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こちら、人外対策部です  作者: 焼きだるま
第二部 人外紀行
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第五十二話 冬の小屋

 人外に、人としての意識は存在しない。寄生された以上、宿主は亡骸のロボットなのだ。


 ジョン・ジャーニー

「寒い」


 久しぶりの大雪に見舞われ、私は家に帰ることができなくなっていた。


「まさか、こんなことになってしまうなんて」


 吐く息は白い、視界も白い。真っ白な世界で、歩くたびにブーツは雪の中に埋もれてしまう。埋もれた足を上げ、なんとか一歩ずつ前進する。だけど、こんなことをしていても無駄なのは分かっていた。だって、家がある場所までは遠すぎる。


「なんだって私が一人の時にこんなことに……予報では大雪なんて言ってなかったじゃない……」


 涙は凍り、肌は赤く限界を迎えようとしていた。


「もう……だめ……」


 諦めようと思った。目の前に光を見なければ。


「……はぁ…………はぁ…………」


 ◇◆


 ログハウスのドアを、体に残る全ての力を振り絞って開いた。中に誰が居るのかも確認する暇はなく、その場で私は倒れ込む。幸い、小屋の中は温かかった。


「はぁ…………はぁ…………」


 視界が暗くなるのと同時に、足音が近付いてくる。眠る前に、黒い靴の先端のようなものを見た気がした。恐らく、この家の住民なのだろう。


 目が覚めると、私の体には布が被せられていた。厚くはなく、無いよりはマシ程度のものであった。


「生きてる……」


 体を起こし、周囲を見る。そして、ここがさっき辿り着いたログハウスで間違いないと確信した。


「天国には行けなかったようね……よかった……」


 ソファと向かい合うように、レンガ作りの暖炉には炎が灯っていた。外は変わらず吹雪が吹き荒れている。


「目が覚めたようだね」


 男の声にびっくりして、身構えるように声のする方へ振り向いた。


「警戒しないでいいよ。襲うならもう襲ってる」

「冗談の想像が犯罪者のそれなのだけれど……」

「ははは、確かにそうだ。喰っちまいたいくらいに勿体ない女性が入ってきて倒れたもんだから、僕も驚いたんだ。すぐに暖炉に火を付けたよ」


 男は私と同じ、厚いコートなどを着ていた。身長は私よりも大きく。年齢は三十代くらい? だろうか。


「まっ凍えたまま死なれても困るし、助けるのが道理だよ。お腹は空いてるかな? といっても、作り置きしてたスープくらいしかないけど」

「頂いてもいいですか?」

「うん」


 男の善意に感謝して、私は温かいスープを頂いた。


「食べないんですか?」

「ん? あぁ、僕はもうお腹いっぱいだから。君だけでいいよ。おかわりもあるから、遠慮せず言ってね」


 礼を言って、私は暖炉の前で温かいスープを飲んだ。シチューのような、そんな味だ。


「なんていうスープですか?」

「なんだったかな……ごめん、名前忘れちゃった」

「そうですか」


 男はずっと、キッチンの方から動かない。


「どうしたんですか? あ……いや、私の隣に来てもいいですよ。暖炉の前じゃないと寒いでしょう」

「いえ、僕は構いません。十分に温まれてからでいいですよ」


 不思議な男はそう言って、壁に凭れかかった。


 小屋の中はそこまで大きくなく。リビングと思われるここと、キッチンの隣に部屋が一つ。その隣にもう一つ部屋があるようだった。


「ずっとこんなところに住んでるんですか?」

「いや、最近ここに来たばかりだよ」

「そうですよね、見かけない顔だなと」

「近くに住んでるの?」

「近くというか、この山を進んだところに家族と住んでます。吹雪にやられて、道から少し外れてしまいましたが……」


 外れた先が、小屋のある場所でよかった。じゃなかったら、私は今頃凍え死んでいただろう。


「スープ、ごちそうさまです」

「そこに置いといて」


 言われた通り、近くにあった机にボウルを置いた。


「この小屋、電気付いてますよね? 節電ですか?」

「あぁ、暗いよね。ごめん、壊れててさ」


 暖炉で気にならなかったが、今のところこの小屋の明かりは、外灯と暖炉しかない。リビングに吊り下げられているシャンデリアは、今は使えないようだ。


「なら仕方ない……か」


 そんなことをしていると、少しずつ吹雪が弱まっていくのを感じた。窓の外は薄暗いが、さっきよりはマシになっている。


「長居しても悪いですし、吹雪も弱まったので私は行きます。助けていただき、本当にありがとうございました」

「いやいや、待ってよ。流石に弱まったとはいえど、陽が上ってからでもいいでしょ。見たところ、まだ成人もしてないのに……こんな中を歩いて帰るの?」


 男の考えは確かに合っている。だけど、私は帰らなきゃいけない。今頃、帰りを心配している家族が、この夜の吹雪の中を探しに来てもおかしくはないのだから。そうなれば、二次被害が起きてもおかしくはない。


「大丈夫です。壁にかけてある地図で、大体の位置が分かりました。ここからなら、そこまで遠くもないです。家族が心配していますから」

「さっきみたいに倒れるかもよ!」


 突然、男が声を高くして言った。


「――えっと、もう温まりましたし……?」

「こんな女の子を一人で行かせるなんて……そんなことは僕にはできない」

「あ、もしかして付いてきてくれるのですか? それは嬉しいのですが、帰り道におじさんが一人になってしまいます……。私は大丈夫ですから」


 すると、暗闇で姿が見えづらかった男が私に近付いてきた。暖炉の明かりで、少しずつコートの色や体がハッキリと見えてきた。


「大丈夫じゃない……今喰わなきゃ、元気に、温かい。今、食べなきゃ。さっきのやつは熟成していたが、若々しいのも悪くはない」


 直後に寒気がした。それは、この男が変態とか、そういうものだけではない。――血だ。


「大丈夫……まだ、吹雪は続いてるから。今、ここに居るのは二人だけだから――」

「……はぁ…………はぁ…………あなた…………この家の人を……」

「あぁ――()()()()()()()


 男の顔が、不気味な笑顔に変わった。黒い靴だと思っていたのは、血で固まり、そして変形していた人外の足。


「……やっぱり、私はここで失礼しま――」


 心臓の鼓動が早まった。呼吸が荒い。緊張なんかじゃない。


「なに――これ――」


 直後、私は咳き込んだ。口を手で押さえながら、何回も咳き込んで……手のひらを見た。


「血……――」


 すぐに、小屋の外へ続くドアへ手をかけようとする。だけどその瞬間、足に力が入らなくてそのまま大きく横に倒れてしまった。


「寒いのは嫌だ……温かくなくちゃ……温かくて、生きたまま苦しむ姿が、中も温かくて……口の中もスープみたいに、赤いお肉が温かい……」

「なんで……こんな――」


 近付いてくる男は、薪割り用の斧を持っていた。


「さっき飲んだスープ、美味しかった? この小屋にいた人もね、僕が入れた毒に気付かなくて苦しんでたよ。あまりに美味しそうだから、お腹を割って飲んでみたの。本当に美味しかった。胃液が混ざって――」

「聞きたくない‼︎」


 呼吸が更に荒くなる。なんで、こんなことになっちゃったんだろう。これならいっそ、寒さで凍え死んだ方が何億倍もマシだった。


「大丈夫、いっぱい聞かせてあげる。君を食べる音も、君を喰べる音も。いっぱい……いっぱい――」


 気持ちの悪い顔で、男が急ぎ足で床に倒れる私に近付いてきた。


「嫌ッ――‼︎」


 ドアが開いた。私と、色違いのコートを着た――お兄ちゃんが立っていた。


「ッ――‼︎」


 二発、私の耳元で銃声が鳴った。鼓膜が破れそうだった。気が付けば、目の前にはさっきよりも赤黒く血で染まった人外が倒れていた。


「はぁ……はぁ……大丈夫か⁉︎」

「お兄……ちゃん――」


 痺れて動かない体を、お兄ちゃんは抱きしめるように起こしてくれた。


「よかった……生きてた……よかった……」


 お兄ちゃんの体は温かく、そして暖かかった。だけど、時間はあまりない。何があったのか私が説明をすると、お兄ちゃんは私を抱えて雪の中を走り始めた。ここから家までは遠くなく、少しの間辛抱しているとすぐに家に着いた。山に住んでいるだけあって、医療関係の道具や薬は常に備蓄してあった。


「これ飲んだら落ち着くはずや。朝なって吹雪が止んでたら、すぐに病院行くからな」

「うん……」


 お兄ちゃんのその言葉に安心して、今度は分厚い布団の中でゆっくりと眠った。


 ◇◆


 部屋の奥からは、その小屋に住んでいた女性と男性の遺体が発見された。男性の方は損傷が酷く、女性の方は猟奇的と呼べる殺され方をしていた。生きたままに喰われ、生きたままに食われたのだ。


 あの日、たまたま猟師をしていたお兄ちゃんが捜索していなかったら。私はこうして、生きながらえることもできなかっただろう。


 食べる気が起きたかといえば、そういったわけでもなかった。ただ、二人が最後に食べた料理を作ることにした。名前はロヒケイット。フィンランドの料理らしい。


「……うん、分からないな」


 改めて食べて理解する。これはとても美味しい。そんなこれに、胃液なんてものを混ぜてしまえば美味しくはないということだった。


「夫妻が作ったスープ、美味しかったですよ。ごめんなさい、勝手にお邪魔して。せめて、静かに眠って下さい」


 リビングで食べながら、夫婦への感謝を静かに言って食器を片付けた。


 今もあの小屋では、事件の捜査が行われているのだろう。もはや、家の外に出る気も起きない。

 

 残りの作ったスープは、全て私の家族にあげた。私は、あのスープをもう一度だけ食べれれば十分だったのだ。あの日、命を繋いだのは兄の存在があったから。でも、その前にも命を繋がれた。それは、夫妻が残した小屋と――温かいロヒケイット。

 あとがき

 どうも、焼きだるまです。

 体調も優れず、応募から落ちては気にしないようにしていても気にしてしまうこの頃。そんな中でも、私の作品を読んでくださる方々には頭が上がりません。誰かの心に応募して、誰かの心にある一次選考を通過できたのなら、それが本当の価値なのかもしれませんね。頑張りますよ! では、また次回お会いしましょう。

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