第12話 聖女の泉と謎の少年
馴染みのある香りがしてふと微睡から目を覚ました。
気が付くとルビィが俺の肩に頭をのせて眠っている。
どうやら昔の事を思い出しているうちに眠ってしまっていたらしい。
周りを見回すと乗合い馬車の他の乗客も同じように
数人ずつグループで固まって皆が目を瞑っている。
出発してからもうどれくらい経過してるのだろうか。
特に起き上がってすることも無いのでそのまま目を閉じていると
しばらくして馬車の揺れが弱まり、それが完全に無くなる。
「ご乗車の皆様、聖女の村ラノアへ到着いたしました。
気を付けてお降りください」
御者が馬から降りて馬車の幌を捲り、乗客に呼びかける。
俺も眠ったままのルビィを抱き起こし、背中に荷物を抱えて降りる事にした。
「いつの間にこんなになったんだ……」
数年ぶりに訪れた村は俺の記憶にある山間の村ではなかった。
というより、もはや別の場所に辿り着いたようだ。
木々に囲まれていた村の風景は広く切り拓かれ
鬱蒼とした森は馬車のついた場所からは全く見えない。
代わりに鉄の柵で囲まれ、レンガの道が舗装された
『聖女の泉』と書かれた施設が村の中心に見え、
その鉄の柵の周りにいくつかの民家と思われる家屋が点在している。
「そこのお前! この聖女の泉に入りたくば入場料を払え!!
一人銀貨10枚、二人で銀貨20枚だ!! 」
鉄の柵の正面に立つと門番と思しき王国兵に入場料を要求される。
王都の冒険者宿で1泊銀貨1枚、乗り合い馬車が銀貨2枚だったから
普通に考えたらとんでもない額だ。だがここが老婆の言っていた場所なら
入ってみるしかない。俺はしぶしぶ銀貨20枚を門番に差し出した。
鉄の柵の内側はなだらかな傾斜になっていて、外周通路の内側は
足首ぐらいまで浸かる程度の浅い川の流れのようになっており
そこでは裕福そうな身なりの子供たちが水を蹴り上げたりして遊んでいる。
その川を越えて中心側に行くと人口の池の様な構造になっており
薄い布着姿の女性ばかりが水に身を横たえたり、水を腕や肩にかけたりしていた。
「ご覧になって! 聖女の泉の効果でこんなに肌がきれいに!! 」
「あら! 本当ですわ! 5歳は若返ったみたい!! 」
「ずっとここに滞在していればワタクシ達も嫁入り前のお肌に戻るかしらね?」
「もちろん可能に決まってますわぁ! だって聖女様のお恵みですもの♪」
先程の子供たちの母親ぐらいの年代の女性たちが
聖女の泉の効果がどうこうと騒いでいるのを見て、泉の水に手を付けてみる。
水は人肌くらいの温度で温かくは感じるが
ラノアに治癒魔法をかけて貰った時のような魔力の流れは感じなかった。
「ちょっと、何アレ?何をなさろうとしてるのかしら?」
「不審者かしらね?それとも病気で精神に異常をきたしたお方かしら?」
何やら不審がられているのは承知の上でルビィを冒険者用マントで
身体をくるんだまま、泉に横たわらせてみる。
呼吸をしているのは確認できるが、相変わらず意識は無い。
蘇生術の影響がまだ残っているのだろうか?
しばらくそのままで様子を見てみたが何も感じられないので
荷物を背負いなおし、彼女を抱きあげて柵の外へ出ることにした。
治癒を施されているときのような魔力の流れは感じられない以上
この行為には多分、何の意味も無いのだろう。
出入口の鉄の門を抜ける時、ヘラヘラした顔の門番が声を掛けてくる。
「その女、病気かなんかか?今日は効果が見えなくても通ってれば
いつか効果が表れる場合もあるからな?諦めずに通ってこいよ?」
そうやって藁にも縋りたい状況の者から法外な金を毟り取るのか。
呆れ果てた気分で門番の前から立ち去り、柵の外に立つ宿屋に向かう。
すると後ろから一人の少年に声を掛けられた。
「冒険者さん、お困りの症状を治すことのできる聖女の泉はいかがです?」
それならもう行って来たぞ、無駄足だったがな、と返そうとしたが
幾つか気になった事があったので会話を続ける。
「お前はそこから来たのか?」
「僕が?なんでそう思ったの??」
「現れた時の気配がしなかった。それから」
少年の方を向き直って姿を見る。やはりな。
「この村の人々は青色の髪に蒼い目の者がほとんどだが
お前は金色の髪に金色の瞳をしているだろ」
そう、ラノアと全く同じ。
「ああ、そっか。アンタは姉ちゃんを知ってるんだったな」
「ラノアに弟が居たとは聞いていないが?」
「まあ付いてきてくれればわかるよ」
そう言って少年は村の建物から離れた方へと歩いていく。
かなり怪しいとは思ったが今のところ、彼に付いていく以外に
問題解決につながるようなヒントは何も残っていない。
仕方なくついていってみる事にした。
少年は馬車の降りた所からどんどん離れて、
村を背にして山中の森の方へとどんどん向かっていく。
村の周りは切り拓かれた土地になっていたが
その辺りは以前と同じような鬱蒼とした森が広がり、
魔物が今にも出てきそうな雰囲気だ。
普通の少年が何の躊躇もなく
入っていけるような場所ではない、通常ならば。
やがて森の中を抜けると崖下にある洞窟の前へ案内された。
「この奥が本物の聖女の泉だよ」
少年がこちらを振り返りそう告げる。
その姿は薄く背後の景色が透けて見えるようだった。
そうか、やはり……
「案内してくれてありがとうな。君はもしかすると……」
「……そう。父さん母さんが死んだときに一緒に」
「……そうか」
「ラノア姉ちゃんの事、よろしく頼んだよ」
そう言い残すと少年の姿は霧のように消えていった。
初投稿作品としての短編になります。
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