18 吐露。
贈り物はしっかり自ら選んで欲しい、自分だけを好き、一緒に出掛ける時には余所見をしないで欲しい。
今となっては、当たり前だと思える事でも、幾ばくか面倒に感じていた。
そうした要望の1つ1つは理解しているつもりだったが、憂鬱だった。
理解していると思えばこそ、毎回、当たり前の事を言われ続け。
億劫だ、面倒だと感じていた事にすら気が付かなかった。
好意には好意を、いずれ夫婦になるのだから、出来るだけ相手の意向を汲もう。
そうした常識は知っていた。
だからこそ会えば必ず褒める様にし、機嫌を伺い、話題を合わせた。
コレが当たり前なのだと、常識なのだと、理解したつもりでいた。
けれどそれが堪らなく億劫だったと、好意が全く無かったのだと、今なら分かる。
「当時は」
『自身に情愛が欠けているのか、情熱的な恋や愛は他人が大袈裟に言っているだけか、まだまだ自分が幼いからか』
多少は面倒に感じる事も有るだろう、時には自身の情愛すら疑う事も有るだろう。
そう言われ、自身の感じる事に何の疑いも生じなかった。
「コレが初恋ですか」
『あぁ』
「初恋の相手と娼館に居るって、かなり強烈ですね」
『だな、思いもしなかった』
「どうして、今は好きだと言えるんでしょうか」
『構いたくて仕方が無い、そして構われたい』
「情愛はそうしたモノだと、そう聞かされませんでしたか」
『情愛が薄ければ冷めた様な関係に見える場合も有る、けれども情欲が有れば、不安を抱く必要は無い』
「あぁ、夫婦の形も、情愛も其々だと」
『だとしても、悪い事をしたと思っている』
「いやでも、押してダメなら引いてみて、それでもダメなら身を引くしか無いじゃないですか」
『ずっと冷たいままなら、こうなるのだと良く分かった』
「そんな冷たいですかね」
『いや、検討するとは言ってくれたな』
「あ、2号ちゃん大丈夫かしら」
『仕事だと言って有る、万が一にも何か有れば直ぐに連絡が来る、それに少しは勉強して貰う必要も有るだろう』
「まぁ」
『最初から、こうして語り合っていれば良かった。見栄を張らず、保身に走らず、そうすればネネは教えてくれたろう』
「本当だと分かれば、ですけど」
『ネネは優しい、言えば言う、情や義理を良く理解しているのだと。今なら、分かるんだが』
「居心地が悪いので言うだけの、お人好しなだけです」
『言われて嫌だと思う事でも、敢えて言ってくれるだろう』
「いつか切れる縁だと思ってますから」
『ネネを捨てた男も、俺も馬鹿だと思う』
「アナタの方が、多分、マシです。ルーイの様子を見に行きます」
『あぁ、俺が行く』
「はい、お願いします」
気を使っているのか、念入りに洗っているのか、ルーイの考えは全く分からないが。
ネネを好いている事は間違い無いだろう。
『ルーイ』
《あ、もう上がる》
『あぁ、待っている』
湯上がりに直ぐ魔道具を使って、それを確認したネネが、今度は浴室へ。
《ふーふーするくらいは良いよね?》
『魔法さえ使わなければ、構わないだろう』
《何か話した?》
『反省と、俺の言い訳だ』
《それは別に、僕も好意をそこまで理解して無かったとも言えるし》
『そろそろ、全て』
《分かってる、レオンハルトが入ったら、改めてちゃんと話し合う》
『俺は仲裁に入れないが』
《うん》
言わなきゃいけない事、言いたい事が沢山有る。
それに、謝らなきゃいけない事も。
「はい、交代」
《ちゃんと洗った?》
「洗い過ぎ厳禁ですし、体臭も重要ですから、どうぞ」
《どうぞ》
『あぁ』
そしてレオンハルトは浴室へ、シルクのローブを羽織っただけのネネは、直ぐに箱の前へ。
「コレ、名称有りますか」
《あぁ、魔法印だよ》
「それ以外で」
《どうだろう、無いと思うけど》
「コレ、向こうで、淫紋と呼ばれてるんですけど」
《淫紋?》
「サキュバス居ますよね」
《うん》
「ソレが付ける印とされてるんです」
《性別を変えるのに付けるの?》
「と言うか、感度を上昇させるらしい」
《えっ?》
「ですよね」
《コレ、そうなのかな?》
「どう、なんでしょうね」
《止めとく?》
「いえ、どうせ男になるんですし、多分、大丈夫かと」
《無理しないでね》
「そちらこそ、男性は女性の快楽の半分以下だそうですから」
《それで感度が上がったら失神しそう》
「ですね」
そして直ぐに、ネネはローブの前を開けさせ。
魔法印を押し、僕と同じ様に、ふーふーパタパタとし始めた。
《嘘ついてたんだ、ごめんね》
「どの事、でしょう」
《ネネが怒る位の事》
「ユノと寝た」
《いや、それは無いよ、ユノは友人だもの》
「私を好きじゃない」
《好き、寧ろ囲いたい位に好き》
「えっ、嘘が有るのが嘘?」
《僕の方が皇太子、レオンハルトは隣国の王子で近衛》
多分、魔道具に反応が無いから分かる筈。
コレは真実。
「何か嘘を言って下さい」
《ネネの料理、嫌い》
嘘をつけば魔道具が反応する、時に暖かくなったり冷たくなったり、音が歪んで聞こえたり。
だからきっと、今は反応が有る筈。
僕らの味付けに合わせてくれたネネの料理って、凄く美味しいし、料理中のネネは集中してるから表情豊かで好き。
「えっ」
《うん、ごめんね》
「えー」
《それに絡んでもう1つ、僕とレオンハルトは、お互いに婚約者に同じ事をした。レオンハルトは僕の婚約者を唆し、僕は僕で彼の婚約者を唆した、最初は僕が唆した》
「何故」
《愛が無いと思えたから》
レオンハルトから出るのは溜め息か悩みばかり、彼女からは愚痴ばかりだと調査員から聞いていた、彼女の方から望んだにも拘わらず。
だから僕は両者を試す為にも、レオンハルトと彼の父親、それから皇帝からの了承を得て実行する事にした。
僕はレオンハルトの部下として接触して、取り入って、唆した。
簡単に落ちたからこそ、レオンハルトだけが悪いとは今でも思っていないし、僕は正しかったと思ってる。
「それで、何故アナタの婚約者を」
《婚約者を選ぶ際、敢えて潰したい家の子と婚約したんだ、少し手強くて隙を見せる必要が有ったから。けどレオンハルトは清い身だよ、そこまでしなくても十分だったから》
「アナタが本当に皇太子なら、彼の婚約者に、そこまでする必要は無いのでは」
自分でも少し狡いとは思う。
もしネネが何も違和感に気付かなければ、僕は言うつもりが無かった、あまり言いたくは無かった。
《あぁ、彼の婚約者とは何も無いよ。辺境を回ってる時に、狂った辺境伯が、娘を。もう殺したから大丈夫、全員、一族郎党皆殺しにしたから誰も知らないよ》
同情心は、欲しく無かったから。
「あの、あのパイプの使い方、ご存知ですかね」
ネネが指差したのは、大きなガラスの喫煙具。
《あぁ、うん、けど向こうと同じで少し体に悪いよ?》
「取り敢えず、一口で」
《少しだけね》
こうした道具の手入れは、男の仕事。
外交手段は勿論、男としての最低限の教養とされているけれど、ココでこんな風に活かされるとは思わなかった。
「手慣れてる」
《男の社交場では使う事も有るから、はいどうぞ》
「あぁ、どうも」
ネネがココまで混乱するのは、多分、初めて会った時以来だと思う。
いつもはしっかりしているのに、繊細な出来事には繊細に反応して。
可愛い。
《僕は殆ど覚えて無いし、気にして無いんだけど》
「同情されたくない、だけですかね」
《うん、だからネネも気にしないで欲しいけど、ネネにしてみたら難しいよね》
「いや、もう、実質童貞なのでは」
自分の不利益より、僕への気遣いを優先させてくれた。
根から優しい、その優しさに僕は平気で付け入ろうとしている。
でもきっと、ネネは許してくれる。
《でも全く覚えて無いワケじゃないし、そうした事も有るかもって、覚悟はしてたし》
「で、今は娼館に居る」
《うん》
「しかも女になろうとしてる」
《うん》
「はぁ」
《ごめんね、嘘言って》
「いや、時と事情によるでしょうよ」
《でも、大事な事だから、選ぶには知るべきだと思う》
「すみません、失敗しました。もっと非道に扱って、それこそ接待術なんか」
《それは僕が近衛だと思ったからでしょ?》
「嘘です、皇太子だって分かってました」
《嘘でしょ、ごめんね》
僕も魔道具は所持してるんだけど、こうして抗おうとするのが本当に可愛い。
「あ、アレは、立食会の」
《うん、レオンハルトが僕の色を身に付けてたし、僕が近衛の格好をしてたから。それで驚いてた人も居たね》
「ややこしい事を」
《君達は強力な存在だから、ごめんね》
「仲が良いんですね、レオンハルト様と」
《それ、ちょっと複雑だな、僕の事は今度は名で呼ばずに殿下って呼ぶんでしょ?》
「ですね」
《身を守る為にも、前のままが良いな》
名で呼ばれたい、だなんてどうでも良い事だと思っていたけれど。
ネネを好きになって初めて、そう考える理由を理解した。
立場じゃなく個で捉え、個として扱って欲しい。
「はぁ」
《それ殆ど害が無いけど、もう止めて?》
「凄い同情心しか無いんですけど」
《だよね、ネネは優しいから》
ネネの優しさに対する考えは、未だに不安定だけれど。
完璧じゃない所も可愛い。
「あ、エリザベート様は」
《うん、流石に僕らの事を知ってるからね、ちょっとドキドキしてた》
「あぁ、それで他にも会わせたくなかったと」
《カイルは赤の憤怒の王子だよ、僕が襲われた国だから、ずっと一緒に居てくれてるんだ》
「同情で抱かれるのはどうなんですか?」
《ちょっと、それでも良いかなとは思う、夜伽専用の指導者から一通りは教わってるし》
「寧ろ逆に、女を抱けない可能性が」
《それは大丈夫》
「何故、そう言い切れ」
《ネネは慣れてるかも知れないけど、凄く無防備なんだもの》
窓辺に向かって椅子に座ってるけど、色々と肌は見えてるし、シルクのローブだから何も付けてないのが丸わかりだし。
「もし、乾く前にして、途中で乾くとどうなるんでしょうね?」
《確かに》
「国に無いんですか?」
《ウチはピアスだけだから》
「あぁ」
もう一押し。
《僕は童貞?》
「多分、ほぼ童貞かと」
もう少し押せば出来るだろうけど。
真に納得を得られなければ、例え今抱けても、きっといつかネネは手からすり抜けてしまう。
《それをネネに見極められる?》
落ちて欲しいし、抗って欲しい。
僕がネネに求める事が、少し複雑な事は自覚している。
「ちょっと流されそうなので、状況を整理させて下さい」
《好き、うん、良いよ》
ネネは暫く考え込んでいたけれど、結局は整理が難しかったらしく、コチラに振り向いて口を開いた。
「想定と条件が全く違うので、ちょっと、廃嫡となった場合は」
《レオンハルトの場合は王族を辞めるだけで、僕の近衛である事は変わらない。けど僕の廃嫡は、当面は本当に無職になるね》
「いやだからそこまで」
《じゃあレオンハルトを選ぶ?》
「何か、それもそれで、凄い失礼な気が」
《両方選んじゃう?》
「は?」
良い具合に揺さぶる隙が出来た。
《ふふふ、ネネはさ、重要な事を知っちゃったよね》
どうしても選んでくれなかった時の、最終手段。
ネネには正義感が有るし、義理堅いからね。
「は、謀ったな」
《うん、だからどっちか、両方か》
「良く譲れますね」
《寧ろネネは大勢を従えられるんだよ、魔獣だって魔族だって、心根の良い者が好きだからね》
善神、悪神のどちらかが世界を見守っているとするなら、この世界は多くの善神が見守っていると思う。
だからこそ、心根の良い者、正直で有ったり正義感の有る者を殆どの者が好む。
世界がそうした流れだからこそ、誰もがそう生きる。
結局は正直で正しい方が得をする、そうした仕組みの元、ココは出来ているのだから。
「アナタの手で殺したんですか」
《うん、その娘と父親だけね》
「慰めセックスはちょっと、どうかと」
《ん?あぁ、愛だけの方が嬉しいは嬉しいよね》
「レオ、殿下がのぼせてないか心配なんですが」
《ネネが選んでくれたら呼ぶ、それまで出ない筈だから、逆に風邪を引いちゃうかもね》
「一定の利益を提供するので、どうか見逃しては」
《何がダメ?出来るだけ直すし、直させる》
「腹黒い」
《でもネネには正直だよ?もう嘘は言わないし、嘘は無い》
「年下」
《そう思って無かったでしょ?》
「謀られるの嫌い」
《もうしないし、策略から君を守る。顔も姿も、望むなら変えるし、穏便に廃嫡だってされる。だから言って、どうしたら良い?》
「詰んだ状況にしないで下さい」
《勿論嫌なら解放する、何処が嫌?顔?声?匂い?》
「愛が重い」
《そこはごめんね、我慢して》
「顔が良い」
《嫉妬させない様にするし、僕を閉じ込めても良いよ》
「何が、こんな」
《凄く強い優しい魔獣みたいで、誰だって好きになるよ、ならない方がどうかしてる》
他にももっと有るんだけど、今はこの位で。
きっと、まだ言うだけじゃ足りないからね。
「コレすら見極めなら、殺してユノと逃げる」
《じゃあユノを大事にするし生かすって約束する、信用して欲しいな》
「まだ、乾きませんか」
《ね、不具合かな、どっちでも良いから早くネネとしたいのに》
すればきっと、ネネはもっと受け入れてくれる筈。
そう仕向ける為にも、改めて座学も勉強したし。
「なら、あの、離れて道具箱を再確認して貰えますかね」
《うん、分かった》
見回りは無事に終えてる筈、しかも製品の不具合は有り得ない筈だけれど。
コレも、ある意味で運なのかな。




