38 地獄2。
「ありがとうございましたゼパル様」
「いえいえ、何のお構いもしませんで、しかもお見送りも難しくてごめんなさいね」
「いえ、コチラこそ、お邪魔致しました」
「また機会が有ったら、いつでもいらして」
「はい、では」
ユノちゃんが恐れる、最恐最悪のユノを騙る何者かでは無かった。
単にユノちゃんの同級生で、しっかり本名も聞けた。
ではどうしてユノちゃんが気付かなかったのかは、整形、春を売ってかなり改造したらしい。
なので後日、ゼパル候が本来の絵姿を作成するそうなので、複製品を手配して貰う事に。
と言うか、ぶっちゃけ途中からプレイに巻き込まれた。
流石悪魔と言うべきか、羞恥心の存在は知っていても、本人には存在はしないらしい。
いやでも、彼が偶々そう言う性癖ってだけで。
「お疲れ様です」
「どうもケントさん、ご無事で何より」
「いやそれ俺のセリフっすよ、ってか無事っすよね?契約しちゃってませんよね?」
「特には、有益な情報を頂けましたし、魔獣封じも特に無かったので」
《私も影から立ち会っていた、問題無い》
「あざす」
「さぁ、どうしましょうか、本当に無計画だったので困りましたね」
《案内所が有る、そこに向かえ》
「そっすね、迷ったらココって場所なんで」
その、迷ったらココ、とは果たしてどっちの意味なのか。
いや、両方の可能性も有るな。
「では行ってみましょう」
「うっす」
《待て、狐に人化の許可を、ココで人種だけでは心許ない》
『何か俺、蛇に良い様に利用されて無い?』
せり上がるコンちゃん、頭だけ影から出ている影さん。
《譲られたくないのならそう言え、以降は譲ってやらんが》
『分かった、譲られる』
「宜しくお願いします」
『うん、一緒にゴハン食べようね』
「そっすね、目標は休憩で」
「ですね」
そして案内所で如何にもな手書きの地図を頂き、手近なカフェへ。
案内所の方曰く、オススメはベニエだそうで。
『美味しいね』
「うん、買い占めて持って帰りたい」
「ドーナッツと違くて、軽くてモチモチ、どう作ってんすかね?」
「秘儀が有りそうですけど、帰ったら調べて作って貰おうと思います」
「レシピ分かったら俺にもお願いしますね」
「はい」
さぁ、どうしましょうか。
結果的に2号ちゃんは、直ぐには死なない事も知った。
本人が最も捨てられる不安を感じる年の頃に揺さぶり、縋らせ、そのまま食べるんだそうで。
それを2号ちゃんにやんわりとは説明していたし、本人もそれで良いと同意していた。
自分には何も無いから、と。
アレだけ教えられたのに、目をハートにして彼に媚びを売る様に言っていた。
それを救える言葉が、全く見付からなかった。
そして救う意味も、そもそも救うとは何かとすら考えた。
「はぁ、もう帰りましょか」
「そうですね、先ずは報告をしてからにしましょうか」
「うっす」
そうして席を立った瞬間、後方から声が。
『“日本人の方ですか”』
振り向くと、そこにはアルビノの様な幼女。
けれど眉も瞳も黒く、顔立ちは、日本人の様に見え。
しかも、言葉も日本語。
「“はい”」
『“あ、外から来たんですね”』
「“お分かりになるものなんですね”」
『“はい、私はココのモノと融合しましたから”』
「“融合”」
『“成程、来られたばかりなんですね”』
「“はい、1年未満です”」
『“そうでしたか、案内させましょうか?”』
どうしても警戒心が高く出てしまう。
何故、案内を申し出たのか、と。
「“何故でしょう”」
『“私も1年未満、もっと言うと生後半年程ですから”』
どっちの意味でだ。
ココに来て半年程度だとする比喩なのか、本当に生まれ出て半年なのか。
「“それは、比喩的表現の”」
『“あ、いえ、両方です。来て直ぐに食べられ融合したので”』
ちょっと何を言っているのか分からない。
「お嬢様、外見の事をお忘れでは」
『あ、失礼しました、まだ馴染みが無いもので。この外見の半分以上は先代のもので、今は先代への恩返しの模索中なんです』
説明の途中から、いきなり執事の格好をした少年が魔法を使い、クラゲの様な結界を作り出し。
説明も、意味が分からない事が増えただけ。
「お嬢様、人種はか弱く警戒心が高いんですから、もう少し何か身分を」
『あー、えっと。アナタにだけ見せますね、どうぞ』
そうして彼女が出したのは、ココの身分証らしき物。
そこには。
「失礼しました」
『あ、いえいえ、成りたてですからお気になさらず』
来訪者様が最上位の礼を取った。
マジっすか、ココでの最高位とかなのか。
「すみません、警戒心が高くて」
『いえいえ』
「お嬢様、お声掛けの目的が有るのでしたら、僕にも分かる様に説明して下さい」
『あ、私もまだココを良く知らないのと、懐かしさから案内を申し出ました』
「成程」
「ありがとうございます」
『あ、もしかして、お忙しい?』
「いえ、ただ、コチラも身分を」
「あ、うっす、どうぞ」
「失礼致します」
俺と来訪者様の身分証を確認してんのは、多分、シルキー種っすね。
微妙に地面から浮いてるのは勿論、口の動きと声が少しズレてるから、見た目通りまだ若いんだろうな。
「すみませんね、出すのが遅くなって」
「いえ、コチラの身分証です、どうぞ」
うん、やっぱココの王族だったわ。
『“では、行きましょうか”』
「はい、参りましょうか」
にしても来訪者様の国の言葉、全然分かんねぇわ。
『あ、ココ、不思議ですよね』
どうしても気になっていた、常に暗い場所。
そこは頑丈な柵で囲まれ、呻き声は勿論、叫び声が不定期に聞こえ続けている。
案内所では、常夜の場、としか案内されずで。
「どうして暗く、あんな声が聞こえるんでしょうか」
『ゴミ捨て場ですから』
「ゴミ捨て場」
『はい、大概な人が堕ちて来る場所で、私もそこに落ちてたんです』
「落ちてた」
『はい、ですが先代に拾われて、綺麗にして貰って丸吞みされました』
「嫌では」
『もう訳が分からなかったんですけど、コレはとてもマシな状況だと、道中で理解していましたから』
「つまり、危ない場所と言う事でしょうか」
『悪人にしてみれば、危ない場所かと。アレです、交番に悪人が勝手に捨てられる場所が有る感じ、ですね』
「その、悪人とは、どの程度なのでしょうか」
『地獄で罰せられて当然の、供養すらして貰えない様な者が捨てられる場所ですから、普通程度は大丈夫だと思いますよ』
「意外と、地獄には簡単に行けてしまうんですが」
『そうなんですか?』
「はい、蚊を殺しても殺生は殺生、地獄に落ちます。ですけどお葬式、供養して貰えると、大概の事は地獄に行かなくてすみます」
『そうなんですね、知らなかった。それより酷い事で、反省しない者は必ず行くだろうと思っているんです、私にとっての地獄とはそうしたものですから』
「私も、そうだと良いなと思います」
生き物の種類が拡大している現代で、不殺生はほぼ不可能。
病気になれば細菌やウイルスを殺すのだし、虫も殺さなければ感染症で死ぬ、だからこそ生きるには不殺生は不可能。
なら、不殺生とは何か。
そこは全てにおいて、過度に何かをしない、事だと思う。
大罪とされる美食は、過度に加工した食品を好む事を大罪としている。
それは他宗教にも通じる。
肉を食べるには非常に手間が掛かる、血抜きをし内臓を食べるにも大量の水を使用し、時には捌く者は感染症にも気を付けなければならない。
しかも生焼けは食中毒の元、要は手間暇が掛る、一方的に誰かの負担にならない様にと配慮しての事。
だからこそ、肉は宜しくない、そう言っているに過ぎない。
仏陀も又、全てにおいて過度な事は宜しくない、そう厳しい修行の中で悟りを開き教えを広めた。
過度な節制、過度な欲、過度な殺生。
つまりは過度で無ければ構わない。
ただ、その過度を決めるのは時代、そこに沿った生き方をしろと言っているだけ。
そうした生活の知恵に、更に幾ばくか道徳を足したものが宗教。
でも本質を理解するにはコツや時間が必要、だからこそ真理だとか真実や本質を見抜く力を研ぎ澄まさせるか、盲信しろと訴える。
コレこそ、法律の原点だとも言えるだろう。
そう兄が力説していた事が、ココでは真実だと証明された気がした。
『あ、地獄にはお詳しい方ですか?』
「少し、兄が地獄を怖がる私に解説してくれたので」
『良いご兄弟を持ってらっしゃる』
「はい、私には勿体無い家族です」
『ではお帰りに?』
「帰る方法をご存知ですか?」
『いいえ、ですが多分、知る事は出来ると思います』
「アナタは、帰りたくは無いと言う事でしょうか」
『ですね、この様な良い生活は向こうでは無理ですから』
コレも、2つの意味が有る。
元から酷い状態なのか、自業自得で酷い状態になったのか。
「私は、周囲に恵まれ過ぎたので、帰りたくない贅沢者なんです」
『何でも過ぎれば困りますからね、成程』
深く関わるなら、どちら側に居た者なのか見極めなければ。
「どうして、拾うのでしょうか」
『リサイクル、だそうです、私にはまだ馴染みが無い事なので、理解しているかと聞かれると難しいんですが。ただ朽ちるゴミを再利用出来る様にしているだけ、若しくはゴミの中に偶に紛れる貴重品だとか、ゴミ捨て場に間違って捨てられた生き物を拾っているだけなんだそうです』
ココは、異世界の中でも更に異界。
人種がペットとして扱われる事が当然の場所。
「愛玩動物」
『あ、でも殆どは善意なんです、何に関しても。そこに悪意が入る割合は、向こうの人間と同じ程度、だと思います』
確かに、今まで悪意らしき悪意を全く感じなかった。
緊張感は有ったけれど、空は楽しかったし。
そしてこの地に到着する直前に、城とココを繋ぐ魔法陣が中庭に現れたらしく、同行予定だったケント氏は無事に同行可能となった。
そしてプレイを見せるのも、ベラドンナの砂糖菓子を勧めるのも。
それら全ては善意。
ただ生きる世界が違う中での、彼らなりのもてなし方。
「成程」
彼女は多分、善人だ。
元から酷い状況だった、だからこそ同郷を見て声を掛けた、善意からの声掛け。
そして卑下せず家族に恵まれている、と褒めてくれたのは、自分が恵まれていないからこそ。
良い生活とは、前とは違い苦痛を感じる事がほぼ無い、つまり彼女は虐待を受けていた可能性が有る。
なら、彼女の善悪や感覚に狂いは無いのか。
善人でも感覚が違えば、人殺しさえ善行になってしまう、なら彼女はどうなのか。
『気になりますよね』
「はい、ですね」
『行ってみましょうか』
「はい、宜しくお願いします」