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バイク小説集  作者: SARTRE6107
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デジャブの正体

 集合地点のサービスエリアでエナジードリンクを飲んでいると、不意に猛烈な既視感に襲われた。

 その既視感が何だったのかというと、全体像こそ語ることはできないが、一つ一つの構成要素を語ることはできる。今いる集合場所の埼玉のMサービスエリア、僕の頭上を覆っている薄灰色の雲と、九月半ばだというのに蒸し暑い空気、行き交う人々と、出入りする車を整理する警備員の動きなど、すべてに見覚えがあったのだ。

 なぜだろう?僕はまたエナジードリンクを一口飲んで訝った。今飲んでいるエナジードリンクはちゃんと日本国内で大手飲料メーカーが販売している正規販売品で、東南アジアなどで販売されている、コカインの成分が含まれていない製品だ。昨日は夜の九時半に寝て、たっぷりと睡眠時間を取ったから、変な気分になるなどという状態ではない。

「どうしたの?」

 飲みかけのエナジードリンクの缶を持ったまま訝しんだ表情のままでいると、背後から有希が声をかけてきた。僕は背後を振り向き、やや不安げな有希の顔を見た。

「大丈夫」

 小さくそう答えて、僕は残っていたエナジードリンクを飲み干した。空になったエナジードリンクの缶の感触を確かめると、今日は有希が大型二輪免許を取得して、自分専用の大型バイクを手に入れた記念のマスツーリングなのだ。僕と彼女だけではない、世話になっているバイク店の店員さんや元自衛官の友人など、総勢六人の豪華メンバーによるツーリングの最中だった事を僕は思い出した。

「そろそろ出発だから、行こうか」

 僕は有希にそう言って、エナジードリンクの空き缶をリサイクルボックスに放り込んで二輪駐車場に向かった。駐車場に向かう途中、僕は有希が初めて買った大型バイクであるスズキのGSX‐S1000Fの納車祝いに、横浜まで一緒にバイクで行き、中華街にある駐車場に止めて、裏通りにある広東料理のお店で三八〇〇円のコースをご馳走してあげた事を思い返した。

その店は有希にとっては初めてだったが、コース料理の最初の一品目である冷菜を取り分けていると「中華が好きってよく判ったわね」と漏らしたのを思い出した。

「有希の好きなことは、大体見当がつくよ」

「そう?ありがとう」

 その時の有希はさりげなく返してくれたが、思い返せば有希の好みをあれこれと聞き出したことは無かった。偶然に有希の好みを当てられたのはよかったが、「大体見当が付く」という言葉を出せたのも思えば不思議だった。

 二輪駐車場に着くと、先輩たちが電子タバコを片手に談笑している姿が見えた。有希が買った青いGSX‐S1000Fの隣には、僕が長距離移動用のバイクとして購入したハーレーダビッドソンのXL883Cが停まっていた。かつてはこのバイクの後ろに乗っていた有希も、今では大型バイクを颯爽と操る女性ライダーの一人だった。

「お待たせしました」

 僕が先輩たちに声をかけると、四人の先輩たちは鷹揚に答えてくれた。

「じゃあ、行こうか。次はXの出口で」

 元自衛官の佐久間さんが号令を出して、僕たちはそれぞれのバイクに跨る。僕も自分のハーレーダビッドソンに跨り、キーをオンにしてエンジンを掛けた。やがて全員がバイクに跨ると、運送後の塩田さんを先頭に出口へと走り出した。隣にいた有希に「先に行きなよ」と手信号で合図を出すと、有希は促されるまま僕の前に出た。経験のある人間が先頭と最後尾を務めるのが、こういう時は大切なのだ。

 僕もクラッチを握ってギアを一速に入れて走り出す。前方に有希の背中が見えると、もう僕の後ろに乗ってどこかに行くという事もなくなるかもしれない。

 その瞬間、またさっきと同じ感覚に襲われた。既視感のあるサービスエリアでの景色、そのあと隊列を組んだバイクチームの事、すべて過去に体験したような記憶があった。隊列を組んで高速道路を利用するバイクツーリングは、もちろん初めてではない。だが今回のツーリングと同じ事を以前にも体験したような記憶があるのだ。

 そんなはずはない。

 僕は自分に言い聞かせて、高速道路の本線に合流した。前方を行く有希の姿を見ると、大型バイクに対する恐怖心がなくなった後ろ姿が見えた。そしてフルフェイスヘルメットのライトスモークスクリーン越しに、ミラーに映る僕の姿を確認しているのが見えた。今まで前から僕を見るという事が無かった有希は、何を思うだろうか。

 そんな邪念が頭をかすめると、今度は得体のしれない何かが起こるという、漠然とした恐怖に襲われた。この感覚は初めてではない。一度体験した経験がある。僕を容赦なく襲ってくる既視感の詳細が分かれば何か対策がとれるのだろうが、詳細が分からないから対策の方法がなかった。

 落ち着け、運転に集中しろ。お前は自分一人でバイクを運転し時速一〇〇キロの速度で走っているのだぞと言い聞かせたが、心臓の鼓動が早くなり胸のあたりが苦しくなってきてしまった。ヘルメットを被った額に冷や汗が滲み、上半身の反応が次第に鈍くなって、視野が狭くなってゆくような気がする。

 すると、僕の異変に気付いた有希が速度を落として並走してきた。有希はフルフェイスのスクリーンを上げて、「大丈夫!?」と叫んできた。

「気分悪い、悪いけど近くのパーキングエリアに入る!」

 僕もそう叫び返した。

 僕と有希はすぐ近くにあった、自動販売機とトイレ、小さな売店しかないパーキングエリアに入った。バイク駐車場にバイクを停めて、ヘルメットを脱いでベンチに腰掛ける。脱いだヘルメットは蒸し暑さから出る汗とは、異なる種類の汗で濡れていた。

「大丈夫?水か何か買ってこようか?」

 心配そうな表情で、有希が訊いてきた。

「ありがとう。頼むよ」

 僕は小さく答えた。バイクから降りたのに、さっきより心拍数が上がって冷や汗が止まらない。本当ならグループLINEにメッセージを入れて、体調が悪化してパーキングエリアに立ち寄っている事を報告しなければいないのに、それすらできる状態ではなかった。

 僕は自動販売機コーナーへと小走りで向かう有希の後姿を見た。この後彼女は四台並んだ自動販売機の左から二代目の自販機に立ち寄り、一五〇円のミネラルウォーターを買うはずだ。

 なぜこれから有希が行うことを、僕は知っているのだ?そう疑問に思った瞬間、頭の中でひたすら負担になっていた既視感の積み重ねが一つにつながり、一瞬にして理解できるようになってしまった。有希が大型二輪免許を取得したお祝いに横浜の中華料理店をご馳走したのも、ここで見てきた光景がすべて過去に観た記憶があるのも、有希が僕の前世であるからに他ならなかった。そんなことがあるはずないと思ったが、思考を掘り返してみると教習所での失敗や僕を好きになった理由、僕が以前乗っていた国産バイクの後ろに座っていた時に有希が考えていた事などが、手に取るように分かってしまった。

「おーい、有希!」

 恐怖からくる悲鳴のように、僕は有希の名前を叫んで立ち上がり、有希の方に向かって走り出した。購入した水を持ってくる途中の有希が名前に呼ばれた事に気づくと、僕と有希は視線が合った。その瞬間はスピードを出してパーキングエリアから出ようとした国産のSUVに体当たりされて、頭から地面に落ちた。これがやがて来る恐ろしい結末か。と思うと、僕の心は何も感じなくなった。


(了)


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