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こちら、人外対策部です  作者: 焼きだるま
第一部 前日譚
9/60

第九話 雨

この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい


 雨が僕の体に突き刺さる。


 無慈悲な雨が僕を貫く。


 ○○は取り乱したように、僕の名前を何回も呼んでいた。


「ねぇ……」


 ◇◆


 朝、アラームに起こされ僕は起床する。朝は嫌いじゃない。朝は僕が、まだ生きていることを証明してくれる。


 天気予報によれば、午後からは雨が降るらしい。前に天気予報を確認し忘れたせいで、レインコートも無しに戦闘する羽目になったことがある。


「今日は忘れないようにしないと」


 洗面台に向かうと、鏡には小柄で中性的な僕の顔が写る。歯を磨き、顔を洗い朝食を取る。焼いた食パンには、苺のジャムを塗る。冷蔵庫にあった牛乳は、期限が今日までのようだ。


「夜までに飲み切れるかな」


 そんなことを思いつつ、僕は支度をする。


 職場に就くと、午前八時丁度に仕事を開始する。


「ニャッハロー? 今日も元気よく巡回していこう!」

「元気がいいね、何か良いことでもあった?」


 元気の良いオペレーターと会話をしながら、僕は町を巡回する。


「いや〜俺さ、実は好きな人ができたんだよね〜」

「へぇ、良いじゃん。想いは伝えたのかい?」

「今日、仕事が終わったら伝えに行こうと思ってる」

「相手はどんな人?」

「カドカワレストランでバイトしてる子。笑顔が素敵でさ〜! すっごく可愛いの! マジで!」

「上手くいくと良いね」

「おうよ! だからさっさと今日の仕事終わらせちゃおうぜ! 瑠花!」


 ――瑠花と呼ばれた中性的に見えるその女性隊員は心の中で、失敗した時のことを考えないくらいポジティブな思考が羨ましいと思っていた。だが、それもまた彼の良いところなのだ。


 ◇◆


 午前中は特にこれといった事件も起きず、昼休憩の時間となった。丁度同じタイミングで空いたらしく、僕たちは一緒に例のカドカワレストランへと向かうことになった。


「最近はすげ〜よな、人外についても分かってきたことが多くなった」

「尻尾に寄生管があるんだっけ?」

「そうらしいよ? あと、海外生まれなのは分かっているけど、戸籍が分からず日本で育てられた少女。人外化の兆候が見られたのに、人の状態を保っていて人外の力を使えるのだとか」

「それは凄いね、研究が進めば僕達の仕事もその内無くなりそうだ」

「そのくらい平和になるといいねぇ」


 店に着くと、僕たちは向かい合わせになるよう席に座る。注文を済ますと、○○は指を差した。


「あの子だよ、クソ可愛くね?」


 指の先には、確かに可愛い店員さんが居た。


「うん、中々に美人さんだね」

「だろ? 今日の夜、もう一度ここに来て思いを伝えようと思う」

「流石に仕事中は迷惑じゃないかな、古典的かもだけど、紙に場所を書いて呼び出してみるのもいいんじゃないかな」

「なるほど、やってみるか」


 適当を言ったつもりだったが、どうやら乗り気になってしまったらしい。


「まぁ、上手くいかなくても落ち込まずにいればいつか良い人に……聞いてないな――」


 想像に胸を膨らます人間には、何を言っても無駄だろうと理解した。


 ◇◆


 ――昼食を終えると、巡回ルートへと戻る。その道中、僕たちは話をしていた。


「一つ、気になったことがあるんだけど」


 すると○○は、何? っと返した。


「前に仕事を辞めようかな、なんて冗談を言った時、君はやめないでくれよ、と言っていたけど。僕が死んだら、君はどうするんだい?」


 数秒、返答までに時間がかかった。


「きっと、その時は僕が代わりにエリート隊員になって、君の仇を取るよ」

「戦闘能力が無いからオペレーターをしてるんじゃなかったの?」

「そこは――気合いだ気合い」


 すると、僕は少し笑いながら、


「気合いでエリート隊員になるなんて凄いね。期待しておくよ」


 と言った。


「期待しないでくれ、というかそんな事態にならないでくれ。僕の両親の仇は君にかかってるんだからね?」

「もうどうでも良いとか言ってなかった?」

「過去の事は忘れる主義なんだ」

「都合の良い男だね」


 そんなこんなで、僕たちは仕事に戻る。


 ◇◆


 ――午後三時 四十五分頃。天気予報の通り町には昼まであったはずの晴天は消え、雲に覆われた世界には雨が降っていた。


 レインコートを持ってきておいて正解だったと言う瑠花に、オペレーターの男は、


「こっちは天井も壁もあって、最高の空間だぜ?」


 と言う。瑠花はやっぱりこの仕事をやめてやろうかなんて言って、オペレーターを脅しつつ巡回を続ける。


 午後四時。まだ町は薄暗い程度で、夜にはまだ時間があった頃、一件の通報が入る。それは、すぐに瑠花の担当オペレーターへと知らされた。


「瑠花、人外事件だ。四丁目の角のところを曲がったところで発生したらしい。普通級の隊員では対処ができないそうだ、いけるか?」

「了解。四丁目だね? 確かに近い、僕に指令が下るわけだ」


 すると瑠花は、オペレーターの指示に従い目的地に向かって走り出す。


「雨で足元が滑りやすいな、レインコートがあるだけマシだけど」


 町には水溜りが散らばり、地面を蹴るたびに水飛沫が舞う。



 四丁目に差し掛かると、住民が避難し切れていないことに瑠花は気が付いた。それと同時に、町の至る所に弾丸の雨でも降ったかのような穴や亀裂が見受けられた。


「住民の避難はどうなっている?」


 オペレーターが言う。


「今、やっと現場の詳しいことが報告された。既に市民含む隊員の大半が死亡。空から、破片の雨が降り注いだそうだ」

「……破片の雨?」


 その言葉を口に出した時、目の前にそれは現れた。


「……目標を確認。既に覚醒しており、背中には翼と思しきものが二つ生えている」


 オペレーターは記録をしつつ、瑠花に「今、応援を向かわせている」と報告をすると、


「来ない方がいい、何かおかしい」


 宙に、光の玉が幾つか現れる。


 異変を察知した瑠花は突如、住民の居ない民家へと逃げ込む。その直後、外で爆発音が聞こえた。瑠花の入った民家は、飛び散った謎の破片によって蜂の巣にされる。


 家の裏から瑠花が出てくる。


「くっ……! 予想はできていたが、思っていた数倍は強い」


 すると、通信先のオペレーターから情報が伝達される。


「その人外、過去にも多数の死傷者を出している未討伐の人外に特徴が酷似している! 気を付けろ! やつは厄災級と判定されてもおかしくはないぞ!」


 忠告をするオペレーターだが、瑠花は「もう遅いよ」と言い、普通級ではなくエクストラを呼べないかと相談する。


「今上にも話してる! でもエリートオペレーターをもう一人や二人送り込むってだけしか返答が来ない! こうなったら……そいつらが来るまで住民の避難の為に囮になって時間を稼ぐしかない!」

「無茶言うね。さっきも、破片が右肩のすぐ横を飛んでいった。あんなもの撃たれまくったら、命が幾つあっても足りないよ」


 そう言いつつも、これが仕事なのでやるしかなく、住民の避難が完了するまで瑠花はその場を維持するしかなかった。


 人の居ない建物を探しては、それを盾にする。人外が放つ破片の雨は、その建物すら貫通する。気休めにしかならないその盾で、瑠花は約三十分もの間耐え続けた。


 周辺の建物を使い果たしそうになった時、遂に応援のエリート隊員が駈けつける。


 そのエリート隊員の内、中年の男は鞭のような武器を取り出すと、人外へ向けて攻撃を放つ。


「この鞭には電流が流れる! 当たればお前はもう動けまい!」


 しかし、その鞭が迫る方へ人外が手を伸ばすと、結晶のような破片が人外の正面を覆う。それに阻まれた鞭は跳ね返り、破片を突破することすらできなかった。


 次の瞬間、人外の前方を守っていた破片が光だし、爆発した。


 爆発した破片は更に小さな破片となり、まるで弾丸の雨のようにエリート隊員を貫いた。


 遅れてきたもう一人のアラフォー前のエリート隊員が、人外の背後から刀のような武器で頭目掛けて切りかかるが、それに対し人外はしゃがみ込むと、翼を広げ上空へと飛び立つ。


 目標を失った刃は地面へと激突し、その一瞬隊員は無防備となる。そこへ、人外は真っ逆さまに墜落するように、隊員の下へと落下。その爪で、隊員の首を切り飛ばした。


 一連の流れを物陰から見ていた瑠花は、オペレーターへと告げる。


「エクストラを要請しろ! エリート隊員二名が死亡! 僕だけでは対処できない!」


 オペレーターの返答はこうだった、


「上が動いてくれない! 俺も必死に言っているんだ! 隊員を総動員することしか考えていない! 幾ら説明しても聞く耳を持たない! 自棄になっているんだ! エクストラを今更出動させたところで被害が甚大だ! もっと早くに出動させていればこんなことにはならなかったと、世間に非難されるのが怖いんだ! あの無能共が!」


 声を荒げてデスクを叩くオペレーターに、瑠花は溜息を一つ吐くと、ナイフを手に取り隠れるのをやめた。


「何をしているんだ瑠花⁉︎ あいつに真正面から挑むのはやばすぎる! 一旦身を――」

「退いたところで、その内逃げ場が無くなるよこれ」


 瑠花の息遣いから、少しだけ焦りを感じる。瑠花は思っていた。もう、家には帰れないのだろうと――


 覚悟を決めると、瑠花は一直線に人外へと近付く。真正面からは無理だと説得を試みるオペレーターを無視し、瑠花は銃を取り出すと人外へ向けて発砲する。


 人外はまた、目の前に結晶の破片のようなものを構築する。そこへ弾丸が当たる……はずがその瞬間、破片が弾丸を避ける。放たれた弾丸はそのまま人外へと向かうと、人外の左肩を貫通した。


 人外もこれには驚いたようで、一度体勢を立て直すため空へと飛ぼうとしゃがみ込み、その翼を広げる。その瞬間を、瑠花は決して見逃さなかった。


 住宅街の塀の側面をジャンプ台にし、人外の翼へ向けナイフで切りかかる。落下の勢いを使い、片方の翼が切断された。人外は、空へ飛ぶことができない。


 休む間もなく瑠花は、着地と同時に後ろを振り返るが、なんと人外は片翼で空へと跳んでいた。尚も、片方のみとなった翼では維持ができないらしく、それは高く跳び上がっただけにすぎなかった。


 しかし、瑠花には届かないその位置。先程の、特殊弾丸を装填したオートマチック式の銃をもう一度手に構えた時であった。光の玉が人外の周りに現れると、それは花火のように爆発した。


 爆発した光の玉からは破片が飛び散り、弾丸の雨のように周辺へ降り注ぐ。


 咄嗟に銃弾を何発か空へ向かって撃つが、それも虚しく人外には当たらなかった。その弾丸を避けた破片も一部であり、瑠花の体を――幾つもの破片が貫いた。


 ◇◆


 ――人外は姿を消していた。思考がハッキリとしない。


 雨が僕の体に突き刺さる。


 無慈悲な雨が僕を貫く。


 通信先の○○は、取り乱したように僕の名前を何回も呼んでいた。


「ねぇ……」


 今にも途切れそうな声で、僕は通信先のオペレーターに向かって話す。


「僕が死んだらさ……仇を取ってくれるの?」


 それは、昼食後の移動中に話したことであった。


「僕……昔さ。君に……こんな仕事をしていて怖くないのかって聞かれたよね――」


 呼吸が段々と浅くなっていく。


「僕……本当は死ぬのが怖いんだ。朝が来るといつも、自分が生きていることを実感するんだ……」


 ○○は何度も僕の名前を呼んでいるが、それには答えず僕は話を続けた。続けなければ、今にも事切れそうなんだ。


「僕ね……本当に、女の子らしい仕事をしようかなって考えたことがあったんだ……。でも、君とする仕事はとても楽しかった。だから、君にもこの仕事をやめないでほしいな。きっと……生きてれば、楽しいと思える人と出会えるよ……告白……上手くいくといいね……」

「お前が死んだら! 俺はこの仕事をやめて隊員になってしまうぞ! 告白の結果だって聞けない! 死んだらダメだ! 意識をしっかりと保つんだ!!!」


 声が聞こえない。段々と、僕の声も小さくなってくる。


「ねぇ……西米……怖いよ……」


 ――初めて瑠花が出した弱音の本音。それが、オペレーター西米が聞いた、最後の瑠花の言葉であった。


 管制室には、泣き叫びながら何度も名前を呼んでいるオペレーターが居た。他のオペレーターも、その姿を見てはいられなかった。


 ――声も出せない暗闇の中、雨の冷たさすら感じない最後の時間。もう、朝は迎えられない。怖いと思っていた死に際に思い出したのは、ただの日常風景であった。


「牛乳、期限切れちゃうな」

 あとがき

 ども、焼きだるまです。

 次回でもう第十話、二桁になるそうですよ。ちゃんと書き続けてて偉いですね。また次回お会いしましょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 人外、という非常にわかりやすい単語で表される脅威。それと戦う人々がオムニバス形式で登場し、それぞれの日常と非日常を描いていく。非常に読み応えがあるローファンタジー、というかほぼSFでした。…
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