最終話 その後
「貴様!!コレがどういう事か分かっておるのか!! 」
ローザネイ王国の首都カルディナ。
その中心に位置するローザネイ王城の更に中心である王座の間。
怒りに震え怒鳴る王の前に、二人の男が跪いていた。
一人はこの王国の実質的ナンバーツーであるルゼッタ公爵。
もう一人は最近、息子の活躍を喧伝して辺境伯から伯爵に返り咲いた
ファルゴ・シルヴァステイン伯爵。
その目の前には対になるように象られた二つの宝飾品がある。
王宮御用達の豪商から「もしかしたら王室所有の由緒ある品ではないか?」
という事で持ち込まれた品物だ。
「これは先日ワシが授けてやった王国の初代から伝わる『聖騎士勲章』と
『聖女のロザリオ』ではないか!!
不届きにもこれを売ってしまうとはどういう事だ!! 」
「お、恐れながら……かの聖戦士と聖女のパーティーは先日の討伐失敗の
汚名を覆すため、アグー山に討伐隊として赴いており……」
「商人のところに売りに来たのはフードを深くかぶった男女だったという。
大方討伐に失敗し、この王都に居られなくなったのであろう!!
この責任、どう取ってくれるつもりなのじゃ!!貴様らは!!! 」
「わ、私は彼らについては何も……」
ルゼッタ公爵は焦った表情で必死の弁明を試みるが
「奴らをワシの前に連れてきて『これも当家の支援の賜物なれば』などと
ほざいておった事をよもや忘れたというのか!?
貴様は王都から追放する。領地を剝奪し、新たにドーン辺境領を与える。
これからは公爵ではなくドーン辺境伯を名乗るがいい!!」
「そっそんな!! お戯れを!! 」
年甲斐もなく涙目になりながら詫びるが効果はない。
「国王陛下。当家に関連のあるとされる国賊めも、元よりワシの息子などではなく
赤の他人の冒険者ふぜい。そのような者と当家は無関係……」
「ほう。その国賊の名声を喧伝して伯爵の座をもぎ取ったコト、忘れたか?
貴様も王都より追放する!! 元の辺境領にでも戻るがいい!! 」
ファルゴ伯爵改め辺境伯は跪いたまま歯噛みして屈辱に耐えた。
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王級大型魔獣の角2本と2つの宝飾品は
合わせて白金貨400枚で売れた。
村を買い戻すには足りないかもしれないが手付金にはなるだろう。
売りさばいたのが王から下賜された品という事で足がつく前に
早々に乗り合い馬車に飛び乗り、聖女の村を目指す。
馬車に揺られて一日かけて辿り着いた村では聖女の泉に湧き出る水が
突然止まった事で大騒動が起こっていたが俺たちの知る所ではない。
今度こそ肉体だけでなく意識も完全に蘇ったルビィとの再会を喜び
その日は村外れの宿屋で部屋を取る事にした。
「それで、これからどうするんだ?ラノア?」
「……この村に戻ったところで私の居場所はもう無いわ。
王国兵に居場所を突き止められれば村にも迷惑がかかるでしょうし」
「それなら、私たちと一緒に来たら良いと思うわ」
ルビィが何の迷いもなく、笑顔でそう提案する。
私たち、って。ここでパーティー解散ではないのか?
「俺はこれから自分の村へ戻るんだぞ。ここから随分と離れてるし
もしかしたら村を取り戻すために余計な争いになる事も考えられる。
場合によっては王国軍に喧嘩を売る事になるかもしれない。
そんな厄介な事にお前たちを巻き込むわけに……」
「それなんだけどね、ヴァルゴ……
どんなことになるとしても、私はあなたの側にいたいと思うの。
あなたは『迷惑がかかる』とか考えていつも気を遣って一人で
何とかしようとしてしまうけど、私は力になれたらと思ってる」
つい癖で目を伏せようとする俺に、ルビィはまっすぐに目を見つめて話してくる。
「私も、そう思います。何の力にもなれないけれど、それでも」
ラノアも俺の方をまっすぐ見つめる。二人のその眼には、確かな意志と覚悟が
籠っているのが分かった。こういう時、女の方が強いんだな。
「わかった。じゃあ、一緒に帰ろう」
それから数か月かけて幾つかの山脈や森を越えてグルド地方へ入り、
ガタガタの石畳の街道を通ってやっとマイヨ―村に辿り着いた。
村は8年の間に恐ろしく様変わりしていて見知った者は誰一人居ない。
俺を含めて村人を苦しめる元凶だった蝶の好む樹木はすべて伐採され
この村を地獄に変えた領主の館は朽ちてボロボロの廃墟となっていた。
残されたのは瘦せた土地に僅かな畑と村はずれの牧草地だけだ。
村に1件だけあった酒場と食堂を兼ねた宿屋でおかみに聞いた話では
3年前、雪が降る事は滅多にないこの地域で数十年ぶりと言われる
猛吹雪が起こり、マイヨ―蝶は全て死滅してしまったのだそうだ。
プロテア子爵家はその管理責任を問われて爵位を剥奪される。
とはいえ、王国が別の領主を送り込んでくるのかと
村人たちは心配していたが、貴族たちの界隈ではグルド織の需要過多は
既に終わっていたのでこの村が王国の管理下に戻ることは無かった。
そうして王国兵の兵舎も取り壊されたのを見届けて村人たちで
村中の樹木を伐採し、元の農耕中心の村に切り替えたのが2年前。
今はようやく、荒れ果てていた畑を再び開墾して最初の収穫期に入る所らしい。
俺が必死で戦って金を溜めてきた理由は、無くなってしまった。
人知れず意気消沈していると、村のこれまでを語り終えたおかみが
口調を変えて話し掛けてくる。
「ところでアンタ、ヴァルゴだろう?ヨゼフじいさんの裏の家に
お母さんと二人で昔住んでた」
「俺を……知ってるんですか?」
「あぁやっぱり!!村があんなになってアンタは捕まっちまって、でも
何とか逃げ延びたって聞いて。あれからずっと心配してたんだよ!!
ちょっと待ってな!! そろそろウチの人も畑仕事から帰ってくるから」
ちょうどその時、店の扉が開くと人の好さそうな中年の男が入ってくる。
「こんな村にお客さんとは珍しい。私がこの村の村長です。
まぁゆっくりしていって……ってお前!! ヴァルゴか!?」
名前は憶えていないが顔は分かる。度重なる重労働で動けなくなってた所に
盗んできた干し肉を分け与えていた、近所の農夫だ!!
「あの時はお前に助けられて。でもそのせいでお前が捕まっちまって。
本当に申し訳ない事をしたとずっと後悔していたんだ。でも……
生きて、戻ってきてくれたんだな!! 本当に……よかった」
涙を隠そうともせずに流しながら、喜んでくれている。
俺にも、こんな風に思ってくれている人が残っていたんだな。
テーブルの端にゴトリ、と俺は金の詰まった袋を置いた。
「俺は……冒険者になって……この村をあの領主から買い戻そうと……
その為に貯めてきた金です。村のために使ってください」
色んな感情がこみ上げて、そう言うのが精一杯だった。
そのまま立ち上がって出ていこうとすると
「そんなお金だけ置いて出ていっても、どう役に立てるっていうの?」
振り返るとルビィが怒ったような表情で睨みつけている。
ラノアもその横に並んで、俺をまっすぐに見つめる。
「村の周りの魔物駆除に柵の設置、ボロボロになった建物の補修。
人の手が必要な部分は沢山あるわ。それに立て直しに成功してこの村が
豊かになったらまた王国の連中が甘い汁を吸い出しに来るかもしれない。
その時に誰がこの村を守ろうって言うの?」
確かに、彼女の言う通りだ。まだ俺に役に立てることはある。
「あなたが居るべき場所はもう戦いの中ない。
今ココが、あなたが居るべき場所のはずよ!!私も戦うわ。
愛する人と、共に生きていく為の場所のために!! 」
そう言って今度は笑顔で俺にはっきりとこう言う。
「おかえりなさい、ヴァルゴ」
「ああ……ただいま! ルビィ。ラノアも」
それから二十数年の後、実り多き土地となったマイヨ―村は
マイヨ―自治領とその名を変え、隣国アストレア帝国の協力を得ながら
王領として統治を強制しようとするローザネイ王国の侵攻を7度退ける。
それを指揮していたのは半世紀前に伝説と言われていた『天魔のシャドウ』
だと言われているが真偽のほどは定かではない。
Fin
ご愛読ありがとうございました。
書き方など誤記がありましたら教えていただけると嬉しいです。
初投稿作品ですので至らない部分などあったかと思いますが
感想などいただけましたら次回作の参考になりますので助かります。
どうぞよろしくお願い致します。




