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3 カサノヴァ・ルーイ子爵。

 内臓は時間との勝負。

 到着後、直ぐに水洗い、その合間に湯を沸かし下茹で。


 沸騰した後、再度洗い、ココで初めて刻み。

 再び軽く洗い、今度は香味野菜を入れた鍋で煮込み、灰汁と油を取りながらも煮込み続ける。


 そして柔らかくなった後、味付けし、寝かせる。


 手の込んだ料理は、水源の豊かさが影響すると言っても過言では無い。

 水が貴重な場所でコレは、贅沢にも程が有る料理。


「さ、どうぞ」

『あ、あぁ』


 味の感想を聞かなくても、分かる。


 この部屋に入った時点で、一瞬だが男性陣の眉間に皺が寄ったのだから。

 そして着席後、少量を口にした瞬間、吐き出す事は無かったが。


 感想に困っている。

 そうだろう、醤油や味噌の匂いに慣れていないなら、寧ろ当然。


「慣れていないでしょうから、お気になさらず」


 出した料理は、そう、モツ煮。


 コチラとてマーマイトやシュールストレミング、ウジチーズには眉をひそめてしまうのだし、仕方無い。

 最初はクサヤや納豆でも出してやろうかと思ったけど、そも漬け物を仕入れるだけでも大変だそうで。


 もし、これでも興味を削げなかった場合、奥の手として出す手筈だ。


『すまない、慣れが必要らしい』

《ごめんね》

「いえ、想定通りですから」


 つか、コレが普通の反応でしょう。


 味は迎え入れる事は出来ても、匂いは慣れだ。

 魚醬だって匂いはキツい物も有る、それと同じ様に思われても仕方が。


 と言うか、ココではガルムって言ってた、ニョクマムとかナンプラーでは無く。


 となればこそ、ココほぼイギリスと捉えて差し支えないだろう。

 と言うのも、信用されて無いのか用心深いのか、国内の大雑把な地図しか渡されていないからだ。


『その、塩分が強くないだろうか』

「住んでいた所では添え物が有ります、そしてコチラも飲みますし、良く汗をかくので」


《良い香りだね》

『そう強くもない味で美味い』

「薄めに出しましたし、水分を摂る為ですから」


 緑茶は好評。

 と言うか紅茶と同じで、もうガバガバ飲みますからね。


 そしてじゃんじゃん出す、出さなきゃそら血圧は下がりませんよ。


『それで、コレは』

「向こうの甘味です」


 糖で周囲が白くなった羊羹を仕入れて貰った。

 しかも、こし餡。


 どうです、面食ら。

 いや、チョコが有るからか平気らしい。


 何だ、つまらん。


《うん、不思議な風味だね》

「元が豆ですから」

『豆、また』


「はい、また豆が原材料です」


 醤油、味噌、餡。

 はい、豆大好きですよね本当、豆腐が有れば更にコンボさせられたけど。


 アレは乾燥豆から作るのクソ大変そうだし、ニガリが手に入るか分からなかった。

 ニガリが危険物扱いされるかも知れない、大量に摂取すれば下痢になるのだから。


 それに、あまり色々と知ってると思われて重用、なんて事は面倒そうだとも思った。


 まぁ、豆腐が無くても。

 いや、中つ国に有るかも知れないのか、豆腐。


 気になるな、そこがどうなってるか次第で色々と考えられそうだし。


『工夫が、凄いな』

「水源は豊富でしたし、そこそこ平和だったからこそかと、なんせ島国でしたから」


 ただ、あまり戦闘が不得手だと思われ過ぎるのも困るな、舐められても困る。

 鎌倉蛮族舐めるなよ。


『あぁ、成程』

「ですが少しなら護身術は心得てます、そこそこ事件も有ったので」


 と言うか、兄に付き合わされ柔道を少し嗜んだ程度だけれど。

 寝技なら任せろ、アレなら体格差はさして問題にはならない。


『成程』


 この絶妙な間が、しんどい。

 このままじゃ磨り減る。


 真に、本当の自由が欲しい。

 ココを害する気は無いから、頼むからほっといて欲しい。




《あの緊張感、凄い警戒されてるよね》

『あぁ』


 味は、良かった。

 ただガルムとは少し違う匂い、しかもガルムすら俺はあまり好んではいない。


 部屋に入った瞬間、思わず眉間に皺が寄り。

 そして味の感想に関しても、直ぐには言えなかった。


 食べ慣れない味、香り、食材。

 良く知るスープの色に近いにも関わらず、思っていた味と違うだけで、こんなにも体が受け付けないものだろうか。


 確かにクセは無い方だ、けれど僅かに感じた酸味の様な何かが。

 どうしても、酸味を感じると緊張してしまう。


 そしてあの複雑な味に腰が引けてしまった。


 ただ、ステーキの味付けは良かった。

 塩とは違う味付け、そう複雑でも無い風味は良かったが、ついガルムを想像してしまい。


 それに炊いたライス。

 どうにも香りが気になって仕方が無かった、食べ慣れてはいても、あの食べ方は初めてだった。


 それこそパンだけ、パスタだけを食べているような。


《そこまで不味く感じた?》


『いや、最後の甘味は良かったんだが。どうにも』

《あぁ、ガルム嫌いだものね》


『違うとは分かっているんだがな』


 ガルムは高級品だ、手間暇は勿論、それこそハーブが多く使われている品。

 大人の味だ、と嗅がされて以来、どうにも苦手で堪らない。


《ごめん、僕もちょっと腰が引けちゃって》

『いや、俺もなんだ、仕方が無い』


 喜んで食べる筈だったんだが、何事も動じない筈のルーイすら困惑していたんだ。

 仕方が無い。


《あの甘味の製法、知らないかな》


『あぁ、だが製法を知っているからこそ』

《教えないかも知れないよね、警戒されてるし》


 やはり、この失敗は覆せないらしい。

 そして病を城内で広げさせてしまった俺達を、愚かな現地民とネネが思っていたとしても、仕方が無い。




「アンコの製造方法、ですか」

《うん、僕もだけれどレオンハルトも気に入ったから、もし知ってたら良いなと思って》


 とうとう、コチラを有用か見定める為の時期に入ったのか。

 なら、手立ては1つ。


「簡単ですよ、砂糖と塩と豆が有れば、ですけどね」


 色合いとしては、キドニービーンズがアンコに最も近くなるだろうか。


 そして茹で戻し、砂糖を加えればアンコとはなる。

 何某かのゼラチンを入れれば羊羹となるだろうけれど、あんな上等な羊羹にはならないにしても、それなりの物が出来上がる筈。


 コレだけで有用性を見定められるだろうとは思わないけれど、まぁ、何も無いと思われるよりは良いだろう。

 ただ、問題は程々に情報を出す事だけれど、ココの程々だと思われる事が、どの程度なのかが分からない。


 それに、分からない事はまだまだ有る。


《こう、何か特別な》

「あの羊羹と全く同じ物は流石に無理ですが、私に職を探せと仰るなら極めてみます」


《いやいや、出来る範囲で構わないから》

「はい、分かりました」




 ネネの反応って、貴族並みに表情が抑えられてて、僅かな変化だけ。

 しかも声の抑揚も少ないから良く観察しないといけない、正直、かなり読み取り難い。


 落とせるなら落とせと言われているけれど。

 全く距離が詰められない。


 下手に詰めればコチラの者は愚かだ下品だ、なら滅ぼそう、と思われかねないし。

 かと言って彼女を直ぐに排除しようとするなんて、愚の骨頂。


 でも、コレで落とせるなら落とせ、って。


 やっぱり無茶だと思う。

 賢ければ賢い程、難しいのだから。


『ルーイ、どうだった』


 僕らが思う通りに出来たら、少しはマシだったかも知れないけど。


《無理だよ、難し過ぎ》

『あぁ、俺もそう思う』




 本当かどうか分からないけれど、カイル氏は料理を気に入ったらしい。

 だがアレルギーを気にするならば、大量に食べさせるのは怖い、それこそ死なれたら困る。


「本当に、体調に変化は無かったんですね」

《あぁ、もう少し試させて欲しい》


「度胸試しですか」

《いや、相互理解の為にも頼みたい》


 そして部屋のキッチンで餡を作りながら、他の仕込みをする事に。


 食べ慣れていてココに有る食材、鶏、小麦。

 コレで何を。


 唐揚げか。


 いや、ウチの味はニンニクと生姜と醤油と酒か、市販の唐揚げ粉。

 ココの調味料で補いつつ合わせつつだなんて、料理人でも無いのに。


 どうする、いっそチキンカツか。


 いや、贅沢が過ぎるだろう、あの柔らかいパンを更に加工するのだし。

 しかも材料が余ったらどうする、卵が絡んだパン粉をムシャムシャと。


 いや、そこはパンプティングか。

 だが、そもそも油は贅沢品だろう、しかも油は加熱すると更に酸化し味が落ちる。


 暫く揚げ物が続く事に。


 いや、それは流石に嫌だ。

 せめて健康には気を配りたい、定期的に魚を食いたい、血液はサラサラでありたい。


 仕方無い、油の他の使用方法を聞くか。


「すみませんが、油を料理以外に使う方法は有るんでしょうか」


《俺の知る限りだと、石鹸にするが》

「あぁ、確かに」


 食器洗うにも石鹸らしきペースト状の何かを使ってますしね、確かにそうか。


《もし、食材への遠慮が有るなら気にしないでくれ》


 有り難い申し出ですが。


「ですけど、兵の方々は」

《ぁあ、アレも訓練なんだ。兵糧に慣れるには基本は粗食、そして祝いの席では豪華にする》


「あぁ、それで」

《金銭的な事も含め、どうか遠慮はしないで欲しい》


「では、手加減はしませんよ」

《分かった》


 そして本当かどうかは一旦無視し、カイル氏に出すと、本当に食べた。

 と言うか唐揚げを黙々と完食し、お代わりまで要求された。


 うん、揚げ物って強い。




《僕より君が先に会うべきだったのかもね》

《アレは本当に美味かった、ガルムに似た匂いすらもしなかったぞ》

『けれど、腹を壊したのだろう』


《だが食あたりでは無い、油慣れしていないか、合わないと起こるらしい》


 来訪者様は慎重だ。

 俺の食後を観察し、異変が起こると直ぐに医師を呼び寄せ、合間には白湯の準備を。


 そして医師と来訪者様が相談した結果、単に油に不慣れなだけだろう、と。

 宴の後、腹が緩くなる者が多い事が決め手となり、侍女達も同意した。


 そこで医師が来訪者様に食事について相談する流れとなっていたが、俺は一時下がらせて貰い。


 再び部屋を訪れると、騎士こそ質素倹約な食事なのは理解したが、改良すべきだと来訪者様が仰った。

 肉類の脂は控え、野菜や魚やキノコ類を多めに摂るべきだ、と。


 少なくとも、コチラの知る常識と同じだ。

 俺は彼女を信用する事にした。


《だね、少なくともかなり常識の一致は多いね》

《もう少し、変わり種なのかと思っていたんだがな》


《そこまで違う世界から来ると思ってたんだ?》

《いや、だが本に有るだろう、時に聖者の皮を被った地獄の使者も来ると》


《あぁ、絵本でね》

《絵本に嘘しか書いていないとは限らない》

『それで、今はどうなんだろうか』


《このまま順調にいったとしても、恋仲になりそうにも無いが、友にはなれる気はしている》


 訓練に対しても、彼女は進言してくれた。

 筋疲労に対する考えも、コチラと同様の知識を持っており。


 謙虚で控え目な淑女としては、ほぼ完璧に近いんだが。

 あくまでも他人として接した場合のみ。


 身内、家族となる者にしか真実は知れない。

 いや、身内すら中身を知らないままかも知れない。


 だが。


『カイルは何か、彼女に問題が有ると思うか』

《いや、知る限り彼女に問題は無い》


 今は、だがな。




『カイルから聞いたんだが、君が作った料理が美味かった、と』

「不味いと思われながら食べられるのも不快で不愉快ですし、食材が可哀想なので遠慮させて頂きます」


 唐揚げとも言えぬ、下味を付け米粉と小麦粉をまぶし揚げただけ、の料理を出した数時間後。

 カイル氏がお腹を壊し、自分の不手際の心配と同時に、父の事を思い出していた。


 揚げ物が好きだがお腹が緩く。

 次の日に何も無い場合か、少し便秘気味な時にだけ、ウチでは唐揚げが出た。


 幸いにも予想通りで、油に耐性が無いだけだった。

 けれども油に弱いのは盲点だった、そこは深く反省している。


『カイルの件についての事情は理解している、だからこそ、どうか改めて食べさせては貰えないだろうか』

「カイル様は」

《俺はコレからも食べたいと思っている》


 情報を得たいにしても、体当たりが過ぎるだろう。

 凄いぞカイル氏。


 それともアレか、便秘がちか。

 そうか、だから態度がかなり柔和になったのか。


 だが、このまま飯炊き女になるのは。

 アリか。


 外の方が良いとは限らない、ココでの居場所を確保しておくに越した事は無いのだし。

 仕事は仕事なのだし。


「分かりました」


 はい、なので今回は北京ダック風にチャレンジです。


 下味を付けた肉を暫し冷暗所で乾燥させ、熱した油を皮面に掛け、焼き場で回しながら焼き続け。

 冷ましている間にクレープ状の皮を焼き、生でも食べれる野菜を千切りにし、味噌や蜂蜜等を混ぜた調味料を添え。


 出来上がり。


 えぇ、色んな店に連れて行ってくれやがった兄弟姉妹、親に今は特に感謝しています。

 子供の頃は楽しかった高級料理店の調理場の風景が、ココで、こんな風に役に立つとは。


『美味い』

「そして食べ易い、食べ慣れた味に近いかと」

《うん、前菜でもメインでも良いし、凄いよネネ》


「いえ、コレはコレを開発した方の名誉です、私は単に真似ただけ。もしお気に召したなら専門家をお呼び下さい、きっと至高の、究極の鴨皮巻きが食べられる筈ですから」


 突き詰めれば果てが無い。

 上には上が居る、コレは単なる真似事。


『真似事でも構わない、既に十分に』

「調理場の方に付き添って頂いておりましたので、更にお口に合う様に改良なさるかと」

《ネネ、来週は何を食べさせてくれるのかな》


 ココから唐揚げ、チキンカツと徐々にハードルを上げ、最終的にはチキンカツとじ丼でフィニッシュ。

 精々、腹を下すが良い、そして早く自由にしてくれ。


 あ、フィッシュ&チップスを後で作ろう、魚大事。

 健康でこそ、自由を謳歌出来るのだから。

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