第5話 今更帰る所など残っちゃいないんだ。
圧政の前に次々倒れていく村人の為に強いる側から
盗んだもので村人を助ける少年時代の主人公、ヴァルゴ。
だがそれも見つかってしまい、処刑の為に王都へと向かう馬車に乗せられる。
馬車が急停止した轟音と、一瞬ひっくり返るのではないかと思うような
大きな衝撃のあと、外から兵士たちの話し声が聞こえる。
「……なんだ!? 野党団の襲撃か?」
「いや、相手は魔剣士たった一人みたいだぞ!? 」
「どうする? 馬車を止めた罪ってことで斬り捨てるか?」
「そうだな。我らの邪魔をした罪… うおぁっ!!
ガチャーーーーン!!!
と、2つ続けて金属の鎧が地面に叩きつけられるような音がする。
続いて手綱とそれを持つ者の重さが無くなり、逃げ去っていく馬たちの蹄音。
そして程無くして馬車の幌を捲り、一人の男が乗り込んでくる。
黒い兜で顔半分を覆い、同じく黒いマントに身を包んだ長身の男。
その姿を見て、食糧商人は一気にまくし立てた。
「ほほう、予定より早いがまあ良いじゃろう!
ちゃんと代わりの馬車は何処かに用意しとるんじゃろうな?
さっさとこの縄を解いてこんな粗末な馬車から…… ん?」
言い終わらないうちに一瞬空気が揺れたと思いきや、
商人の身体には男の剣が深々と突き刺さっていた。
いつの間にかヒゲ面の男も胸の辺りを切り裂かれ、絶命している。
男は商人の身体から剣を抜き取ると返り血を拭き取りながら言う。
「王都への献上物でも入っているかと思ったら豚とハイエナか。
それと…… 子供を手にかけるのはさすがに寝覚めが悪いな。
小僧、命が惜しければ元居た場所に帰れ!!
此処で見たことは忘れろ! 」
さもなくば…と言いかけながら剣の切っ先を少年に向ける。
その声音からは親切心や同情などは一切感じられない。
(そんな事を言われたって…
村に逃げ帰っても王国兵たちに捕まり、またこの状況に戻されるのは
間違いない。かといってこのまま馬車を降りて森を素手で彷徨ったとして
魔物か野党に殺される可能性も大差変わらないだろう。
だとしたら、残る選択肢は……
「お願いだ!!俺にその剣を教えてくれ!!
俺には今更帰れる場所なんてないんだ!!! 」
ヴァルゴは一か八かと思いながら、男にそう頼み込んでみる。
もちろんそんな願いを聞き入れるような人物には到底思えない。
それでも、今はその可能性に掛ける他に選択肢はなかった。
男はヴァルゴの嘆願が想定外だったのか、数秒考える仕草を見せたが
「そうか。ならば死ね!!!
と叫ぶが早いか距離を詰めて斬りかかった!!
商人を殺した時と同じ高速の一突きが来る!と瞬間で理解し、
咄嗟に身体を横に捻じる。
その直後に突きの姿勢から一瞬で放たれた横薙ぎも
後ろに仰け反って紙一重で間合いから逃げる。
仰向けに倒れた所に上からの斬撃が来たので
また横方向に身体を回転させて躱す。
全ての動作は勘のみに頼ったものだが、それでも紙一重で何とか
一連の攻撃をかわし切る事に成功した。
だが距離も集中力も何一つ及ばないまま、どんどん体勢は不利に持ち込まれる。
「ほう。小僧だと思って若干手加減はしてやったが……
私の斬撃を三度も躱すとは、なかなかのものだ。
男は剣を構え直し、そう言い放つ。
「才能が無いと感じたら、その時点で斬り捨ててくれればいい!
アンタなら簡単だろ? それまでだけでも試してくれないか!?
仮面の下にどんな表情があるのかは知らないが、ヴァルゴは男の
顔をまっすぐに見据えて、もう一度懇願した。
___こんな所で死ぬわけにはいかない!生き延びるんだ!___
心の中でそう念じながら。
男はしばらく剣を構えていたがふっと力を抜くと答える。
「ふむ…… なかなかいい面構えをしている。
いいだろう! ただし小僧といえど容赦はしないからな!
言い終わるが早いか今までよりも更に勢いを増した速度で
ヴァルゴの懐に飛び込み、足元から上段へ剣を斬り上げる。
その剣圧でヴァルゴの体を馬車の壁面に縛り付けていた縄だけが
バラバラと細切れに千切れて落ちた。
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「本当に出ていてしまうつもりなのね、ヴァルゴ。」
夜更け過ぎ、急な来訪者。
師匠の下を離れてからその名を知っているのは多分二人だけ。
そのうち、今現在もその名で呼ぶのは彼女一人だった。
「あぁ、せめて君には言っておけば良かったな、ルビィ。」
それと同じように彼女の本当の名前を知っているのも
少なくともパーティー内では俺一人だった。
他の連中が寝静まった頃にこの部屋に彼女が来ることは
特に珍しい事ではない。その時々によって他愛もない話をしたり
その日の討伐の内容について反省点や改善点を話したり
酒を飲む相手になってやったり… 同じ布団で眠る事もあった。
だが、それらも今日でおそらく最後だ。
「あなたが抜けるのなら私もしばらく抜けようかしら。
知ってる? ラノアの出身のアヴェンヌ村ってね、
去年から『聖女の生まれた奇跡の泉』って水浴施設を
大々的に作ったらしいのよ。
なんでもどんな傷も治して肌も奇麗にする奇跡の効果があるとか。
そこで少しゆっくりしていたら、あなたの肺も良くなるんじゃない?」
「……知っていたのか?」
「当り前じゃない。私が普段どれだけあなたの動きを見てると思うの?
……あっ、こ、これは攻撃役の仲間としての職務の話だからね?
とにかく、これまで無理し続けた身体を休める必要があるわ。
その先の事はまたその時に考えればいいじゃないの。
ヴァルゴと私の力なら雇ってくれるパーティーなんてきっと幾らでもある!
どうせだから元『カルディナの盾』の肩書きも利用しちゃえばいい♪」
そんな提案をしながらウインクして微笑む。
普段は表情をほとんど動かさないヴァルゴだが釣られ頬が緩む。
まったく、この女にはいつだって敵わない。
「そうだな……それもいいかもな。
だけど、それは俺一人だけで十分だ。」
初投稿作品としての短編になります。
書き方など誤記がありましたら教えていただけると嬉しいです。
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