第16話 魔獣との死闘
目が覚めると、天井が低く薄暗い洞窟の入り口に横たわっていた。
洞窟の外には岩がゴツゴツして荒涼とした景色が広がっており
洞窟の中は誰かが魔物を殲滅した後なのか、数時間前までそこで
野営をしていたとおもわれる焚火の跡などが残っている。
眠りにつく前は聖女の泉にルビィを連れて行った所まで
ハッキリとした記憶が残っている。
その後で確か……泉に居た老婆にルビィを助ける代わりに
ラノアを救ってやってくれとお願いされたような記憶がある。
その後、魔法でこの山を十数人で登っている姿を見せられて……
という事は多分だが、老婆の転生魔法でこの場に飛ばされたのだろう。
何のために?ってそれは決まっている。
ラノアを抗えない運命から救うためだ。
よし、やるぞ!!と大きく息を吸い込んでみて
今までなら痛みを伴ってしんどかったその動作が全く平気になっている事に気付く。
全身に呼吸と共に力がみなぎるこの感じ。一年ぶりの感覚だ。
外に出てみたが他の冒険者も見当たらず、魔物の気配も全く感じない。
2年前、ここまで来た時もそうだったが超大型魔獣の生息域は
他の魔獣たちでさえ、恐れて近づこうとしないのだ。
という事は、姿は見えないが敵はもう近いんだな。
そう思っているとドォォォォォォォォォン!!! という地響きと共に
立っている地面が振動し、砂利が斜面を転がり落ちる。
俺は地響きの方角へと急いで向かっていった。
進んでいくたびに地面のあちらこちらが隆起しているのが激しくなる。
そして岩陰には意識を失っている冒険者の姿を何人も見かける。
その中には、そのままこと切れている者も少なくなかった。
装備の特徴で見知った者だと判別できるものも居る。どれもそれなりに
王都では名を馳せた一流冒険者だ。そんな連中が束になってもこの惨状とは
戦っている相手はどれほどの強さなのか。
さらに進むと雷鳴の様な咆哮と共に敵の姿が肉眼でも確認できる。
巨大な山城ほどの身体、全身を覆う岩石のような皮膚、そして
つい最近できたものと思われる、左目の大火傷の傷跡。
あれがこの山の主、王級大型魔獣か。
走りながら近付いていくと対峙している先には、一人の大盾を構えた戦士が居た。
城や城壁の柱ほどもある奴の腕での攻撃を、両腕で盾を支えて凌ぐ。
だがすでに消耗しきって力が残っていないのか、掲げた盾は吹っ飛ばされ
転倒して地を這う格好になる。
魔獣はそこにトドメの一撃を加えようと足を振り上げるが
戦士にはもう抗う術は残っておらず、這いつくばって後ろに下がるのが精一杯。
くそっ!! 間に合わないか!!
「あ、あ、あ……ひいいいっっ!! 助けてくれ!! まだ死にたくない!! 」
みっともなく這うその男の前に立ちはだかったのは一人の少女。
両腕を広げ、魔法障壁を展開してその攻撃を受け止めようとする。
ガイィィィィィィィン!! と金属のような音がして魔獣の攻撃が弾き返されるが
魔獣は意に介さず、何度も攻撃を試みる。
その度に攻撃を弾き返す音が響き渡るが障壁は少しずつ、
少女の方へ押し戻されていく。
「オレが逃げ切るまで持ちこたえてくれよッ!! 今まで散々守ってやったんだ! 」
もはや防具の意味をなさない程ボロボロの鎧を身に付けた男がようやく立ち上がり
背中を向けて走り出した頃、少女の繰り出した魔法障壁がひび割れて砕け散り
魔獣の足は少女を踏みつぶさんと彼女の頭上から振り下ろされる!!
俺は咄嗟に地面を蹴って大きく飛び上がった!!
奴の爪を避け、丸太ほどもある足指に真上に剣を振り上げる。
岩でも斬りつけたかのような強い衝撃が剣に走ったが、
渾身の力を振り絞って押し返されないように剣を振りぬいた。
次の瞬間、斬り口から大量の血を噴き出して魔獣は前足を振り上げた体勢のまま
苦悶の咆哮をあげる。俺は奴の身体を蹴って少女の元に着地した。
「大丈夫か!? ラノア!! 」
魔法障壁を弾き返された時の衝撃だろう、両腕が力なく垂れ下がり
吹き飛んできた無数の石片であちこちに切り傷ができて苦痛に顔を歪めている。
そんな彼女に手加減してくれるはずもなく魔獣は傷付けられた片方の前足は
上げたまま、3本の足を地面につけて突進してくる。
俺がラノアを抱きかかえ、何度か小刻みに地面を蹴って後退し
突進をギリギリのところで躱す。
即座に牙をむき出しにして飲み込もうとするが横方向に飛んで避ける。
間髪入れずに奴の頬骨から突き出た角での一撃が来るが剣を前に構えて凌ぐ。
その間に奴の胴体の後ろ側では爆音と剣を突き立てる金属音が聞こえた。
生き残った何人かはまだ攻撃を続けてくれているようだ。
ならばここは俺が敵の注意を引き付ける役割を続けなくてはならない。
ラノアを比較的安全そうな岩山の裂け目に降ろすと急いでその場を離れる。
どうか自分の身の安全だけを最優先してくれ、と願いつつ。
そのまま奴の足元に飛び込んで蹴り付け、その反動で飛び上がって
岩の様な胴体の皮膚を斬りつける。
ダメージは与えられない,
がそれで良い。狙い通り奴の注意は
俺の方に向いてくれたのだから。
「グォアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!」
威嚇の意を込めてか、奴が雄叫びを上げる。
空気どころか地面まで振動を与える風圧を伴った咆哮。
そしてまた、俺の方にまっすぐに突進してくる!
「シャドウ!! こっちだ!! 」
突進してくる方向の斜め前に駆け抜け、すれ違う様な形で
声のした方向へと向かう。
一人の剣士が魔獣の後ろ脚に流し斬りを決めていた。
あの姿……『カルディナの剣』のリーダー、剣聖ジェイムズか。
「アレを見てくれ、さっきお前が注意を引き付けてくれた間に
ようやく奴の胴体に穴をあけてやった」
奴の足元から飛び退いて戻ってきたジェイムズが差す方向には
魔獣の岩の様な肌が一か所だけ、抉れて出血しているのが見える。
「だが再生されるのも時間の問題だ。
俺が注意を引き付ける、だからお前はあの傷を攻撃してくれ。
ヤツに回復の時間を与えるな!! 」
ジェイムズは俺にそれだけ告げると方向を変えてこちらを睨む魔獣に
真正面から突っ込んでいった。
彼の補佐役の二人の魔術師も後に続く。
俺は自分の役割に徹し、奴の傷口を狙って数発の斬撃を放っては
奴から離れてを幾度となく繰り返した。
だがそこはさすが山の王にして伝説級の化け物。
通常の魔物に比べると回復速度が異常に速く
新たに斬り付けた傷も塞がれ、そこから中々広がらない。
ふと視線を送るとジェイムズの方もかなり苦戦を強いられていた。
もっと……もっと反撃を恐れずに攻撃の手を増やさないと。
焦った俺は奴の傷口に接近すると先程よりも手数を増やして
奴の身体に多くの斬撃を打ち込む。だがそれが間違いだった。
奴の身体を蹴って距離を取ろうとした俺の身体に衝撃が走る!!
鞭のようにしなる尻尾で吹っ飛ばされたのだ。そして宙を舞った俺の
身体は強靭な前足の爪で串刺しにされる。爪は胴体を完全に貫通し
背中の中心から腹を全て抉り取られるように突き刺さっていた。
「シャドウ!!! 」
歪んだ視界の端で焦った表情でこちらに叫ぶジェイムズが見える。
スローモーションで段々と近づいてくる岩山と、そして……
「ヴァルゴ!!! 」
初めて聞くはずなのに何故か懐かしいような、聴き馴染みのあるような声。
ラノアが、俺の名前を叫んでいた。
初投稿作品としての短編になります。
書き方など誤記がありましたら教えていただけると嬉しいです。
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