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バイク小説集  作者: SARTRE6107
2/12

バイクとサイゼリヤの記憶。

 祝日の午前中、僕は中古で買ったバイクの納車の為に付き合いのあるバイク屋に向かった。

 買ったのは、ちょうど一年落ちのハーレーダビッドソンのローライダーS。ダイナフレームからソフテイルと同じフレームになったモデルで、まだ年式も新しく、ビビットブラックのフルノーマル車というのも僕の好みに合っていた。その分購入金額は諸経費込みで下手な国産乗用車が買える額になってしまったが、初めてのハーレーを手に入れる為と思えば気にならなかった。

 ベルのフルフェイスヘルメットを片手に地下鉄に乗り、バイク屋を目指す。二十分程地下鉄に乗り、目的地の駅で落ちて徒歩でバイク屋を目指す。店舗前まで来ると、アルバイトの若い店員さんが修理に入った国産バイクを工場に入庫させているのが見えた。

「こんにちは、神無です」

 僕は店舗の前に行き自分の名字を名乗った。工場で作業中の店長が僕に気付くと「どうも」と小さく挨拶してくれた。

「どうもどうも、お待たせしました。納車前整備も全部済ませてありますよ」

 愛嬌のある笑みを浮かべながら、店長は工場の中にある僕のハーレーを手で押して持ってきてくれた。納車前に艶出し材で拭いてくれたのだろうか、オークションで落札してこの店に届いた時よりも輝きが増している。シングルシートのテールカウルを見ると、車検を取得した事をステッカーが、新しいナンバープレート共に輝いている。正真正銘の僕の物だ。という自覚が心地よい満足感と自信を伴って僕の中に生まれてくる。

「ハーレーはウィンカーが左右に分かれているので気を付けて。基本的な運転操作は国産車と同じです」

「わかりました。ありがとうございます」

「また整備とか点検が必要になったら、遠慮なく連絡をください」

 僕は店長の言葉に再び感謝の言葉を述べた。ヘルメットを被り、自分の物になったハーレーに跨る。落札され店に入庫した時は、想像よりも低く股を開く運転姿勢に驚いたものだが、名実ともに自分の物になってしまえばさしたる違和感は無かった。

「では、失礼します」

 僕はヘルメット越しに言って、エンジンを掛けた。大きな構成部品が中で動作する感触が何とも言えず心地よい。

 ギアを一速に入れてクラッチをゆっくり離しながらスタートする。そのままゆっくりと店舗前を右折し、国道に向かう道を進む。非常に重く大きいバイクだが、コツさえつかめば簡単に乗りこなせそうだ。

 国道に入る交差点の赤信号で止まると、僕は新しいバイクをもう少し走らせたくなり、家に向かう道とは逆の方向にウィンカーを出した。信号が青になり、家から離れる方向にハーレーと共に走る。信号を二つ越えて赤信号で再び止まると、燃料が三分の一しか入っていない事に気付いた。僕はこの先に会員登録しているセルフスタンドがある事に気付き、そこでガソリンを入れる事にした。

 セルフスタンドに入り、空いているレーンにハーレーを滑りこませる。エンジンを切ってバイクを降り、備え付けられた機械でハイオク満タンを指定する。機械から流れる電子音声を聞き流して燃料油キャップを開け、空いたタンクにガソリンを入れる。

ガソリンがタンク一杯まで入ると、燃料油キャップを閉めてノズルを戻す。機械から吐き出されたレシートをもぎ取り不要レシート入れに押し込み、再び跨ってエンジンを掛けてセルフスタンドを後にした。

 再び国道を進むと別の国道と交差する大きな交差点で止まった。先頭になった僕は進行方向の先を見て、交差点を超えた反対車線に緑地に赤い字で『サイゼリヤ』と書かれている看板を見つけた。その『サイゼリヤ』という文字が、ある記憶を呼び覚ます。




 かなり荒れた高校に入学して一年目の冬に僕は普通二輪の免許を取り、二年生に進学すると親に借金をして十四年落ちのカワサキ・バリオスを買った。そのバイクで僕は人生初の高速道路走行に、スピード違反や駐車違反等を経験した。収入のある今は手痛い出費だが、当時の僕には死活問題になるような出費だった。

 その事を不良仲間達とコンビニ前で煙草を吸いながら話していると、グループに参加しているアヤミという女子生徒が、会話の流れを切るようにしてこう言った。

「あんた、二人乗りの経験はあるの?」

「いいや、後ろに乗せて貰ったのは何度かあるけれど、乗せてあげた経験は無いね。免許を取って一年だから、もう大丈夫だけれど」

 僕は少し自嘲気味に答えた。

「じゃあ、今度乗せてよ」

 アヤミの言葉に僕は驚いた。不良仲間という接点以外に彼女とは何の関係も無いと思っていたからだ。

「いいけれど、乗ってどこに行くの?」

「サイゼリヤ。今度出た新メニュー食べたいと思っていてさ」

 アヤミは素っ気なく答えた。新メニューの為の移動手段だったが、当時の僕にはすごく嬉しい出来事だったし、「バイクに乗せて欲しい」という要望を始めて聞いた体験だった。

 次の休日、僕とアヤミは学校で待ち合わせた。アヤミは自前のコルクヘルメットを片手に、僕の到着を待っていた。当時の不良高校生と同じように、僕も普段コルクヘルメットを被っていたから、ちょっとした仲間意識というか安心感を覚えた。

 タンデムステップを出して、アヤミが僕の後ろに座る。バイク越しではあったが、初めて感じる異性の重みだった。

「大丈夫?」

 僕はアヤミに訊いた。

「大丈夫。前に付き合っていた彼氏の後ろに何度も乗っていたから」

 アヤミは素っ気なく答えた。初々しさに浸っていた僕はちょっとした傷心を味わい、バイクを走らせた。

 向かったのは高校からバイクで十分ほどの距離にある、国道沿いのサイゼリヤ。一人の時なら特に安全運転や周囲の車をあまり意識せずに走るのだが、今回ばかりは自分以外の人間が乗っているせいか、いつも以上に集中して運転しているのが自分でも分かった。

 サイゼリヤに到着し、バイク用の駐輪スペースにバイクを停める。ヘルメット二つミラーにかけて店内に入ると、様々な料理の匂いが喧騒と共に鼻先に漂ってくる。

 アルバイトらしき女性店員に二人であることを告げて、席に通される。傍目から見れば不良少年と少女のカップルに見えたるだろうが、僕とアヤミの関係はそうではない。しかし、他人からをカップルに見られるというのは、僕にとって自分が二回りも強くなったような錯覚を覚えさせてくれた。

「ドリンクバー頼む?」

「いいよ」

 僕の言葉にアヤミはそう答えた。






 あれから今年で十五年の時間が経つ。その後僕たちが何を注文して、どんな感想を抱いて帰ったのか覚えていない。楽しく光輝いていた時期だったのに、思い出そうとすると消えて無くなってしまう。結局アヤミとはそれだけの関係で終わってしまい、高校を卒業した後は生死すらわからない程音信普通になってしまった。

 それから僕は専門学校に進み、小さいがデザイン事務所を立ち上げて社会的には社長の肩書を持って生活している。家族は奥さんと二歳になる女の子が一人いて、操る乗り物もベンツのGクラスに、国産の大型バイクとこのハーレーの計三台持ちになった。今乗っているハーレーはシングルシートの一人乗りで、誰かを乗せてサイゼリヤに行く事は出来ないバイクだ。大きなバイクに乗れたのは成長だったが、もう昔のような事は出来なかった。

「アヤミを乗せてサイゼリヤにはもう行けないが、今はもっと別の事が出来るようになった」

 胸の中で小さく漏らすと、目の前の信号が青になる。走り出してサイゼリヤの前を素通りしたが、それは昔とは違う光景を見ている証拠だった。


(了)


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