シチュー
料理が出来上がり、二人分の器にそれらをよそっていく。
食事の準備が出来上がるとちょうど良くアイリスがお風呂から出て来てダイニングにやって来た。
外から帰って来た時は指先が青白く見えたが、今のアイリスの肌は薄っすらと紅が掛かっており、凍傷などの心配はなさそうだった。
微かに身体から蒸気が出ているように錯覚しそうになるくらいには、今のアイリスは寒さには無縁のように見える。
しかしライアーは気になるところが一点あった。
『アイリス、髪の毛がまだしっかり乾かせてないみたいだけど』
『えっ!? 乾かしたつもりなのですが』
アイリスの髪は長く、アイリスの腰まで伸びていた。
この年頃の子供ならば髪の毛ぐらい乾かせそうなものだが、その長い髪の毛を乾かすのは難しかったのかもしれない。
『アイリス、私が乾かそう。 ドライヤーとブラシを取って来るから、取り敢えずそこにあるソファに座って待っててくれ』
『な、えと、私は髪の毛を乾かしてもらうほど子供じゃありませんよ!』
『ん? 大人だろうが子供だろうが、アイリスは女の子なんだから髪の毛は大切にしないと。 それに風邪を引いたら大変だろう』
『む、むむぅ〜』
アイリスは唸り声を上げながら肩を落としてしまった。
髪の毛を誰かに乾かして貰うのが気恥ずかしいのか、それとも子供扱いが嫌なのだろうか?
ドライヤーとブラシを取って来てアイリスをソファに座らせて髪を乾かす。
アイリスが熱くないようにドライヤーを離して、優しくブラシで髪の毛を梳かしていく。
『あの……ご迷惑じゃないですか?』
アイリスはされるがままになりながらポツリと呟いた。
『いや、迷惑なんか……そんなことない、絶対に』
殆ど反射的に私は少女の問いに言葉を返していた。
お互いに言葉が詰まり、なんとも気まずい空気が流れる。
アイリスの髪の毛が変わると同時に、空気を変えたくて料理の方にアイリスを誘導した。
『ヤギの乳が偶然手に入ってね。 サーモンのシチューを作ってみたんだ。 口に合えば良いんだけど』
『白い……』
帝国には動物の乳を口にする食文化は殆ど無かった。
帝国は温暖な土地で実りもあるので果実酒や麦酒などの酒類、畑から採れる穀物、芋類が主な食材だ。
対して王国は寒い土地が多い。
実りは帝国よりも期待はできないので、酪農で育てた牛やヤギから出てくる乳ですら無駄には出来なかった歴史的背景がある。
食料が少ないから乳をさらに長持ちさせようとチーズに加工することを覚えたり……そうして王国の食文化は作られていった。
自分が生まれるよりも大昔の話だ。
そんなことを考えながら一口、シチューを口に運ぶ。
サーモンは勿論、一緒に煮込んだ野菜やキノコの旨味が一つに纏まっており、思わず顔が綻んでしまう美味しさだった。
ふと顔を見上げるとアイリスが夢中になってシチューを頬張っていた。
先程まで借りて来た猫のように大人しかった少女が、夢中になってスプーンを運んでる様子を見て、思わず笑ってしまう。
そんな私に気づいたのかアイリスは恥ずかしそうにして、食事の手を止めてしまった。
『あぁ、すまない。 余りにも美味しそうに食べてくれて嬉しくてついね。 パンも美味しいし、こうやってシチューに浸して食べるとまた美味しいぞ』
そう言いながらパンを一口サイズにちぎり、シチューにたっぷりと浸して口に運ぶ。
アイリスはそれを見ると、私の真似をしてパンをシチューに浸して食べる。
口にパンを運んだ瞬間、目をまんまるにして輝かす。
そうするとまた夢中になってパンとシチューを食べ始めた。
『……今度時間があるときに自分でパンを焼くのも良いかもしれないね。 味は店売りと比べると落ちるかもしれないが、出来立ては美味しいものさ』
ふと窓を見ると外は雪が本格的に降り始めていた。
家の中では暖炉の火がパチパチと燃える音が静かに鳴っており、静かで穏やかな時間が流れていた。