連休の中日
連休の中日。夕食のカレーライスを食べ終えて、食後のコーヒーと煙草でくつろいでいると、僕は夜風に当たりたくなって、若洲の海浜公園にバイクで向かう事にした。
グローブとヘルメットを用意して、ベッド脇のサイドボードにあるキーを手に取りポケットに押し込む。目的の道の駅までは三〇分程度で行けるから、のんびりするには丁度いい時間になっているだろう。
出発の準備が整うと、カーゴパンツに押し込んだスマートフォンがLINEの着信を報せた。誰からだろうと思って確認すると、同級生でバイク仲間のRからのメッセージだった。
「こんばんわ、何してた?」
送られてきたのは素っ気ない言葉だった。僕は鼻で小さく溜息を漏らしてこう返信した。
「これからバイクで、若洲の海浜公園に行くところ」
僕はRより多い文章のメッセージを送った。すぐに既読が付くと、Rはすぐにメッセージを送ってきた。
「俺もバイクに乗ろうと思っていたところなんだ。一緒に行ってもいいかな?」
「いいよ。煙草でも吸いながら話そう」
僕はそうメッセージを返した。
スマートフォンでのやり取りを終えると、僕は必要な装備を持って部屋を後にし、バイク駐車場に止めているFZ1フェザーのカバーを剥がした。キーを刺してエンジンを掛け、SHOEIのフルフェイスヘルメットを被って街に繰り出した。
地元の下道を通って環状七号線に出ると、道に吹く風は涼しいを通り越して寒いになっていた。あと一か月もすれば、ダウンジャケットを着こんでバイクに乗らないといけなくなるだろう。祝日の中日の夜だったが、そんなのお構いなしに走り回るトラックの姿が目に入った。
僕は環七から海岸通りに入り、若洲にある海浜公園を目指した。ゲートブリッジの方に向かう道路に入ると、夏場には感じなかった海風の重さと硬さのような物がはっきりと感じられた。
僕はゲートブリッジを駆け上がる一歩手前の所で左折しゲートブリッジの手前でUターンするようにして若洲海浜公園に入った。ここの公園のいいところは、バイクの駐車料金が無料という事だった。
僕は駐車場を少し進み、ゲートブリッジが左手に見える場所でFZ1フェザーを降りた。ヘルメットを脱ぐと、自分が住んでいる地域よりも空気が冬に近づいているような気がした。東京の海でも大自然の一部分を担っているのだろう。
僕はなだらかな下り坂を描く道をゲートブリッジの方へと向かって歩き出した。夕暮れや昼間には何度も着た場所だが、この時間に来たのは初めてだったから、闇夜にライトアップされるゲートブリッジの姿は新鮮で、何か神聖な場所に迷い込んでしまったような迫力がある。橋の上を行き交うヘッドライドの明りと騒音も、何か巨大な生き物が呼吸をしているように思えた。
浮かび上がったゲートブリッジの姿に見とれていると、背後からバイクのエンジン音が響いてきた。僕のバイクよりも設計が古い設計のエンジンの音、Rが乗っているCB750のエンジン音に違いなかった。
僕は後ろを振り向き、誰が公園にやって来たのか確認した。都会の暗闇に溶け込む深緑色の車体に、LEDではないヘッドランプの明り。間違いなくRのCB750だった。
僕は坂を下りる足を止めて、ゆっくりとバイク置き場に向かった。僕のFZ1フェザーの隣にCB750が停まると、Rはエンジンを切ってミック・ドゥーハンレプリカのフルフェイスヘルメットを脱いだ。
「こんばんは」
僕は先程RがLINEで送ってきた言葉を音読するみたいに、Rに声をかけた。
「こんばんは、大分冷えるようになったね」
Rはそう答えてサイドスタンドをかけ、CB750を降りた。オイルクーラーが装備され、マフラーが変わっている以外に改造箇所は無かった。現代の技術水準からすれば、古代魚のようなバイクだった。
「夜にここで待ち合わせるのは、初めてだね」
「そうだね」
僕の言葉にRは鷹揚に答えた。厚手のパーカーを着こんでいるが、今の季節の夜にバイクに乗るには寒いはずだ。それとも空冷エンジンで温かい空気が勝手に供給されるから、問題ないと思っているのだろうか。
バイクを置いた僕たちはゲートブリッジの方に向かって歩き出した。もう閉店してしまった売店と自動販売機の間に来ると、ゲートブリッジを走り抜ける車の音に混じって、波が打ち付けて弾ける音が、冷たい風に乗って聞こえて来る。
「最近はどうだい?」
空をぼんやりと眺めていた僕に、Rが質問してきた。
「まあまあだよ。そっちはどうだい?」
お返しとばかりに、僕はRに訊き返した。
「俺もまあまあ。でも変化が一つあったよ」
Rが言葉の最後の方で喜んだような口調になったので、僕は風景からRに意識を向けた。
「何かあったのかい?」
「この前、先輩方の伝手を通じて知り合った、B子さんって女の人がいただろ」
僕はRの言葉を聞いて、B子さんの事を思い出した。B子さんは今年の二月に大型二輪免許を取得し、スズキのSV650に乗り換えた女性だ。落ち着いた佇まいの女性だったが、その彼女がどうかしたのだろうか。
「あの人と、お付き合いすることになった」
Rからの突然の言葉に僕は驚いた、バイクで例えるならば、一速から二速にシフトアップするときにニュートラルに入ってしまったようなシフト抜け、あるいは赤信号に気づかなかったような衝撃が、僕の中に生まれた。
「付き合うって、バイク乗りとしてだけでなく?」
「そう、高校生や俺らよりも年上の男女がするようなお付き合いをね」
Rはさも当然のように答えた。おそらく僕ならば、自分とB子さんの関係を誰にも言い降らさないから大丈夫。と判断しているのだろう。
「そうか、おめでとう」
僕は少しうれしさを滲ませた言葉で答えて、背後を振り向いた。古代魚みたいなRのCB750にB子さんがタンデムで乗る姿を想像してみたが、ちょっとシュールかもしれない。
「でもお付き合いするにあたって決めた事があるんだ。〝バイクで出かける時はそれぞれのバイクで行くって〟いう約束」
「なんでまた、そんな約束を決めたんだい?」
僕が聞き返すとRは少し考え込んだあと、こう答えた。
「ほら、共通点はあるけれど程よい距離感って気分がいいだろう。それをやりたいんだ」
「なるほど」
僕は納得して、RとB子さんがそれぞれのバイクに乗っている姿を想像した。古代魚のような750ccのバイクと新しいVツインのバイク。いい関係が結べそうだと、僕は考えた。
(了)