第6話 深紅の魔女ガーネット
深紅の魔女ガーネット。
真っ赤な髪に赤を基調とした魔導服からそのような名を名乗り
この王国に限っては宮廷魔導士ですらも超える大魔法の使い手として
畏怖の対象とされる彼女だが、その内面はイメージとは全く違う。
「ルビィ、お前は此処に残って攻撃役として頑張ってくれ。
今やこのパーティーは王都防衛に無くてはならない存在だ。
その活躍が人々の安全を守る事に繋がる……
それこそ、お前の望むことだろ?」
そう、彼女の望みは多くの人の助けとなる事。
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彼女の住んでいた村は8歳の時に近隣の国の侵攻によって滅ぼされた。
命からがら森に逃げこむ女子供を相手に馬を駆り、笑いながら火矢を放つ兵士達。
だが彼らは気付いていなかった。その蛮行が森に棲む魔女の怒りを買うことを。
魔女の使う人智を超えた魔法に侵攻軍は一人残らず壊滅する。
そして図らずも生き残った村の人々に魔女が対価として要求したのが
隠れた魔力の才能を持つ少女だったのだそうだ。
魔女という者は一般的には人に力を貸さない、と言われている。
人族としては膨大過ぎる魔力を持ち、魔導の研究にしか興味を示さず
人里離れた場所でほとんどが一人きりで暮らす。
時折気まぐれのように人に力を貸す時もあるが
要求する対価は人には到底理解できないものである事が多く
また、人からの依頼を受ける基準も良く分かっておらず
「触らぬ魔女に祟りなし」などという言葉が存在するほどだった。
そのように思われている魔女が村を救った対価を
『両親を失った村の娘』一人だけで構わないというものだから
村人たちは喜んでルビィを魔女に差し出したのだ。
だが一方で魔女に差し出された8歳の少女は
表情には出さないものの、正直気が気でなかった。
子供を寝かしつけるために使われていた方便だが
『魔女は人間の脳を食べる事でその若さと魔力を自分のものにするの、
だから早く寝ないと魔女が来て食べられちゃうわよ』と両親に言われて
今まで育ってきた、その魔女のものにならなければいけないのだ!
これは逆らったり怒らせてしまったら脳を食べられる!と思いこんだ
彼女は魔女の家に連れていかれて以来、必死で魔女の言いつけに従った。
とりあえずこれができるように、と言われた初歩魔法は
数週間のうちに完全にマスターし、12歳までにここまでは…と言われた
中級魔法さえ10歳までにマスターしてみせた。そして中級魔法が
出来るべきラインの12歳になる頃には魔女の老婆が使う魔法は
見よう見まねでほとんどが出来るようになっていた。
老婆は彼女の素質に度肝を抜かれたが、それならばと今度は
積極的に人からの依頼を受けるようにし、その仕事を彼女にも
取り組むように命じた。ほとんどは作物の畑に雨を降らせたり
逆に草の伸び過ぎた荒地を焼き払ったりといったものだが…
たまに雷鳴魔法で暴風雨を呼び起こし、村周辺を進軍予定の
侵略兵達を追い返すという今まで教えた事のない大魔法も老婆は使ってみせた。
そうして、ほとんどの魔法の知識とその大きな力の使い方を伝えきった
魔女の老婆は15歳の彼女にこう伝えた。
「ルビィや、お前さんに教えられることはもう何もない。
私が一生かけて身に付けたモノをこんなに早く覚えきるとは
私が見込んだ以上に大したもんじゃ。最後に一つだけ頼みがある。
……私が教えた魔法はきちんと、人助けのために使っておくれ。
なんだい?魔女なんてやってるのに珍しいって顔して……
まあ無理もないさね。魔女とはそういうものだと聞いてきたんだろう?
私はね、ただの人より魔力の資質が高くて人と話すことが苦手な
普通の人族のババアなんだよ。魔術の研究に没頭して人と関わる事が苦手なまま
森で暮らしてたらこの歳になっちまった。
だけどね、アンタはまだ違う。ちゃんと人と関わって、与えられた力を役に立てて
人に感謝されてまっとうな道を歩くんだ。
それが最後まで捻くれて人と交われない道を選んだ、ババアの最後の望みだよ」
そう言って森から送り出した魔女の老婆の言葉通り、彼女は冒険者として
あらゆる魔物討伐に参加した。そして3年が経ちその名が知れ渡った頃に
仲間としてパーティーに迎え入れたいと言ってきたのが、
今のパーティーリーダーのバルゴだ。
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「何よ、急にバルゴみたいな言い方してきて。
そんな言い方されたらどうしようもないじゃない。それに
パーティーに無くてはならない存在なのはあなたも同じなハズよ」
「そんなことは無いさ。現に明日の超大型魔獣討伐だって
俺がパーティーを抜ける話より前から外されてるしな。
これからの戦術として斬り込み役は不要、という事なんだろう」
半ば投げやりとも取れる口調で彼はそう言った。
そう、明日の決行予定となる超大型魔獣討伐は王都近くという事もあり
王国聖騎士団と宮廷術士団も参加する。
その為、壁役も攻撃役も必要十分だとしてバルゴは彼に
今回の作戦への不参加の決定を下した。
「聖女と聖騎士さえいれば問題はない、後は魔術の集中砲火の的だ」として。
違う。これまでこのパーティーでここまでの戦功を挙げてこられたのは
彼が危険を顧みずに敵の隙を切り崩してきたからこそで
私の魔法もイグルドの矢も、それを起点に動いてきただけだというのに。
よほどその事をバルゴに直談判したいという私の発言を止めて、彼は言う。
「まあ一度は討伐に成功している敵だし、今回は王国聖騎士団も一緒だ。
よほどのことが無い限りは大丈夫なはずだ。
……パーティーを、よろしく頼んだぞ」
そう言い残して部屋を出る彼の背中を見ながら
私は複雑な思いに駆られた。
確かにこのパーティーで活動し、大きな戦功を挙げる事で
救われ、助かる人々が沢山いる。
それこそが師である魔女の望みであったし
私の今までの価値基準において最優先してきたことだ。
きっと彼はいつだったかに話したその事を覚えてくれていて
私にとって一番良いと思える選択肢を選んでくれたのだ。
でも…… 今までのそんなモノは全部振り切ってでも
彼に付いていきたいと、半分くらい本気で思っていた。
素直にそうとは言えなかったけれど。
ガチャリ、と扉の閉まる音。
廊下を立ち去っていく足音。
それらを聞きながら私は大きな溜息を吐いた。
初投稿作品としての短編になります。
書き方など誤記がありましたら教えていただけると嬉しいです。
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