37 地獄。
「マリィ、大丈夫かい」
『ごめんなさい、眩暈が収まらなくて』
「無理をしないで、さ、横になって」
『ありがとう、ごめんなさい』
「良いんだよ、ゆっくり休んで」
『ありがとう』
お城を出たのって、間違いだったのかも知れない。
彼はとても優しくて、素敵な人だけど。
この家は貧しくて本すら無くて、寝床は別々。
食事も質素、あの綺麗なドレスも何も無い。
でも、どうお城に戻れば良いか。
「失礼、誰かいらっしゃらるかしら」
女性の声、かしら、不思議な声。
『はい、暫くお待ち下さい』
軽く身支度を整え、覗き穴から外を見ると。
男性なのかしら、背が高くて、綺麗な方。
「あら、お体の調子が悪いのかしら?」
『あ、いえ、今はもう大丈夫です。あの、何か?』
「道に迷ってしまったのよ、しかもそろそろ雨が降りそうで、少し軒下を貸して頂けるかしら」
『是非どうぞ、何のお構いも出来ませんが、上がってらして下さい』
「ありがとう、お邪魔するわね」
お城でも滅多に見ない様な、素敵なお召し物。
それにキラキラと、装飾品も素敵。
『どうぞ、粗茶ですが』
「果物まで、ありがとう」
『いえ、自家製ですのでお口に合うかどうか』
「良い香りね、頂くわ」
『はい』
マニキュア、有るのねココにも。
爪の先まで整えられて、高貴な身分の方なのかしら。
「美味しい干しぶどうね」
『ありがとうございます』
「ふふふ、この指輪が気になるのかしら」
『すみません、爪の先まで整えられて、お美しいなと見惚れてしまいました』
「アナタも、ね、農民の手とは思えない程綺麗だわ」
『何もしないで構わないと、そう、ココに置かれていますので』
「あら、ココの生活は大変そうだけれど、大丈夫なのかしら?」
『拾って貰った恩を、返したいんですけれど……どうしても私には、難しくて』
「あぁ、可哀想に、アナタの様な子はココに居るべきでは無いわ。私の所にいらっしゃい、お相手には私が話してあげる、アナタをもっと素敵にしてあげるわ。さ、先ずはいらっしゃい、紅を引いてあげる」
『あ、私は、もう成人しているので』
「遠慮しないで、さ、いらっしゃい」
彼、なのか彼女なのか。
その方のお膝に座らせて頂いて、口に、薔薇色の紅を付けて貰って。
『ありがとう、ございます』
「ふふふ、コレでお揃いね」
『はい、でも、あの』
「あぁ、私が男だと分かって、怖くなってしまったかしらね」
『いえ、でも、少し不慣れで』
「ふふふ、可愛い子ね、優しく食べてあげるから大丈夫。大丈夫よ、小鳥ちゃん」
ゲヘナへ向かう許可が出るまで、遊園地の話を姫様とし続けた。
そして傍らではユノちゃんが来訪者用の環境整備案を出しつつ、それにも姫様は助言を加え、物事は急速に進んだ。
そして、コチラが一通りの説明を終えた頃。
『ネネ、迎えが来た』
《全く良きタイミングです事、幾ばくかお引き留めをしたいのですけれど、お姉様は堅実な方。見に行かれる他に無いのでしょうけれど、先ずは様子見だけでお願いしますわ》
《うん、今日中に帰って来なかったら迎えに行っちゃうからね》
「うん、ありがとう、ではまた」
《またね、お姉様》
《無理しないでねー》
待たせる事は損失となる、直ぐにも城に転移し、中庭へ。
「お待たせした範囲に入りますでしょうか」
『問題無いよ、改めてしっかり準備しておいで』
「はい、ありがとうございます」
良かった、トイレに行きたかったんだ。
助かった。
『ネネ』
「はい?」
『どうか無事を祈らせて欲しい』
レオンハルト氏が正面に立つと、両手を広げ。
コレはつまり、ハグをさせろと言う事だろうか。
今日まで彼は余計な事は一切せず、言わず過ごしていた。
その事に報いるにも、ハグは妥当な妥協案だろう。
「どうぞ」
『ありがとう』
案の定、ハグだ。
でも親愛のハグと言うか、情愛を持って抱き締められているのだと思う。
彼は良く堪えてくれていた。
ルーイの側近としても、男としても、何かしら言いたい事は有ったろうに。
「なっ」
完全に油断していた。
ココでまさか我慢を止めるとは思わなかった、しかも首筋に喰らい付かれるとは。
からの、キスとは。
やはり男を侮るべきじゃないな、甘かった、近衛とて男なのだから。
『ネネ』
「何て事を、折角見直していた傍から何をしますか」
『おかしな虫を寄せ付けないお守りだ』
「だからって」
『諦めてはいない、待っている』
切なげに言われて、揺さぶられない女が居るだろうか。
しかも潔く手を離した。
本当に思われていないと、どうすれば思えるんだろうか。
ずっと耐え、ここぞと言う時に。
だとしても、油断した。
以降は更に気を付けよう、ハグは危険、ハグは危ない。
「お待たせしました」
『構わないよ、さ、行こうか』
行こう、とはどの様に。
「ちょっ」
『空を飛んでみたかったろう、ほら』
「お姫様抱っこではちょっと怖いです」
『大丈夫、しっかりとゲヘナまで届けるよ』
コレから地獄へ。
もう、既に黄泉渡りの様ですけど、しっかりしがみ付いて飛ぶ事を堪能しよう。
コレが最後の景色になるかも知れないのだから。
「宜しくお願い致します」
今まで、ルーイは怒りから暴力らしき事を振るった事は無い。
人を殺した時ですらも、仕方無く、すべき事をしたに過ぎなかった。
だが今は、拳を振るわせる程。
《僕が見送らないのを良い事に》
『どうぞ、殴って頂いて構いません、それ程の事をしたと思っていますから』
《そう、分かってるなら良いんだ、お疲れ様レオンハルト》
そして彼は感情を抑える事に特化もしている。
切り捨てる事を得意とし、物覚えが早く、些末な事を諦めるなど造作も無い。
一時は彼を皇帝にと祭り上げようとした者達も出たが。
母親が閉経するまではと、そうした者達を黙らせ、そのままエル様の支持者へと変更させた。
世が世なら、彼が皇帝だった。
ただ、間が悪かった。
ネネとエル様が噛み合い、エル様が最高位となる事は揺るぎないものとなった。
世を穏便に発展させる事こそ、人種の役割。
王族皇族に課せられた使命。
王族皇族は、あくまでもその代表。
どう言った者を選ぶのか、他種族から、今でも見極め見定められ続けている。
最も直近で認められたからこそ、未だに新種として扱われる人種は、時に娯楽の道具として扱われる事も有る。
それらを防ぐには、人種も有益な存在だと示し続けねばならない。
災害を招き、他種まで混乱に貶め、且つ他種族に助けられねば独り立ち出来無かった人種。
姿も成り立ちも、全てがか弱い、守られる側の生き物。
だが。
『誰も、そこまで我慢しろとは思ってもいません、殿下』
《だろうね、そもそも自業自得なのだから》
『ルーイ』
《ありがとう、下がってくれるかなレオンハルト、仕事で忙しいんだ。僕を思うなら邪魔をしないで欲しいな、ね?》
『分かりました、失礼します』
私はゲヘナに行けない代わりに、本で解説して貰う事に。
それには陛下とエル様、解説はカイルさん。
境界線は地図通り。
魔族、魔獣、悪魔が支配する場所とされているけれど。
そもそも悪魔って、何って事で。
《私のアンドレアルフスは本体では無く末端、実質分身なんですの》
《ほうほう》
限られた能力が与えられているだけだから、何でも出来るワケでは無い、しかも72柱は専門家集団に近いらしい。
そして本体と同じ様な趣味趣向らしく、その糧となるのは命とは限らない、寧ろ人の悩みこそ糧とする者が多いそうで。
《とあるモノには呪いを捧げましたわ、初恋を知る前に、初恋が叶わぬ事を受け入れましたの》
《えー》
《だって、長続きしないと教えられていたんですもの、なら問題無いと思ったんですの》
《でも、後悔しませんでした?》
《少し、ですけどそうした呪いで良かったと思いますわ、下手に叶った方が厄介な相手でしたもの》
《あぁ、そっか、成程》
《ふふふ、それが彼ですの》
《カイルさん》
《だそうで》
《例え叶っても幾年もお待たせする事になりますし、想えばこそ、相応しい方と一緒になられて欲しいと思っておりますわ。私の見えない場所で、ね》
《そこは乙女でらっしゃる》
《勿論ですわ、目の前でイチャイチャされたら殺して奪ってしまうかも知れませんもの、お互いの為ですわ》
《だそうで》
《どうして住み分けを、あぁ、来訪者ですか》
『残念だけれど、そうね、大騒ぎをされ暴れられては困るもの』
《彼ら彼女達は、少し私達とは違いますけれど、同じ部分も沢山有るんですのよ》
少し前はその当たり前を無視しちゃってて、気付いて驚いてたんだけど。
《魔獣も魔族も亜人も、そう変わらないんですもんね》
《ですわね》
『私の親はユニコーンなの、今でも言葉は交わせないけれど、意思の疎通は可能よ』
《陛下の親御様はユニコーンなのですね、素敵ですわよね、あの後ろ脚の関節に脚線美》
『そしてもう片方は、人種の男なの』
《あー、あ》
『ふふふ、ココでもその様な反応でも仕方の無い事、大多数は同種を選ぶもの』
《私、理屈は何となく分かるのですけれど、どうしてなのかしら?》
『常に交尾が問題無く行えるかどうか、だと思うわ、種が変わればお作法が変わるでしょう?』
《あー、同種なら何となく分かる事でも、異種となると変わるかも知れない》
《耳の有るモノの類は、首元を噛まれねば発情しないそうですものね、成程》
『人種に慣れぬ耳有りともなれば、相手に怪我を負わせてしまうかも知れない、けれど興奮してそうした事を忘れてしまう場合も有るの』
《血塗れになってしまいそうな》
《あぁ、それでお怪我をする方が絶えませんのね》
『そうなのよ、だからもう少し周知したいのだけれど、どちら側でも異種を選ぶ事は少数派。教育の周知をお願いしても、弱い方が悪い、そうした考えを持つ種族はどうしても蔑ろにしがちなの』
《じゃあ強いなら、だからこそ知るべき、と思うのは人種独特って事ですかね?》
『いえ、殆どはそうよ、良き統治者の元で働くのは楽だと分かっているもの』
《ですけれど、少し阿呆でも強い方が上、そうした種族も確かに存在しますわ》
『大まかにキメラ種とされている種族ね』
《あ、人種の混合は除外ですわよ、その場合は全て亜人とされますから》
《えーっと、エルフのキメラ種って存在するんですかね?》
『亜人、とは人種と他のモノの混合を指す単語なの』
《大きさはエルフと同じですのに、耳が短く成長速度は早く、魔法の素養が無いのが人種ですわね》
《あー》
『先ずは人種の成り立ちを、この世界の成り立ちを、お教えする必要が有りそうね』
先ず光と共に精霊が現れ、闇と共に悪魔が現れた。
光差す時には精霊が動き回り、闇が訪れれば悪魔が動き回った。
そして地表が絶え間なく動く事で地が動き、風が生まれ、山や谷が生まれた。
そうして次に雲が出来上がり、雨が生まれ、川や海が生まれ。
更に激しく星は回り、飛び散った水や土から太陽や月が生まれ、星々が生まれた。
中には飛び散った筈の星がこの地へと飛来し、時に火山を生み出し、ついには同じ方向へ地が動く様にと杭となった。
そんな中、とうとう精霊と悪魔の子が生まれた。
その子供はエルフと呼ばれ、魔獣と呼ばれ、魔族と呼ばれた。
更にその子らの子が生まれると、聖獣やドワーフと、次々に新たな種が生まれた。
そして最後に、彼ら彼女達が持つモノを、一切持たない子が生まれた。
鱗も牙も羽毛も無く、毒も持たない短命な種。
何も持たない子を、半分の種族は怖がり、半分の種族が保護した。
その種が成人すると、半分は興味を失い、もう半分は相変わらず観察を続けた。
そうして新たな種が増えると、星が良く飛来する様になった。
「まぁ、大概の人種に伝わるのは、そこまでね」
「では続きがあるのですね」
「後付けじゃないか、そう議論されている部分ね」
家に穴を開ける星、一帯を焼き尽くす星、毒を撒き散らす星。
美食を齎す星、娯楽を齎す星、飾るに相応しい星と様々に飛来した。
そして正しく星を扱えるモノこそ、賢きモノだと皆が考える様になり。
害の有る星を集めるモノは神となり、掃き溜めに屑星を吐き出し、暫く安寧が訪れたが。
未知の星が新種の里にばかり降る事となり、それは試練と呼ばれる様になった。
「確かに、後半はそう思えてしまいますね」
「でしょう、けれど検証しても、偽装はされて無いそうなのよ」
「なら、まるで予言では」
「そうよねぇ、杭の交代劇の何百年も前の記録だそうだけれど、私は未だに疑ってるわ」
「その証拠は?」
「無いのよぉ、でも悔しいじゃない?誰かの思惑通りに動いている、だなんて癪じゃない」
「ですね」
こうニコニコと語っていたこの方は、ゼパル侯爵。
元は公爵だったそうだけれど、制度改定に伴い侯爵になったらしい。
そして他とは違い、悪魔は能力を開示している。
この方の能力は女性の情愛を操り、時に不妊にし、変化も可能な悪魔。
2号ちゃんの引き取り先は、この方。
真っ赤が好きなのか、イメージカラーなのか、様々な色の赤い衣を使いドレスにしている。
そう、ぱっと見は女性風の男性。
「あの子なら大丈夫、とは言っても、見て確認したいわよね」
「はい、出来れば」
「良いわ、いらっしゃい」
そうして案内された部屋に、2号ちゃんが。
けれどいきなりコチラを見て、キツく睨むと。
『ゼパル様』
「ふふふ、この子は単なるお客様よ、大丈夫」
『本当ですか?』
「私は客人です、この方に何かするつもりもされるつもりも有りません」
「アナタとは違って、ね。悪い子ね、聞いたわよ、ココへ来て色んな男を誘惑していたそうじゃない」
『私は』
「あら、嘘を言ったらどうなるか、それとも罰が欲しいのかしら?」
『ごめんなさい』
「ちゃんとお話出来るわね?」
『はい、だから私を捨てないで、ゼパル様』
彼女はもう、彼にぞっこんだ。
今日の今日、出会ったばかりの、いや彼は情愛を操れる悪魔。
凄い、どんな尋問管よりも優秀かも知れない。




