第9話 彼女の事は、俺一人でなんとかするよ
たどり着いた東門の周りは随分とひどい様相だった。
門の右側の見張り塔が崩れ、城壁は抉れている。
半分だけ開けられた扉の外は街道の石畳も崩れ地面も穴だらけで
グチャグチャになった景色が広がっている。
その中には何人もの重装備の聖騎士達があちこちに穴の開いた鎧と共に
うずくまっており、まだ自力で動けると思われる騎士たちは同僚の肩を借りながら
激痛に耐えるような表情で王城の方へと向かっていた。
そんな状況を遠巻きに見ている街の住人の中に見知った冒険者を見かけて
声をかけてみる。
「おい、『カルディナの盾』の連中はどうなった!?」
「……あぁ!?なんだお前、見かけない顔だな?奴らの知り合いか何かか?」
そう答えられていつもの兜を被ってこなかった事に今更気付く。
そういえば普段顔を合わすことのある冒険者の中でも俺の素顔を知っている奴は
誰も居ないんだったな……
「聖戦士バルゴと聖女様なら無事だぜ。だいぶボロボロだったけどな。
今は屋敷の方に引き上げてるはずだ。ただ……」
その後に続く言葉を言い淀みつつも
彼は話しを続けた。
「紅蓮の魔女……ガーネットって言ったか?
彼女は魔物との戦いの中で致命傷を負ったらしい。
今頃は館の方で聖女様が治療しているはずだが……
いくら聖女様でもあれだけの大怪我は……どうだろうな。」
「ッ!!!どういう事だっ!!!」
その男が言うには、屋敷の方へ引き上げるバルゴに抱きかかえられた
ルビィは全く息をせず、亡骸のようだったらしい。
作戦に最後まで残った聖騎士からその男が聞いた話では
東門付近に現れた魔物は当初想定した大きさの二回りも大きく
聖騎士団の囲い込み陣形も宮廷魔術師団の多人数連携魔法も
全く歯が立たず、唯一の希望として彼女の魔法にすべてが託された。
危険を顧みず大魔法を召喚するべく詠唱を続けた彼女は
巨大火球群を召喚し終えたが、詠唱直後の無防備の状態に
火球の直撃を食らって怒り狂った巨大魔獣の角の一撃が貫通し、
身体ごと空高くに投げ出された後
地面に叩きつけられたのだという。
それを聞いた俺の足はいつの間にか
昨日まで拠点としていた屋敷へと走り出していた。
城門の近くの冒険者街を抜け、
上級貴族の屋敷が立ち並ぶ区画の王城付近へ向かう。
聖騎士宿舎の立ち並ぶ街区の外れにある勝手知ったる屋敷の
入ってすぐの食堂は重苦しい雰囲気が流れていた。
「あァ!?テメェなんで戻ってきやがった!!
今更部外者が勝手に入ってきて……」
喚き散らすイグルドを手で制して
奥にいる他の三人に目を向ける。
平台のように並べた椅子の上に横たわるルビィの身体に
必死で手をかざし続けているラノア。
その手元からは魔力のまぶしい光が出続けているが
ルビィが目覚めるような様子は一向に無い。
ラノアの目元には涙が溜まり、疲れ果てた表情が窺い知れる。
そんな光景の奥に、ボロボロの鎧を身にまとった男が一人
何の表情も浮かべずに佇んでいた。
聞いても無駄だとは思いつつも、その男に尋ねてみる。
「……これは一体どういう状況だ?」
「見ての通りさ。状況は壊滅的…
これまで築き上げてきた無敗の伝説が全部パーだ。それもこれも」
「そんな事はどうでもいい!!! 」
思わずテーブルに拳を叩きつける。
だが目の前の男は動じる様子すら全く見せず
相変わらず何の表情も無く淡々と話した。
「ああ、その女の事か?
あのデカブツの角で胴体を貫かれたんだ、確かに普通の怪我じゃない。
だがラノアの治癒魔法で時間は掛かってるがそろそろ…」
「お前、本気でそう思ってるのか?」
あまりの回答に怒りを抑えきれず、奴の元まで速足で近付いて
その胸倉を掴みかかる!
だがそれでも奴は口調も変えずに目を逸らしながらこう答えた。
「あぁ、何たって聖女様だからな?
これで治せなければそりゃもう、誰にも救うことは出来なかったと
誰だって納得するだろうよ。
そうなれば『命と引き換えに王都を救った大賢者様』として
盛大に称えられる。それが彼女も本望だろう?」
最後の方は「どうだ、名案だろう?」とでも自慢したそうに
口元に薄ら笑いを浮かべながら言い放つ。
「……きっさまぁぁぁ!!!」
それまで抑えていた怒りが一気に爆発し、殴りかかるが
奴の顔面を捉えたはずの俺の拳は空を切った。
バランスを立て直して前を向くと、俺が立っていたはずの場所には
両腕を掲げた少女が立っており、泣き腫らして赤くなった目で
俺の方を睨みつけていた。
___ラノアの瞬間転移魔法か。
この状況下ですらこんな男を庇うのか。
出世欲の為に利用されているだけだというのに。
そう思うと先程までの必死の治癒魔法も全て茶番のように思えて
自分で酷く冷たいと思うような声が出た。
「言わせてもらうがコイツの治癒魔法は万能じゃない。
表面は癒えても破れた内臓は元に戻るわけではないんだ。
だがこれまでに、そこまでの傷を負ってきたことのない
お前らには気付けないのかもしれないけどな。
だから当然、失われた命を戻せるなんて俺には到底思えない。
それでもガーネットを蘇らせるなら……蘇生魔法が必要だ」
「蘇生魔法!? おいおいマジかよ!!
聞いた話じゃ5000万Gはするって話だぜ!? 」
イグルドが叫ぶ。無理もない。
蘇生魔法はこの王国では貴重な秘術で聖教会の高位の司祭にしか
施すことができないといわれている。それゆえに対価も高額で
若くして亡くなった貴族の子女ぐらいにしか使われることは無い。
だが宮廷魔術師を遥かに凌ぐ魔法の才能を持つ彼女だ。
その命と共に彼女が習得してきた魔法の多くが誰にも継承されずに
失われるとなれば、王国の軍にとっても大きな戦力の痛手になる。
それを訴えれば、王国側も蘇生魔法の対価の支払いを考えてくれるかもしれない。
もしそんなものに頼らなくても、冒険者パーティーとしてこれまで貯めてきた
貯金があるハズだ。それには俺も少なくない額を一部は納めてきているし
仲間を蘇らせる為にその金を使う事を拒否はできないはずだ。
俺は一度は頭に昇ってしまった血を全身に下げるように
なるべく冷静にそう説明してみたが、
返ってきたのはとても納得できるようなものでは無かった。
「悪いが今回の作戦失敗の責任として蒼龍聖騎士団への補償と
東門の修繕費の支払いを財務大臣から命じられている。
騎士団長からは襲撃してきた魔獣の早期の駆逐を命じられ
それについて今後騎士団は一切手を出さない事も告げられた。」
「な……んだと!? 」
王国の貴族連中が冒険者が成り上がる事を良くは思っていない事は
ずっと前から分かってはいた。だが、これまで国を救う救世主だのと
騒ぎ立てて次期聖騎士団長様と聖女様だと祀り上げてきたものを
こんな簡単に手のひらを返そうとは!
「俺たちは冒険者をかき集めて名誉挽回の為に奴を討伐する。
その為にはオレの装備を整え直さないとだし、冒険者を集めて
大規模討伐依頼を出す為の支度金も出さなけりゃいけない。
金なんていくらあっても足りないんだ! 悪いが諦めてくれ」
突き放すようにバルゴがそう言い放つ。
その傍らには何もかもを諦めてしまったような表情で俯くラノアと
話は終わったから帰れと言わんばかりに迷惑そうな顔を向けるイグルド。
そして、服装と外面の傷は完全に修復されているものの、眠ったように
目を覚まさずに横たわっているルビィ。
数秒の間、いくつかの選択肢を思い浮かべて葛藤したが
それら全てを振り払って、意を決して俺は彼らに言った。
「お前らの言いたいことは分かった……
もう完全に仲間じゃないってこともな。
彼女は、俺一人で何とかするよ。
初投稿作品としての短編になります。
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