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バイク小説集  作者: SARTRE6107
1/12

千葉県にて。

 日曜日は予報によると晴れだという事なので、僕は早起きしてバイクに乗り出掛ける事にした。国道一四号を進み、篠崎インターから高速に乗り宮野木ジャンクションで館山方面に向かう。付近には安ホテルや新しく作られた高層マンションなどが立ち並び、高速道路を行き交う車に乗った人間を見下ろすような印象を与える。都会とそうでない場所の境目が作り出す。不思議な波動のような物が作用して、出入りする人間達に様々な感情を抱かせるのだろうか。

 館山方面へとさらに進むと、コンクリートで作られた様々な建物の気配は次第に薄れて行き、変わって木や草、土の気配が強くなってきた。道路も片側二車線から一車線になり、山の中を通り抜けるトンネルの数も増えて先程とは違った感覚を僕に抱かせる。

 ここまで来ればそろそろ下道に降りてもいい頃だと思った僕は、次の降り口で高速を降りた。自分の知らない初めての場所だったが、高速を降りた先にある行き先の表示には『富津』『銚子』と書かれているので、そちらに向かえば迷子になるという事はなさそうだった。

 僕は五月の美しい緑に彩られた雑木林の近くを走る道路を、とりあえず銚子方面に向かって進んだ。途中、単線の線路を走るローカル線とすれ違いながら集落のある方向に向かう。住宅街と雑木林の間には水を引かれた水田があり、トラクターがその中を走り機械で田植えをしている様子が見えた。

 僕は朝食を取ろうと思い、走りながら朝定食が食べられる牛丼チェーンを探したが見つからなかった。こういう時に食べる朝定食は非常に美味くて密かな楽しみの一つだったのだが、今回はありつけそうになかった。

 少し残念な気分に僕はなり、仕方なく進行方向にあったコンビニに入り、そこでおにぎりを二個とペットボトルの麦茶を買った。店を出て駐車場で食べても良かったのだが、それでは面白くない気がしたのでバイクに乗り、少し長めの良い所で食べる事にした。

 二車線の県道を離れ、交通の喧騒とは少し離れた水田と住宅が立ち並ぶ地域に入る。変化の少ない、必要にして十分な世界。東京と言う変化の多い場所から来たよそ者は僕だけだったが、疎外されているというよりは何か特別な場所に居るという気分にさせる光景が広がっている。

 水田の中をさらに進み、雑木林と水田の境目を走る道路に出た。進行方向の先には地元の中学校らしき建物が見える。道路脇にベンチと倉庫のある公園らしきものを見つけると、僕はその前にバイクを停めて、公園らしき場所で朝食を取った。

 朝食を済ませると、煙草が吸いたくなった僕は木の影に隠れて、ジャケットのポケットに入れているケントメンソールとライターを取り出して火を点けた。煙を吐くと背後に人間の気配を感じて、停めてあるバイクの方を振り向く、バイクの側には進行方向に見えた中学校の生徒だろうか、若草色のジャージに身を包んだ男女が僕のバイクを珍しそうに眺めている。僕はその様子が気になり、バイクには近づかずに木陰から様子を伺う事にした。

「この辺りじゃ見ないね」

 女子生徒が小さく漏らす。風向きのせいか、二人にしか聞こえない筈の声量でも僕の耳に言葉が入ってくる。

「多分そうだよ」

 男子生徒が答えると彼はバイクの後ろの方を見てナンバーを確認する。

「練馬って書いてあるから東京だね」

「練馬って、今度ヒロトが住む街?」

 女子生徒が返すと、彼女は急に不安そうな表情になり口を噤んでしまった。

「ああ、夏休みになったら住む街。ここからだと、車で二時間くらいかかるかな」

 ヒロトと呼ばれた男子生徒は淡々と答えた。遠目から見た感じだと、二人の仲は良さそうだったが、その関係も夏を迎える頃には終わってしまうようだった。

「そんなに暗くならないでよ」

 影が差してしまった女子生徒に、男子生徒が声を掛ける。

「向こうに行っても、LINEとか連絡は取るし、何かあればこっちに戻ってくるよ。俺はリナの前から居なくなってしまうけれど、死ぬわけじゃないから」

 男子生徒の言葉にリナという名前の女子生徒は答えなかった。そして少しの静寂の後、二人は歩き始めてバイクの元を離れた。

 僕は二人が完全に遠ざかったのを確認して、バイクの側に立った。緑に彩られた平穏な光景の中にも、絶えず変化してゆくものがあるのだろう。

 この緑の光景も、季節が変わればまた別の色に変化してまた違った印象と感情を、僕のような都会の人間に抱かせるだろう。だが変化した光景は再び緑に彩られ、新しい感情や印象をもたらしてくれるはずだ、過ぎ去っていった二人にも、様々な色彩を経てまた美しい緑色になるだろう。それは良い事であって欲しいと願いながら、僕はバイクに乗り込んだ。


                                      (了)

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