10 ズブの素人。
自分語りをしてしまった次の日。
『宜しくお願い致します』
エルフと夢魔の混血の男性を紹介された。
何故、女性では無いのか。
後で問い詰めよう。
「宜しくお願い致します」
彼の相棒は火の精霊に属する小型獣、見た目トカゲのサラマンダー。
自身は水と風の魔法が既に使える為、補助として相棒と組んでいるそうで。
『職業が船乗りなんです、既に持てる力でも十分なんですけど、長旅には話し相手も必要ですから』
「成程」
職業に就くには、能力は勿論、既に得ている仲間によって難しくなる場合も有る。
もっと火力の出てしまう相棒では、暴走等の万が一を考え、船乗りは勿論輸送業に就く事はほぼ不可能だそうで。
強ければ良い、種類が多ければ良いワケでは無い。
実質、組み合わせ無限大、ぶっちゃけ考えるのが面倒。
さしてなりたいモノが無い者にとっては、最早絶望でしか無い。
選択肢の多さに頭が痛くなる。
敷かれたレールって、本当に楽だったんだな。
まぁ、レールと車幅が合わなかったんだけど。
『僕の様に職業に生かす為だけでは無く、元から知り合いであったり、趣味の為に相棒を探す方も居ますよ』
「昨今で、足りないと思える事や職種は何でしょうか」
『特には、すみません、思い当たりませんね』
はい詰んだ。
我が道を歩む程の我も無い、信念も無い、特技も技能も無い。
専業主婦の星の元に生まれたのかって程の、家族欲も無い。
詰んだ。
無気力女、詰みました。
『ネネ』
「あ、あぁ、失礼しました。お忙しい中来て頂いて」
『いえ、暫くは陸に居ますから、いつでもお呼び下さい』
「あ、はい」
『では』
あぁ、問い詰めないとな。
『すまないネネ、女性をと、要望したんだが』
「元老院ですか」
『いや、皇帝が、機会を与えるべきだと』
「船乗り、運送業に女性は居ますか」
『いや、あまり見掛ける事は無く、居ても夫婦や家族だが』
「成程、つまりはご厚意だと」
『あぁ、かも知れないが』
「殿下としては、どの職業に不足を感じますか」
『教育に関する者だと思う』
「あぁ、アレですからね」
『週末には貴族との立食会が』
「は?立食会?」
『聞いて』
「無い無い」
『仕立てを』
「確かに寸法は測りましたけど」
『すまない、少し話を聞いてくる』
「あぁ、どうぞ」
ルーイがエスコートをするからと、俺は予定の確認だけしていたんだが。
『ルーイ』
《お、ケンカ?》
《どうだろう、多分、ネネの事だよね》
『どうして立食会の詳細を伝えていないんだ』
《あのー、私から1つ良いですかね》
『何だろうか、ユノ』
《アナタに譲るか迷ってるのでは?》
『ルーイ』
《どちらも選ばないだろうけれど、何か、フェアじゃない気がしてね》
《おぉ、恋愛沙汰っぽいけど、何が問題なんですか?》
『ドレスの仕立ての事なんだ、婚約者には本来、自分の色を入れたドレスや小物を仕立てさせるんだが。そうか、2種類仕立てさせていたんだろう』
《一応、ね》
《良い気配りだと思いますけどね?》
『いや、婚約者以外の色や組み合わせを使用すれば、双方の評判が落ちる』
《あー、表に出る直前で再度選んで貰おうって事かな?健気だねぇ》
『ルーイ、そうなのか』
《年下だと知られてから、そうした組み合わせのデメリットも考えたし、見た目以上にネネは大人だから》
《自信が無くなった?》
《それもだけれど、据えるべき場所としては》
《皇太子妃?》
《ネネが嫌でも、守れるならソッチかなと》
《でも危険も伴いそうじゃない?》
《まぁ、だから、改めてネネに選んで貰おうかなと思って》
《凄い好きじゃん》
《自分では、そう思っていても、誘導され作り上げられた好意じゃない。とは言い切れないから、ね》
《あぁ、接待術ね、私もするから受けてみたら?》
『それは』
《ネネは多分、嫌とすら思わず受けろって言うと思うよ》
《それはそう》
『正直、受けたくないんだが』
《好きだからこそ嫌なのは分かるけど、それ、ネネさんが喜ぶかな?》
《僕は受けるよ、それこそ慣れも必要なんだし》
《よし偉い、良い子良い子、今日から実践しましょう》
『もし叶うなら、ネネの、見えない所で』
《それもそれでどうだろう、万が一にも嫉妬して貰えないし、見直しても貰えないよ?》
コレは、ある種の賭けになる。
俺がユノに傾倒すれば、ネネへの好意も偽りだった事になり、逆に傾かなければ本物だとしての補佐にはなるが。
容易く落ちれば、本格的に嫌悪される事になるだろう。
けれど、ネネには選ぶ権利が有る。
俺もルーイも選ばない、その自由もネネには有る。
そう選ぶには、情報が必要となる。
『分かった』
《よーし、頑張りましょう〜》
立食会の事は、ルーイと殿下の思惑がこんがらがっただけだそうで、改めてドレスの説明を受け。
ユノちゃんと色を合わせる事に、と言うか来訪者用の色が有るそうで、白と銀のお揃いで出る事になった。
念の為にと、皇帝が用意していてくれたらしく。
ドレスが2着、余ってしまった。
《ごめんね、ネネ》
「いえ、誰の庇護下に入るか、そこはユノちゃんが居ない時のままでしたし」
《ちょっと忙しなかったもんねー、ごめんね私も気付かなくて》
『いや、コチラにも落ち度が有った、以後気を付ける』
《まぁまぁ、次はもう同じ事は無いだろうし、活かして次にいきましょう》
「ですね、部屋に戻りますね、まだ魔法の問題が解決していないので」
《そこもかー、頑張って》
「はい、では」
ユノちゃんの存在は大きい。
喧々して張り詰めた空気が和らぐ、緩衝材で中和剤。
しかも、どうやら独自の接待術を駆使しているらしいのに、私には敢えて何も言わない。
敢えて不要な嫉妬心を煽らず、コチラに見極めさせてくれる、若いのに出来た人間だ。
多分、産まれる場所を。
いや、私だけが間違えたのだろう、来る場所も産まれる場所も何もかも。
あの子が生きたかったかも知れない人生を、大切にしましょう。
いや、ならこの人生を代わりに生きてみろよ、と。
グレ無かった自分を褒めてやりたい、捻くれず曲がらず生きられるもんなら生きてみろ、他人の人生舐めんなよ。
この反骨精神が外になり向けば良かったが、そこまですら至らなかった。
ただ、馬鹿には言っても分からない、兄のその一言が腑に落ちて。
達観と言うか、諦めが強く出ただけ。
所詮は凡庸で平凡。
男に逃げたと言われてもおかしくはない状況で、しかも失敗して、まさかの異世界転移ですってよ奥様。
家族が居なければ、多少は楽になるんじゃないか。
そんな事は案の定なかった、居ないは居ないなりの苦労が有るし、少なくとも家族自体は嫌いじゃない。
ただ、もう、比較されたり揶揄される存在にはなりたくなかった。
だからこそ、それなりに清く正しく生きてたのに。
相手選びで失敗した。
もっと、家族に相談すれば。
《ネネ様、お菓子をどうぞ》
『何か、思い詰めてらっしゃる様に思えたのですが、どうかなさいましたか?』
「人生の伴侶を選ぶコツ、有りますかね」
『それはとても難しい事ですから、失敗を大前提に多くと関わるしか無いかと』
《でもネネ様はココに来たばかり、実質赤ちゃんなんですから、もう少し何か指標が欲しいと思いますよ?ね?》
赤ちゃん。
確かに赤ちゃんだ。
生後半年にも満たない赤ちゃん。
「でちゅね」
《ふふふ、ほら》
『では先ず、身近な者が止めておけと言ったら、1度立ち止まり良く考える事ですね』
「やっぱり、周囲とも関わるべきでちゅよね」
《ふふ、親族が、お相手のお母様からウチので良いのか。そう言われたんだそうです》
『そして私の言葉を思い出し、じゃあ止めます、と帰ったそうです』
「潔い」
『はい、そして後の噂で、借金が有ったそうで』
《お相手のご家族が知らない借金だったそうですけど、自爆なさって発覚したそうです》
「豪運でらっしゃる」
『それこそ、勘も、少し居心地が悪かったそうで。それに重なり、一旦立ち止まろう、そう思えたそうです』
「私は、我慢し過ぎて、失敗してしまいました」
『ですが失敗だったと、既に原因も理解してらっしゃるのですから、それ以上ご自分を責めては可哀想です』
《そうですよ、赤ちゃんは失敗して成長するんですし。誰も死なず、他に害が無かったなら、寧ろ褒めるべきですよ》
「甘くないですか?」
『ネネ様の生きてらっしゃった場所とは、厳しくする部分が違うのかも知れませんが。損をさせず殺させもしない、その事は十分に褒められるべきだと思いますよ』
《そうですよ、八つ当たりも逆恨みもしないなんて、超偉いと思いますけど。しちゃいました?》
「いえ、寧ろ閉じ籠もる傾向に有るので」
《なら凄い偉いじゃないですか、酷い事件程、逆恨みとか八つ当たりが主なんですけど。ソッチって違うんですか?》
「あぁ、いえ、確かに」
『マトモな躾け、お考えをなさっているからこそ、そうした事はなさらない』
《貴族も民草も魔獣も、全てがそうなら、かなり平和になると思いませんか?》
「けれども、そうでは無い」
『はい、事件事故は未だに存在しておりますから』
《当たり前が出来て偉いんです、ココでは》
目から、鱗と言う名の涙が零れ落ちそうになってしまった。
けれど、彼女達はココの人間、皇族に使われる立場。
「ありがとうございます、難しいですね、常識の違いは」
《ですよね》
『だからこそ、どうかご遠慮なさらずお尋ね下さい』
「はい、ありがとうございます、少し部屋で考えてみますね」
『はい、では』
《失礼致します》
これじゃあ、生き様がズブの素人。
皇太子妃なんか、絶対に無理。