出会い
冬の街中を歩いていると機械の駆動音がガシャガシャと聞こえてくる。
しばらくすると蒸気が勢いよく噴き出る音が街中に響き渡った。
この年中、雪の降る街には線路が網目状に張り巡らされており、列車の音は日常のソレだった。
人間とは逞しいもので、このような寒い土地に家を建て、畑を作り、線路を引いて何万人と住む国を作り上げてしまった。
歩いている道は石畳で舗装されているが、うっすらと積もった雪のせいで足跡と泥でぐちゃぐちゃになっており、汚らしかった。
こんな寒い日には、というよりも年中寒いこの国では極力、家の暖炉の前から動きたくなかったのだが、今日は理由があった。
奴隷を購入しにきたのだ。
この国での奴隷の扱いは飲食などの生活の面倒が義務付けられており、役所に届出を提出し、給与と財産の保持を約束させなければならない。
奴隷を持つのにかなりの面倒な書類を片付けなければならなかった。
聞いた噂では南の遠い国では家畜のような感覚で奴隷を扱っていると聞いたのだが本当なのだろうか?
そんなことを考えながら市場へと向かう。
市場は大通りを逸れた道に並ぶように屋台が連なっており、其々の商人が様々な色の布を日差しのようにしていた。
大通りと比べて狭い道に商人が詰め寄り、そこに客が集まってきて、とても窮屈な印象を受けた。
しっかりとした商店などに行けば窮屈な思いをせずに済むのだが、市場に来たのには理由があった。
商店とは違い、市場の品は大抵安いのだ。
その分、商店とは違い商品の品質が安定しないのだ。
酷いものではパンに白粉などを混ぜ、パンを白く見せて売ろうとする輩までいる。
だがしかし、たまに掘り出し物とも言えるものもあるので一概に市場が商店よりも劣っているとは言えなかった。
「お兄さん! よかったらこの子、買ってかないか? まだ子供だが見た目は中々悪くないよ」
奴隷商人、というには商品が雑多に積んでいる商人に話しかけられて足が止まる。
そうして奴隷の少女を見た瞬間、私の心臓が跳ね上がった。
私はその少女に見覚えがあった。
気のせいであって欲しいと思いつつも私は自分の記憶の少女と同一人物かどうかを確認するために話しかける。
『君、名前は言えるかい』
少女は私の問いかけに驚いたのか、目を丸く開くとおずおずと答え始めた。
『……わ、私の名前はアイリス。 アイリス=ダグラス』
「おや! お兄さん帝国語が使えるのかい? だったらちょうどいい! この子、帝国人でね。 王国語は使えないから全く売れなくて困っていてね。 安くしとくよ?」
わずかに震える唇を見られないように手で覆いながら、私は店主に質問した。
「あ、あぁ。 少し帝国に伝手があってね。 それで少しは喋れるんだ。 この子はどうして奴隷に流れたのかは知っているのかい?」
「あー、犯罪奴隷ではないよ。ほら帝国と王国の戦争で流れてきたんだよ。 詳しい話は知らないが、軍人でない俺たちからすればどうでもいい話さ」
心臓の鼓動が五月蝿くて仕方がない。
「この子、買うよ。 いくら?」
「へーへー。 ありがとうございます。 大体このくらいーーーー」
ほとんど衝動的に少女の購入を私は踏み切った。
お金のやり取りをしている間、少女……アイリスが不安そうに私の顔を見上げていた。
ふと、アイリスと私の目が合う。
アイリスのルビー色の瞳が私の顔を映し出していた。
「毎度ありがとうございます。 しっかりと書類の方も用意されてたんで、この用紙を役所の方にまで出してください!」
店主の声で我を取り戻し、アイリスの手を引いてその場を離れる。
『あ、あの、私はこれからどうなるのでしょうか?』
アイリスは不安そうに私に尋ねてくる。
『……ひとまず、君は私の奴隷ということになる。 悪いようにはしないと約束するから一緒に役所に来てもらっていいかな? 色々と手続きがあるんだ』
そう言いながらアイリスの手を引きながら歩いていると、今更になって彼女の手が冷たいと言うことに気がついた。
慌ててアイリスに自分が着ているコートを彼女に肩から掛けてやる。
コートの丈は少女には長すぎたらしく、このまま歩いてしまうと裾を引きづってしまうので慌てて裾を折り曲げてひきづらないようにする。
『不安なのは分かるが、今は信じてくれとしか言いようがない。 だから……えーと……』
『あの!』
自分が裾をどうにかしようと苦労しながら、彼女を安心させようとしていると、アイリスは大きな声で話しかけてきた。
『な、名前! お兄さんのお名前、聞いてない…です!』
緊張しているのか、途切れ途切れに大きな声で私の名前をアイリスは聞いてきた。
『すまない、そう言えば名乗ってなかったね。私の名前はライアー。 ライアー=ブレイス』
『えと、よろしくお願いします。ライアー……さん?』
『あぁ、よろしくアイリス』
自己紹介を終えるとほぼ同時になんとかコートの裾を引づらないように処理すると、改めてアイリスの手を握り、役所へと向かう。
足取りは重たくなっており、胸の奥はさらに重たくなっていた。
大きく息を吸い、吐き出すと真っ白な息が口から出てくる。
雪を踏み締める音が列車のけたたましい駆動音がそれをかき消していた。
これは私、ライアー=ブレイスの贖罪の物語だ。