薬師と
私の朝は早い。 昨日はアイリスとの食事を終えた後、そのまま寝てしまった。
アイリスも疲れが溜まっていたのか、シチューを食べ終わるとウトウトし始め、あと少しで食べ終わった器に頭を突っ込むのではと不安になってしまった。
アイリスを起こさない様にそっと扉を開けて外に出る。
私は庭にある小さな畑の前までやってきた。
『こんな朝早くにどうかしましたか?』
『うおぉ!?』
後ろからアイリスが私に声を掛けてくる。
まさかこんな時間にアイリスが起きてくるとは夢にも思っていなかった私は驚いて変な声を上げてしまった。
『お、おはよう、アイリス。こんなに朝早くに起きて眠くないのかい?』
『おはようございます、ライアーさん。 なんだか目が冴えちゃって……』
そういえば私も宿に泊まった時などは、不思議と早く起きてしまうことがあった。
多分環境の変化のせいだと思うが、アイリスも似た様な物なのだろうか。
『あぁ、私が何してるかっていうとね、今は畑の手入れをしようかと思ってね』
『わっ、すごい。いろんな植物がこんなに……』
私はアイリスの視線を誘導する様に腕を広げた。
庭には小さな畑があり、脇にはプランターが幾つも置いてあった。
『冬なのにお花も咲いてますよ!』
『それは冬に咲く花でね。 その植物の根に薬効があるんだよ。 畑には少しだけだけど野菜も植えてあるから、今日の分は収穫しちゃおうか』
『私もお手伝いします。 任せてください』
『ん、そうかい? それじゃあ軍手はそこにあるから転ばない様に気を付けてね』
アイリスにどれを獲れば良いかを教えると私は薬草の世話をする。
冬の気候に合うものもあるがそうではないものもある。
そういったものは部屋の窓際に置いたりしてなんとか育てようとするが上手くはいかない。
小ぶりに成長するならまだ良い方で、ひどいものは枯れてしまったりするものもある。
そう言った育ちの悪い薬草は、店で乾燥させた輸入品を買ったりしていた。
『ライアーさん、お野菜はわかりますけどなんで薬草なんて育ててるんですか?』
『あれ?話してなかったかな? 私は薬師なんだよ』
薬師。 名前の通り、薬を調合して煎じる人間だ。
私はこの国で薬師として働いて金銭を得ていた。
『お薬ですか。 余り私は見たことありませんね』
『あー、それは……まぁ、余りね。 ほら、それだけ今まで健康だったってことだから……ね?』
私が言葉を濁しまくっているとアイリスは不思議そうな顔をする。
何故私が言葉を濁してしまったかというと、薬師の作っている薬に問題があったからだ。
薬というのは高いものだ。 それも信用できるものであればあるほど価値は高くなる。
そうなってくると、一般人には余りお目にかかる物で無くなってしまう。
では誰が買うかというと、富裕層である豪族や商人である。
彼等は他の人よりも富んでおり、そしてある責任が他のものよりも重たかった。
その責任というのが、跡目を産むと言うことだ。
跡目を産む理由は、血や歴史からもあれば、さらなる富を生み出すためなど様々だろう。
そんな彼等は子をなすために数をこなす必要がある。
その為に我々、薬師は精力剤を作り、彼等に卸すのだ。
実際私が使ってる薬の八割が性に関わる薬である。
『ライアーさん、何か隠してます?』
『……いや? 何も隠してないさ。 ほら昨日の残りのシチューがあるからそれを温め直して食べようじゃないか』
『シチュー……! ライアーさん先にお野菜しまいに行ってきますね』
言えない。私は精力剤を売ったお金でシチューを作りましたとは。
別に恥ずかしい仕事と思っていないし、誰も不幸になっていないのだから良いとは思うのだが、まだ幼い彼女に言うのは憚られた。
『ライアーさん。 外は寒いので早く家に入ってください』
アイリスが家の扉を開けて、遠慮しがちに此方に手招きしてくる。
私はその様子がなんだか可愛らしく思えて苦笑する。
『あぁ、今行くよ』
短く返事をして私はアイリスの元へ歩き出した。