第五十五話 相棒
人外に、人としての意識は存在しない。寄生された以上、宿主は亡骸のロボットなのだ。
ジョン・ジャーニー
岩肌の上に、二人の少年が居た。片方の少年は座っており、片方の少年は立っていた。赤焦げ茶の髪をした、座っている少年は海を見ながら夢を語った。
「僕、この島を出て人外を倒す隊員になるんだ」
少年は夢を誇らしげに語り、岩肌にぶつかる波は少年の心を表しているようだった。
「人外を倒すって、この島は人外が出たことなんて無いんだぞ? わざわざ島の外に出て、人外と戦うなんて正気じゃないよ」
黒い髪をしたもう一人の少年は、友人の夢を否定した。
「そんなこと分かってるさ。でも、人を救ってヒーローみたいに扱われる。そんなことって、人外を倒す以外に無いと思うんだ!」
夢を語る少年に対し、もう一人の少年は頭を抱えた。
「あんたが誰かに崇められるような人間になりたいって話は、今まで散々聞いてきたよ。でもな、それなら芸能人でもボランティアでもいくらでもある! それがなんで人外になるんだよ、命の危険しかないじゃないか!」
正論を語る少年に、夢を語る少年は言葉を返す。
「大丈夫だよ、僕は死なない。だって、飛軽は付いてきてくれるんだろ?」
夢を語る少年の目は、海ではなく正論を語る飛軽と呼ばれた少年を見た。
「ッ――なんで俺も付いてかなくちゃ……」
飛軽は数秒眉間を摘みながら考え込み、そして答えた。
「お前の好きにしろ、俺は知らん」
しかし、飛軽は夢を語る少年の話には乗らなかった。
「えーっ‼︎ なんで⁉︎」
「なんで⁉︎ じゃねえよ! 誰が命知らずのバカヤロウにならなきゃいけねえんだよ! 家帰るぞ!」
飛軽の大声に勢いを無くしたのか、夢を語る少年もそれ以上は語らなかった。
◇◆
――六年後……。
二人は同じ高校に居た。島には高校が無く、東京にある高校へ二人で入学していた。
「飛軽〜! 帰ろうぜ!」
二年生となった二人のクラスは別になってしまった。しかし、いつも二人で帰るのがお決まりになっていた。
「分かった分かった。これだけ片付けさせろ」
自身の机の上を片付けながら、飛軽はそう言った。
「何を片付けてるの?」
背後から顔を覗かせ、不思議そうに飛軽に聞いた。
「要らなくなったプリントを捨てるところ」
「相変わらず片付けるの下手だね! 机の中にプリント突っ込んでたらそうもなるよ、この機会にファイルとか買えば良いのに」
「俺はそんなに金がねえんだよ」
「僕が貸そうか?」
「お前のは利子が付くだろ」
「へへっバレた」
そう言いながらも、赤焦げ茶の青年は教室の隅からゴミ箱を持ってきた。
「あんがと」
「おうよ!」
机の上のクシャクシャになったプリントは、全てゴミ箱の中へと雪崩れのように落ちていった。
傾けた机を元に戻し、飛軽は一呼吸の後に言った。
「よし、帰るか」
◇◆
「いや〜、この前のテスト危なかったな〜」
坂道を二人は下りながら、他愛のない話をしていた。
「危なかったのはお前だろ、俺はしっかり勉強してんの。相変わらず大きな口をベラベラ動かす割には、脳みその方はちっさいんだな。勉強しろ、勉強」
「勉強はしてるよ! 体の方を鍛えるのに忙しくて……」
「時間が無くなるくらいにトレーニングしてんなら、そろそろボディービルダーもびっくりな筋肉になってるだろ」
「いやいや、腹筋割れるくらいを維持したいだけだから……」
信号機が赤になり、二人は立ち止まる。
「もうすぐ、俺たちも三年生になる。そろそろ、現実を見たらどうだ?」
飛軽の言葉に、赤焦げ茶の青年は答える。
「僕はいつだって、現実を見て話してるよ。今だってそう、僕は未来を見ている」
「……なるのか」
呟くように、飛軽はそう言った。信号機は青となり、信号待ちをしていた人々が横断歩道を歩き出す。
「飛軽、昔みたいには言わないよ。だから、応援してくれ。もし僕が躓いたら、僕を助けてほしい」
その言葉に、飛軽からの返事はなかった。
街並みが住宅街に近付くと、二人はそれぞれの家に帰るために分かれていった。手を振り合い、アスファルトの上を歩いていく。
「そんなこと、分かってるよ――」
飛軽は一人になると、相手のいない返事を返した。
◇◆
――ある日の休日。待ち合わせをしていた飛軽の下に、彼は現れなかった。
「なんだよあいつ、久々に遊ぼうとか言ってきたくせに。はぁ……返信くらいしろよ」
飛軽は溜息を吐き、諦めてスマホをポケットに戻した。
「あいつのことを否定したい訳じゃない。夢を追いかけることを引き止める権利は、誰も持ち合わせていない。そう気が付いたのは中学の時。それなのに、俺はいつまでこうしているんだろう。現実を見るべきなのは、俺の方だ」
予定時刻は三〇分を過ぎており、飛軽は諦めて家に帰ろうと歩き出した。そうして――駅を出た瞬間に、スマホは鳴り出した。
「なんだよあいつ、今頃遅刻連絡か?」
飛軽はブツブツと文句を言いながら、スマホを取り出し電話に出た。
「なんだよ、もう予定は――」
「飛軽……?」
電話の相手は、何故か確かめるように言葉を届けた。
「あ? なんで確認する必要があるんだよ。冗談もいい加減に――」
「飛軽って……そうだ、僕の大切な――」
すると突然、電話の相手は苦しむような声を出した。
「どうした⁉︎ 何かあったのか、今どこだ⁉︎」
焦ったように飛軽は、これが冗談ではないのだと気付いたように聞いた。
「ダメだ――分からない! なんで、なんで――」
「答えろ! すぐに行くから、何処にいるか教えてくれ!」
「何処って! 何処⁉︎ なんで、なんで僕は‼︎」
「拓人!」
名前を呼んだ。彼の呼んだ名前に、拓人は答える。
「助けて、飛軽――」
電話は途切れ、拓人は錯乱しているのだろうと結論付けた。飛軽はすぐに警察へ電話を繋げる。思い当たる場所を探そうと、飛軽は警察と繋げたまま走っていた。
しばらくして、人気のないビルの前で足が止まった。そこは、いつも飛軽が通る道にある雑居ビルだった。
「なんだ……? 居るのか⁉︎」
直感だった。飛軽にとって、確信があった訳ではない。しかし、その直感は何故か飛軽の体を突き動かしていた。
近々取り壊される予定であったこの雑居ビルには、今や何も残されていない。
「拓人!」
二階の扉を開け、飛軽は名前を呼んだ。
「飛軽――」
壁に寄りかかり、飛軽の名前を呼んだ。その目の前には、少女を貪り食らう人外が居た。黒に近い紫がかった体表に、おおよそ人とは思えない大きな瞳と顔が飛軽を見た。
「ヤハリ、呼ンダ。キシシ、呼ンダ。仲間、呼ンダ。記憶、残ッテタ。キシシ、キシシ――」
不気味な笑い声と共に、人外は立ち上がった。よく見ると、四肢が蜘蛛のようになっている。先端は刃物のようで、少女の体には捕食痕以外に刺されたような痕が残っていた。
「……」
「キシシ、栄養イッパイ。寄生、デキル。キシシ、デモ、モット食エル。キシシ、キシ――」
不気味に笑う人外の後頭部に、鉄パイプが突き刺さる。
「この! 人殺しが‼︎」
それは、拓人によるものだった。
「キシシ、オ前、頭打ッタノニ、ヨク喋ルシ動ク」
人外は鉄パイプが刺さったまま、拓人を壁の方へと振り飛ばした。
「ガッ――‼︎」
拓人は壁に打ち付けられると、床に倒れ動かなくなった。
「キシシ、少女モ、守レナイ。キシシ、クソザコ――」
「ハァァッッ――‼︎」
次の瞬間、飛軽は人外の後頭部に刺さる鉄パイプを押すように殴った。
「キシシ、オ前モ、コイツト同ジニナルカ?」
「うる……セェ‼︎」
飛軽は鉄パイプを抜き取り、人外の反撃を鉄パイプで受け止めた。
「オ前モ、アイツト同ジヨウニ、頭、打チ付ケル」
「打ち付けんのは……お前だ‼︎」
鉄パイプで人外の右腕を跳ね返し、追撃に来る人外の左腕を躱してみせた。
「最初から、こうすればよかったッッ――!」
飛軽は涙を浮かべながら、鉄パイプの尖っている方を人外に向けて構える。
「心の中では、期待していたッッ――‼︎」
踏み込み、人外の前頭葉を狙う。
「だけど、あいつは俺の言葉を信じ続けた‼︎」
人外はすぐに、攻撃体制を取る。
「お前ら人外の弱点は知っている! その、クソッタレた前頭葉だ‼︎」
「キシャー‼︎」
人外は腕を使い、前頭葉目掛けて放たれる鉄パイプを左手で受け止め、飛軽を跳ね返そうとした。しかし、飛軽はパイプを受け止めた方の左腕を掴み、そのまま人外に張り付くように跳んだ。
「そのクソデケェ目! キメェんだよ‼︎」
飛軽は目に向かって拳を大きく振りかぶると、そのまま殴ることはせず直前に人外から飛び降りた。その結果、攻撃を仕掛けようとする飛軽を狙っていた人外の右腕が、人外自身の左目を突き刺した。
「キシャーー‼︎」
人外は突然のことに、数秒間暴れ続けた。飛び散る血と同時に、人外の左手から鉄パイプが落ちる。
「こっちだクソヤロウ‼︎」
鉄パイプを拾った飛軽が、大声でそう叫んだ。そのまま鉄パイプを、人外の右目に向けて投げる。鉄パイプは人外の右目から前頭葉にかけて、勢いよく突き刺さった。
「キ……シ――」
「まだだ‼︎」
もう一発、釘を打ち付けるように鉄パイプを拳で殴った。それにより前頭葉は破壊され、人外は遂に倒れた。
「はぁ……はぁ……」
荒い呼吸のまま、飛軽はすぐに拓人の下へ駆けつける。
「拓人、拓人‼︎」
「う……」
飛軽は名前を呼び続ける。
「拓人‼︎」
「飛軽……?」
「よかった――」
「あれ、なん……だっけ。僕って、何か大切なものを忘れてる気がする。えっと……そうだ、有名になるんだっけ。あぁ、でも守れなかった……少女一人……」
「お前はいつもバカだ! そんなこと考えるんなら、せめて人外について勉強しろ! 鍛えるだけじゃない! だから……だから俺が……代わりに……調べようとして――」
飛軽はずっと、拓人に隠れて人外について調べていた。体も鍛え、いずれ来るであろうその時を待っていた。
「えっと……ごめん、なんの話?」
「……目指すんだろ……人外対策部の隊員を」
飛軽の言葉に、拓人は一つの目標を思い出した。
「そうだ、なるんだ。僕はなるよ、だから……誰……だっけ、その……付いてきて、ほしいんだ。そうだ、君が居るから、僕は死なない」
拓人の頭部から、血が流れていく。拓人の言葉は、何かの記憶が欠落したような不自然なものだった。
「……そうだ、俺が居る。付いていくよ、あんたに」
飛軽の言葉に安心したのか、拓人は瞼を閉じる。
「よかった……安心する……」
言葉は止まり、呼吸だけが続いている。血みどろの室内に、警察と救急車が到着するのはそのすぐ後であった。
◇◆
――二〇一六年、十一月。
早朝、事務所に光が灯る。そこは、最近までテナント募集中と書かれていた雑居ビルの三階。二人の若い男は、その事務所に居た。
「凄いよ凄いよ! ほんとに僕達、人外対策部になったんだ!」
目を輝かせながら燥ぐその青年は、髪は赤焦げ茶で茶色の手袋と、オレンジ色のコートを見に纏っていた。
「民間だが、あんたの夢が叶ったのならよかったよ」
そう言ったもう一人の青年は、黒い髪に、白のシャツと黒のコートを羽織っていた。
「民間でも全然構わない! 僕達はここから有名な人外ハンターになるんだ!」
「そうだね、きっと拓人ならなれるよ」
欠落した記憶を補うように、彼は拓人の側にあり続けた。
あとがき
どうも、焼きだるまです。
最近は、風呂上がりに寒く感じるようになりましたね。シャワーだけでは限界なのかもしれません。秋のはずが、冬のように感じるこの季節。皆さんも、体調を崩さないように気を付けてください。ちなみに私は何回か体調崩してます。では、また次回お会いしましょう。




