネネ》
「へっ」
『妖精、どうしたの』
《近くに住んでるので、火の番にと思ったんですけど、お知り合いでしたか》
『俺がね』
「私は、ココで生きて良いんでしょうか」
《狐、何したんですか》
『何も、美味しいが嫌だった?』
「分かっているのに、何も言ってあげられず、察しも悪くギリギリになってしまったんです。もう、後悔しか有りません」
『ごめんね、俺がうっかりしてたから』
《アナタに任せたのが間違いでしたかね。大丈夫です、そうした後悔だけでも彼は十分な筈です、知っていても全てを慮る事は難しいんですから》
「でも、私は、何者でも無い」
『ネネはネネで良いんだよ?』
《全ての者に何かしら重要な事が必ず有る、だなんて僕は嫌ですよ、自由な筈が不自由になるんですから》
「何も、出来なかった」
《情報が重なった結果だ、泣くのは構わない、だが今は後悔はするな。死者の為に流す涙、ただそれだけに留めておけ》
「む、むりぃ」
精霊が珍しく後悔している。
《虐め過ぎましたね》
『私は、正論を言ったまでです』
《嫌悪派、溺愛派の意見をごちゃ混ぜにして、ですけどね》
『敢えて、です』
《綺麗事だけでは納得しないだろう、けれども悪い情報だけでは、悲嘆に暮れてしまうかも知れない》
『彼女は、強いですから』
《けれども繊細な面も有る、その発露の為にも敢えて。君達も君達で、回りくどいと思うけれどね》
『今更、忌避される事に恐れは無い』
《けれども敢えて泣かせる事には、未だに慣れていない。コチラに任せておけば良かったのに、どうしてだろうね》
『分かりきった事を敢えて尋ねる、やはりアナタ達は悪趣味です』
《そうだね、こうしてただ覗き見る事も、実に悪趣味だと思う》
求められない限り、手を差し伸べる事すら叶わない。
なのにも拘わらず、こうして覗き見し、見守り続けている。
無益どころか、負の感情だけが増す行為を、止められない。
自らの決断の先を見取る責務が有る、と敢えて罪を背負い、自らに罰を与え続ける。
この執着が愛では無いのなら、神の愛など無いも同然だろう。
《譲ったつもりだったんですが、こう》
《間合いが悪かった、悪魔と精霊の事を知ったばかり、人種には荷が重い話だ》
《でしたら、余計に》
《だが良い機会でも有った、ネネの心根の優しさを、流石に精霊達も理解しただろう》
『別に、ネネが全部に好かれ無くても良いのに』
《ネネが安心出来るまで、敵を減らし続けるに越した事は無いだろう》
《そうですけど、泣かせるのは反対です》
『きっと、起きたらもっと後悔するしね』
《他に方法が無かったんですか》
《機会だ、と言っただろう、いつ破裂するか分からぬ状態だったんだ》
『しかも、絶対来るって言うし』
《分かりました、不測の事態だったとは認めますが、フォローが難しいなら交代して下さい》
『でもあんまりネネに興味が無いんでしょ?』
《寧ろ逆です、興味が湧きました。当たり前に温室で育ち手入れされた庭と、荒れて当たり前の庭が美しいのとでは、全く違うんです》
『ほら、ネネじゃなくて』
《既にネネに余裕は無い、更に交代となればネネの不安定さに繋がる、ただ尋ねに来る程度にしておけ》
《分かりました、ですけどしっかり保って下さい、この美しい場所を》
《あぁ、勿論だ》
ネネの内情は例え荒れようとも、美しい、絵になる。
根底、土台の強度は勿論、純粋さが光となる。
ネネの感じた悲しさが、そのままコチラに伝わる。
「はっ」
『大丈夫だよネネ、アレから3時間位だから』
「妖精は、影さんが」
『居たらまた泣いちゃうかもって、ネネの心の準備が出来るまで、待ってるって』
「ごめん、取り乱しました」
『ううん、不安だって知ってたけど、何もしなくてごめんね』
「いえ、手を、差し伸べ無かったので」
『言って貰える様にしなかった、妖精に怒られた』
「いえ、整理に時間が掛かって、整理出来ないまま、死に直面したので」
『何かしたい?』
「精霊に、償いたいですね」
『不要です、アナタに傷付けられた覚えは無い』
「ですが、人種として」
『過去の、アナタ以外の人種です。他者の罪を奪っては、他者の罪を償う機会を奪う事になる、そう罪を重ねるべきでは無い』
「ですが」
『構いません、居るだけで害悪だと認定されてはいない、そうしたアナタに存在する事へ罪悪感を持つ事を求めてはいない。持つべきは星屑、そして星屑への処理も求めてはいない』
《要するに、君が過剰に気にする事では無い、と言う事だよ》
「伯爵」
《既に完成したシステム、改良しようと思う事は嬉しいけれど、それだけに囚われる事を望んでいない。出来るなら、僕らは人種の幸福を覗き見たいんだ、精霊もね》
『全てでは有りません、ただ、人種の様に過度に介入する事もしません』
《介入ねぇ》
『あ、消えた』
《不器用で器用、そして同族嫌悪、人型の原型は人だからね》
「同族嫌悪」
《生みの親であり子であるのが人、向こうの人の言葉で言うなら、神に等しい存在。もし、人が神を生み出したなら、そうなっても無理は無いとは思わないかい》
神を憎み、神を愛し、神を疎み求める。
愛憎入り乱れるなんてものじゃない、ほぼ全ての感情が入り乱れて。
「大変、お辛いかと」
《けれど良い事も有る、善き神が生まれ育ったなら、それはとても嬉しい事だとは思わないかい》
親であり、神であり、子でも有る。
「はい」
《よしよし。もう1つ、良い事を教えてあげよう、日の出と共に燃え尽きたなら、そのご遺体は幸福な場所へ行けたとされるんだよ》
見慣れぬ姿の女性と、祖父の親友の狐さんが、夜明け前に呼びに来て下さった。
《すみません、すっかり寝入ってしまって》
『ううん、ほら、もうそろそろだから』
もし、夜明けと共に燃え尽きたなら、最も幸福だと思える場所に行けた証。
空には明けの明星。
火葬の火は、もう少し。
《あの》
振り向くと狐さんも、女性も居なくなっていた。
私は、急いで両親と兄を起こし、祖父の幸せな最後を見送る事にした。
沢山の思い出話と、祖父の大好きなオムレツと、笑顔で。
《ネネちゃん、目がパンパン、イジメられた?》
「悔し涙です」
《どうやらソレで突き通すらしい》
《成程、よしよし》
「良い葬儀でした」
《そっかそっか、塩は?》
「やった」
《あー、精進落とし?ゴハン食べた?》
「空いた」
《じゃあ、精進落としっぽいのにしようか、何を出せば良いんだろ》
「黒豆の炊き込みご飯、とか」
《あぁ、お赤飯の逆かぁ》
「後は、肉禁止」
《お魚は?》
「良いらしい」
《不思議》
「ね」
《えー》
「山菜の天ぷらはアリだと思う」
《確かに、でも手に入るかな》
「タラの芽食べたい」
《苦い?》
「ううん」
《じゃあ頼んでみよう》
それからも、ネネちゃんは後ろに抱き着いたままで。
多分、コレ甘えてるんだろうなと思うと、やっぱり凄く可愛い。
本当、妹にそっくりなんだけど。
少しだけ年上なんだよね、ネネちゃん。
だから言えないんだけど、可愛いよね。
《ネネは》
《あ、コレは顔を隠してるだけだもんね》
「酷い顔なので」
《葬儀で何か》
「良い葬儀でした」
《だから向こうでお葬式の時に食べる料理をと思って、野草的なのを、お願いしたいなと思って》
《あぁ》
《問題が?》
《そろそろ、顔見せを、と》
《あー、でもまだゲヘナを見回り終わって無いのに》
《いや、その後で構わないそうだよ》
《なら追々で、じゃ、調理場に行くので》
「失礼します」
同種でも、特に人種は似通った者を好む、とされている。
このまま、ネネに去られてしまうんだろうか。
このまま、忘れられてしまうんだろうか。
なら、早く生まれ変わろう。
離れ難い、忘れ難いのなら傍に行けば良い。
傍に居られる様に、僕を変えれば良い。
ダメなら死のう、ダメなら死ぬのだから。