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こちら、人外対策部です  作者: 焼きだるま
第二部 人外紀行
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第五十四話 見えない色

 人外に、人としての意識は存在しない。寄生された以上、宿主は亡骸のロボットなのだ。


 ジョン・ジャーニー


 灰色の空が、灰色の街が、灰色のナイフが、灰色の世界が、僕の見る世界。才のない僕が見る色。


 ◇◆


 僕は昔から、色を見ることができなかった。いわゆる、色盲と呼ばれるものだ。白と黒、そして中間となる灰の三つが僕の世界。


 何かが欠落しているものは、何かが秀でていると聞く。目の見えないものは、音や鼻が鋭いとか、そういうものだ。だけど、僕にはそういった突出したものがない。学もダメで、人間関係もダメだった。色が見えないと、時々困ることもあった。


 一つだけ幸いだったのは、人並みに運動はできたことだ。好きなわけでも、努力や才能があったわけでもない。ただ人並みに、運動ができただけ。されども、それだけでも人間は仕事を見つけて生きていける。


 僕が人外対策部の隊員となったのは、一ヶ月ほど前だ。親は僕を捨てて、その親戚が僕を育てた。僕は邪魔者だった。高校卒業と同時に訓練をして、人外対策部の試験を受けた。結果は、合格ギリギリスレスレであった。あと一つでも点数が付かなければ、僕は落とされていただろう。


 公安に入ってからは、矢田橋(やたはし)という隊員がバディとなり、僕を導いてくれた。しかし、その期間はわずか一週間。矢田橋さんは、僕を庇って死んでしまった。


 でも――僕は何も感じなかった。


 僕の世界に、色はない。体温という物理的な温かさはあるが、色という暖かさは見ることができない。


 色が薄れゆく矢田橋さんの姿も、体から溢れる血も。全ては白と灰と黒だった。


 人と協力して何かを行うことも、僕には才能がなかった。その所為で、僕とバディを組んだ人は合計四人が死亡した。みんな、僕を庇って死んだ。それなのに、僕は何も思わない。


 今日も、新しいバディと組まされるのだろう。作った笑顔が、僕を歓迎するのだろう。


「こんにちは」


 新しいバディは女性だった。小柄で、ショートヘアが似合う女性。形だけは可愛いだろう。だけど、その色を見ることはできない。僕は人の、本当の美しさを見ることができない。


「こんにちは、坂羽生彩(さかばねいさい)です。よろしくお願いします」

「よろしくね! 坂羽さん」


 彼女は軽かった。僕とバディになったという事実を重く見てもいいというのに、僕の今までの経歴を知らないのだろう。


 彼女は名を、保星七理(ほぼしななり)と名乗った。互いに珍しい名前だと、彼女は笑った。一人、笑っていた。


 ◇◆


 いつも通りのルートを、新たなバディであるこの女と巡回していた。


「先日あった大阪の人外事件のニュース、坂羽さんは見ました?」

「生憎、ニュースをあまり見ない」

「大阪の交差点で起きた、二〇一二年最悪の人外事件。死者四五四名、負傷者〇名。厄災級認定されていても、おかしくはないと思わない?」


 広い世界のどこかでは、いつの間にかそんなことが起きていた。だからなんだと言うのだ。


「見えないところの話をしても、今の僕たちには関係ありません」

「見えないところを見ようとする努力は、新しい発見に繋がるよ」


 僕には、言っていることがさっぱり分からなかった。僕には、見ようとしても『色』は見えないんだ。


 僕は基本、薄い色の私服を着ている。隊服は、血の色を見分けるのに向かない。自分が負傷していても、痛みでは分かっても視覚的には分からないからだ。


 だけど、薄い服を着ている僕が何色を着ているかは知らない。適当に買ったもの、何色の服かなんて見ていなかった。薄ければ、なんでもよかった。


「良い色の服だね」


 わざとだろうか。この女には、色盲であることは事前に伝えられているはずだ。


「色の見えない僕への、嫌がらせ?」

「色の見える私からの、素直な感想」


 お節介はいらない。ゴミのような人間には、ゴミ箱が相応しい。いっそ――死んでしまえば楽だったろう。僕は、死のうとするたびに誰かに命を繋ぎ止められる。時には、僕を庇って死んでいった。


「僕には、そんな感想は必要ない」

「自己肯定感高めようよ」


 自己肯定感なんて、僕には存在しない。


「お腹空いたなー」

「昼にはまだ早いです」

「美味しいお店のパスタが食べたい」


 勝手に食べればいい。心底そう思った。


 ――気が付けば、昼休憩の時間となっていた。コンビニに向かい、弁当を選ぶ。


「悩むなぁ」

「どうして僕に付いてきたのですか」


 昼休憩中は、自由な行動が許される。この女が、わざわざ僕と同じコンビニ弁当を食べる理由はない。美味しいお店のパスタでも、勝手に食べればいいのだ。


「どんなの食べてるのかな〜って」


 人の食べ物を見て、この女に利点があるのだろうか。


「そんなものを見ても、何も良いことなんて起きないです」

「そう? 一緒に食べるご飯は美味しいよ?」


 話の繋がりが見えない。いや、何故一緒に食べる想定なんだ?」


「いつから僕と食べることになったんですか、パスタでも食べに行けばいいじゃないですか」

「バディのことを知れば、仕事をする上でも役に立つのさ」


 何を言っているのか。そんなものを知ったところで、一体何になるという。


 公園で、とんかつ弁当を食らう。僕と同じ弁当を、女は食らっていた。


「うん、悪くない」

「パスタはどうしたんですか」

「おや、とんかつの下にパスタがありますね」


 理解に苦しんだ。


「自分のやりたいことをやればいい。何故、僕に合わせるのですか?」

「それさっきもしたくない?」

「いや、わからない」


 人を知って、何になる。


「私さ、昔オヤジに育てられてさ」

「オヤジ呼びですか」

「おっ君も聞けるんじゃん」

「気になっただけです」


 そう言えば、最後に人と会話をしたのはいつだったか。いつから、必要最低限の会話しかしなくなったのだろう。


「私のオヤジ、母が他界しても私をいっぱい愛してくれたんだ。足りない部分は色々な人と繋がって、色々な人が私とオヤジを助けてくれた」


 女の箸は止まっていた。


「オヤジさ、病気だったんだ。私に隠して、医療費になるはずの金を全て私に注いだ。私を助けてくれる人にも注いだ。バカだと思う。だけど、昔亡くなる前にお母さんから聞いた。自分を犠牲にしてでも誰かを助ける。そんなオヤジを好きになったって」


 僕の箸は、自然と止まっていた。


「だから私も、誰かと繋がって、オヤジみたいに誰かを助けたいなって。だから、この仕事をしてるし、こうやって君のことも知ろうとしてる。君があまりにも、寂しそうな人生だったから」

「善意の押し付けです。僕は自分の人生について、どうも思っていません」

「そうかな?」


 バカらしかった。


 ――オペレーターからの通信が入ったのは、昼休憩が終わり、巡回に戻ってすぐであった。


「坂羽、保星。人外事件だ。近くの公園から、花川千紗理(はなかわちさり)という六歳の少女が誘拐された。人外は、現在も少女を取り込んだまま逃走中。二人の担当区域内に逃げ込んだと思われる。捜索を開始し、花川千紗理の安全を確保せよ。また、第六班をそちらに向かわせる」

「了解」

「了解」


 しかし、いざとなってもどうすれば良いかなんて思いつかない。闇雲に探すしか、僕には残されていない。


「手分けして探そう」


 予想外の言葉だった。確かに、本来はそうすべきだろう。だけど、普通級には、例外を除いて二人一組という鉄則がある。それを、この女は最初からぶち壊していた。


 僕はオペレーターに、別行動の許可を要請する。


「オペレーター、手分けして捜索を――」

「ダメだ。二人で探せ」


 やはり、オペレーターからの指示は予想通りだった。


「オペレーターなんて無視、何かあったら呼んで。私も呼ぶから」

「何を言って――」


 彼女は、別の方向へと走り去った。さっきまでは、僕の走る速度に合わせていたのだ。走る速度ですら、僕は劣るというらしい。


「保星! 保星! 坂羽、保星を追いかけ――」

「僕の走る速度では、追いつけません」

「……」


 こうなれば、やれることは一つだ。彼女の言う通り、手分けしての捜索をするしかない。


 住民に避難を促し、闇雲に探した五分。先に見つけたのは、彼女の方だった。


「坂羽、保星が廃墟に入っていく人外を発見した。合流し、人外の討伐と少女の保護を」

「了解」


 指定された廃墟に向け、僕は走り出す。だが、向かったところで僕にできることはないだろう。少女がたまたま無事で、彼女が人外と戦闘中なら、僕は少女の避難を優先する。協調性のない僕が応戦したところで、足手纏いにしかならないのだ。それは、今までの経験で身に染みていた。


 コンクリートが剥き出しの廃墟に着いた時、オペレーターからある言葉が届く。


「保星との通信が途絶えた。応援はまだ一〜二分かかる。少し待て」


 すぐに、手遅れなことは理解できた。僕より経験のある保星でダメなのだ、応援を待つのが吉だろう。


『見えないところを見ようとする努力は、新しい発見に繋がるよ』


 分かっていることだ。目にしていなくても、状況がそう示している。通信機に不調はそう起きない。戦闘中ならば、外までその音が聞こえてくるはずだ。たが、音はしない。保星は負けたのだ。


「なのに、どうして僕の足は動いている?」

「坂羽⁉︎」


 手遅れだ。僕にできることはない。どうして、そんな僕が走っている。無意味なものに、力を注ぐ意味がどこにあるという。何故、無意味な存在の僕に、彼らは身を犠牲にしてでも守る価値があったというのだ。


 廃墟の中は薄暗く、色盲の僕にとっては濃い灰色の一色に近い。ナイフを手に取り、人外用ハープーンガンを構える。


 しかし、いくら探しても人外はおろか、少女すら見つからなかった。やはり、意味などなかったのだ。


 意味は――ある。感触だった。音がした。水溜りを踏んだような音。灰色の床に、更に濃い色が見えた。水ではない。そう感じた。目を凝らす。


『見えないところを見ようとする努力は、新しい発見に繋がるよ』


 見えたのだ、見えない色が、僕には見えない色が、確かに見えた。小さな一滴が、いくつも示した道標。見ようとしなければ、気付かない色。灰色に混じった濃い色の名は――紅。


 その先にあったのは、よく見なければ分からないほどの色の違う床であった。それは、触るとコンクリートにしか思えない。しかし、ナイフを突き立てるのと同時に紅の液体が飛び跳ねるのを見た。


「肉壁……」


 感触だけは擬態できても、硬さだけは擬態できない。色の違う床は変形し、立ち上がる。人の形になると思ったが、顔は異形で、体には牙のようなものが二人を包むように生え揃っていた。


「よかった……来てくれたんだね……。私の色を……私の考えてることを、気付いてくれた」


 少女を守るように抱え、目を潰された保星が僕にそう言った。よく見ると、少女は今にも人外に取り込まれそうであった。それを、保星が無理やり体を使って防いでいた。その体にはナイフや銃で傷つけた痕があり、そこから流れ出た血の雫が道標となった。


 人外は、腕をムチのように変形させる。


「……バカのやることです」


 少女に血が滲んでいる。それは、少女からではなく保星の腹部から。


 人の死について、何も思わない僕の心に、初めて波が現れる。


 薄暗い廃墟の中、コンクリートと同じ色をしたムチは同化して色で捉えることができない。素早く、音も当てにならない。当てになったのは、風だった。体は、思い出したように動く。瞼を閉じ、僕は眠った。そう、眠っていたことに気がつく。いつも、僕だけが生き残る理由。


「あぁ、気付くのが遅すぎた。いつもお前はそうだ。お前が知らないところで、俺はいつも動いていたのだから」


 初めて気づいた。僕には、もう一人居る。見えないところで、僕のことを助けていたもう一人の自分。それが、他者のための行為かは分からない。他者のためならば、犠牲が出る前に表へ出ていただろう。それをしなかったのは、自分の趣味だったのかもしれない。


「さて……楽しいショーの幕開けだ! 色彩は紅! 紅いショーをお楽しみあれぇ!」


 ◇◆


 目が覚めると、全てが終わっていた。


 目の前の少女は泣いており、体の方は異常もなく動いていた。その横で、ピクリとも動かない保星が横たわっている。体の傷は増えており、人外の体はズタズタになっていた。僕のナイフは紅く染まり、それが何を意味するのかは簡単に理解できた。


 そして、僕が何も思わなかった理由も分かった。もう一人の人格の所為で、誰かが死ぬことを受け止めたくなかったのだ。無意識に僕は、自身の精神を守るための回避行動を繰り返していた。見えないものは、体が勝手に察知していた。


 少女が泣き止むことはなく、その間に応援の隊員たちが現場に到着した。


「ねぇ、僕は何を見ればいい?」

 あとがき

 どうも、焼きそばです。

 美味しいですよね、焼きそば。実は私、一週間に五回は焼きそばを食べております。そのくらいに大好きでして、最近はマチュピチュ遺跡のミシシッピなんちゃらの盛り合わせっていうアレンジ方法にハマっております。はい、嘘です。誰が焼きそばじゃ。

 しょうもない後書きを読んでくれたあなたには、焼きそばが安くなる幸運が待っています。では、また次回お会いしましょう。

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