出会う日の朝
泣いている幼い子供がいる。
服はボロボロで、腹を空かせた、哀れな子供が泣いている。
どうすればいいかも分からず、どうすればいいかも教えられず、自分の名前すら知らない、無様な子供が泣いている。
アレは私だ。 ライアー=ブレイスだ。
自分の自我が芽生えた年齢すら分からない私だったが、この世界の私は、恵まれない、地位が下層の人間なのだと朧げに理解していた。
道行く大人たちは私を痛ぶり、生傷が絶えなかったのを覚えている。
どうすればいいのか、と言うよりも何かをするという発想すら私には無かった。
ただ飢えに耐え、出された物を何も考えずに口に運ぶだけの畜生。
そんな日は唐突に終わりを迎えた。
軍服を来た男が、力無く座り込んでいた私の前に立ち、何処かへと連れて行こうと腕を引いた。
それに私はなすがままだった。
「ーーーーっ!?」
自分の上に乗っている布団を押し退けるようにライアーは目覚める。
この小さな屋敷はすっかり冷え込んでおり、ライアーは頭を抱えながらストーブに火をつける。
キッチンの方へ向かい、ケットルに水を注ぐと、それをストーブの上に乗せる。
ひどい夢を見た。
自分の昔の、記憶すらあやしい、ひどい夢。
「……久しぶりに夢を見たな」
冷えた部屋で一人呟く。
久しく昔の夢をライアーは見ていなかった。
朝から夢のせいで憂鬱で働きたくないと感じてしまう。
ストーブの近くに椅子を持ってきて、腰を深く落として座る。
普段よりも腰は重たく感じ、ちょっとやそっとじゃ動かないだろう。
そんなことを考えているとケットル内の湯が沸いた音がなる。
シュンシュンと音を立てながら、注ぎ方から細い湯気を出す。
両腕を膝に当てて、いつもより気合を入れながら立ち上がり、ケットルのお湯を使ってコーヒーを淹れる。
コーヒーの香りが部屋を包み込むのを鼻で感じ取りながら、音を立ててコーヒーを啜る。
一口飲むとコーヒーの温度が冷えた身体に行き渡るような感覚になる。
そうして暖かいため息を大きく吐く。
「雑用をしてくれる奴隷でも買おうかな」
その考えが出た原因は怠惰からくる物だが、奴隷を購入することはおかしいことではない。
むしろ屋敷に一人しか住んでいない今がおかしいのだ。
小さいとはいえ、屋敷は屋敷。
ライアー一人ではこの小さな屋敷を十分に管理出来てるとは胸を張って言える状態ではなかった。
出来るだけ一人がいいという私の我儘から一人で住んでいたが、そろそろしんどくなってきた。
ライアーはケットルをストーブから離し、コートを羽織る。
「最低限、雑用が出来れば良いから、商店じゃなくて市場で十分だな」
そう呟きながら小さな屋敷のドアを開けた。
この日が彼等にとって忘れられない日になるのを、今は知るものは居なかった。