表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の国と奴隷少女とご主人様  作者: えちだん
6/8

出会い アイリス視点

 定期的に聞こえてくる列車の音と凍えるような冷たい風、そして通路には沢山の人が私の目の前を通り過ぎる。

 通路の前を通る人は様々で私を物珍しそうに見る人間や、意にも介さない人もいた。

 何人かが王国語で商人と話しているが、暫くすると私を見てガッカリした表情を見せて、また通りへと消えていく。

 どうやら私が王国語を使えないと聞いて落胆しているらしい。

 奴隷を買うなら言葉を通じる物を買うのが当然らしい。

 そんなことを商人は拙い帝国語で教えてくれた。


 私の心はこの国の気温同様、すっかり冷え切ってしまっていた。

 父が死に、国を追われ、そして奴隷として、言葉も分からない人達に落胆される。

 もういっそ消えてしまいたくなったとき、一人の青年が露店の前に止まった。


『君、名前は言えるかい』


 目の前の青年は驚くことに帝国語で私にそう話しかけてきた。

 急な問いかけに心臓が止まるかと思ったが、私は慌てて言葉を返した。

 

『……わ、私の名前はアイリス。 アイリス=ダグラス』


 私が帝国語で自己紹介をしていると、商人はここが売り時とでも言うように、目の前の青年に話しかけていく。

 なぜだろうか。 私の名前を聞いた瞬間、目の前の青年の顔が少し青ざめたような気がした。

 青年の様子に私は少しだけ身構えてしまう。

 商人と青年は金銭や書類のやり取りをしている。

 もしかしたらこの人に私は買われてしまうのだろうか? そんなことを考えながら不安な気持ちで私は青年の顔を見上げる。

 私が彼の顔を見ていると、彼と一瞬だけ目が合ってしまった。

 冷たい目だ。

 彼以外にも何人か訪れた客と目があったが、彼のとは全く違うような気がした。

 なんといえば良いのだろう。 私を確かに見ているはずなのだが、そうではなく別の誰かを見ているような、そんな雰囲気を感じるのだ。


 彼は商人と話を終えると私の手を引いて歩き出す。

 突然のことで私は足をもつれさせながら、なんとか彼についていく。

 しばらく歩いていると、突然彼が私に自分の着ているコートを掛けてきた。

 コート越しに彼の温もりを感じて暖かいと感じたが、コートは私には大き過ぎるのか、裾が地面についてしまっていた。

 彼もそのことに気付いたのかコートの裾をなんとかしようと躍起になっていた。


『不安なのは分かるが、今は信じてくれとしか言いようがない。 だから……えーと……』


 しばらく私のコートを直そうとしているが上手くいかず、彼は私にそう話しかけてきた。

 彼は私のコートを弄りながら、しゃべっているがそのどちらも上手くは言ってはいなかった。

 彼はとても不器用なのだろう。

 それでいて多分優しい人なのではないかと私は思った。

 最初は怖い人だと思ったが、コートの裾を上手く捲れないのも、私に気を遣う言葉が上手く出ないのも、全て私のための行動だ。


『あの!』


 半ば反射的に私は彼に声をかけていた。

 何というか、彼の気遣いがくすぐったくて、何かを言わずにはいられなかったのだ。

 しかし何をいえば良いかを考えておらず、思考がグルグルと頭の中で回ってしまう。

 そして一つ思いつき、それをアイリスは口にした。


『な、名前! お兄さんのお名前、聞いてない…です!』


 半ば自棄になりながら私は彼の名前を聞いていた。

 変に思われてないだろうか? 声が上ずっておかしな発音になってないだろうか?

 何故だか途端に恥ずかしくなっていく。


『すまない、そう言えば名乗ってなかったね。私の名前はライアー。 ライアー=ブレイス』

『えと、よろしくお願いします。ライアー……さん?』

『あぁ、よろしくアイリス』


 そうしてお互いに自己紹介を終える頃、ようやく彼は私のコートの裾を直し終えた。

 そうして彼は私に手を伸ばしてくる。

 私は恐る恐る手を伸ばすと、彼は優しく、しっかりと握り返してくる。

 思えば父の死を知る後も前もここまで異性に優しくされた事は有っただろうか。

 少なくとも私の記憶に彼ぐらいの年齢と手を繋いだことはなかった気がする。

 ふと鼻先に冷たい物を感じて空を見上げる。

 どうやら雪が降ってきたらしい。

 雪と気温のせいで身体は冷えていたが、不思議と先程よりも寒いと感じなくなっていた。

 多分それは彼がコートを着せてくれた事が原因ではないのだろう。


 彼と握っている手がひどく熱く感じたが、私はそれを嫌だとは思わなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ