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こちら、人外対策部です  作者: 焼きだるま
第一部 前日譚
54/60

第五十話 バトン

この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい。


 電車に揺られ、一人の女性が後ろの曇る世界を見ている。肩肘を背凭れに当てながら、手に頬を当てている。その表情は、どこか寂しそうだった。


 ◇◆


 雨が降っている。傘を差しながら、一人の女性が濡れたアスファルトの上を歩き出す。


 八島陽咲(やつしまひさ)。ロングの赤い髪に、一七○センチほどの身長。モデルのような長い足は、クリーム色の長いスカートによって隠されている。


 水溜りに反射する顔、八島は雨の町を歩き続ける。空は、青みがかった灰色をしていた。そして、あるところで彼女は足を止める。そして、顔を上げた。


「お疲れ様」


 八島がそう言った。目線の先には、濡れていることもお構いなしに、軒端の下にある段差に座っている男が居た。


「……終わったよ」


 男は顔を上げない。


「うん、知ってる」


 八島の声も変わらない。


「どうして、来なかったんだ?」


 水溜りに、彼の顔は反射していた。


「……あの子に、そんな顔は見せたくないから」

「……」


 八島は傘を男の上に寄せ、ハンカチを手渡した。


 ◇◆


 二〇一二年――綾奈紫瑠花(あやなしるか)は、人外との戦闘に命を捧げた。


 動こうとしない西米(にしよね)を、八島は腕を引っ張って歩かせた。既にスーツは、傘が要らないほどに濡れていた。それでも八島は、西米が雨に濡れないよう傘を寄せながら歩いた。


「……仕事は」


 西米は絞り出すようにそう言った。


「今日は休み。行く気になれるわけないでしょ」


 西米は、それ以上喋らなかった。八島も喋ったりはせず、ある場所に向かって歩いていた。


 ――目的地に着くと、鍵を開けて中に入る。


「服、脱いで」


 西米は何も言わず、動くこともしない。


「西米らしくないね」


 玄関に、水溜りができそうなほどに水が滴っていた。


 ――廃人という言葉が似合うだろう。西米には、もはや何をする気力もなかった。


「お腹空いてる?」


 返事すら、西米の方からは出てこない。すると、八島が不満そうに顔を無理やり向けさせる。


「女の子にばっか頼ってんじゃないよ。あんたが失うものばっかりの散々な人生なのは知ってる。だけどな、一人の親友無くしただけで廃人になるんじゃ。今度は私が悲しくなっちゃうよ⁉︎」


 体を揺さぶっても、ソファに凭れかかるだけの人形でしかなかった。そんな西米に、今度は優しい声で言葉を放つ。


「西米は何がしたいの、どうして欲しいの?」


 西米は小さく口を開け、呟くように言った。


「一人に……させて」


 枯れるような声だった。


「……分かった。一人が嫌になったら、名前を呼んで」


 そう言うと、八島はキッチンに向かった。


 ◇◆


 ソファの同居人が増え、八島も有給を大量消化する時が来た。


「いや〜、病院勤務からの解放は良いね〜! たまには家でゆっくり過ごすに限る」


 ソファの前に座り、ポテトチップスを摘みながら八島はテレビを点ける。ソファに横になったままの西米は、ただぼーっとテレビを見ているだけだった。


 八島がふと、チップスを摘んで西米の口に運ぶ。しかしその口は、閉ざされたままであった。


「ダメか」


 日に日に弱っていく西米に、八島の表情も悲しさを増していった。


 ある日、八島はとある人物と連絡を取っていた。


「もしもーし、羽田(はねだ)さーん」


 明るい声で、八島は喋っていた。


待雪(まゆき)ちゃんはどうよ、良い感じ? うんうん。そ〜なんだ! 凄いじゃん!」


 その楽しそうな会話は、リビングのソファで横になっている西米の耳にも届いていた。


「ねぇ、一つお願いがあるの」


 テレビ画面には、民間の隊員二名が、覚醒した人外の討伐に成功したとの報道がされていた。彼らはまだ、民間になってまもないルーキーだったとのことだ。


「見てあげてほしいの――」


 ――その日の夜、八島はウィスキーを飲みながら、西米に話をしていた。


「聞いてたよ、瑠花ちゃんから。仇を取るんでしょ?」


 八島は、後ろのソファに横になっている西米を見ずに話を続ける。


「あの子、君に幸せになってほしいんだってさ。面白いこと言うよね、十分幸せそうだったのに」


 西米は黙って、ただ話を聞いていた。


「それでさあの子、私に相談してきたんだ。もし自分が死んだら、西米は仇を取るために隊員になっちゃうってね。あの子にとっては、オペレーターである君で居てほしいみたい。でも、そんなことできるタチじゃないでしょ?」


 優しい声のまま、手に揺らされているグラスから「カラン」っという音が聞こえた。


「だからね、知り合いに羽田さんって人が居るんだけど、その人も大切な人を無くしたの。オペレーターとしての腕も凄ければ、隊員としても凄かった。明日から、その人の下で隊員として修行しなよ」


 八島は、簡単にそう言った。


「ここに居ても、何も変わらないんでしょ? 私が、これだけ尽くしても。決して、あなたの心は揺るがないんでしょ? きっと、大切に思ってくれてる。だから、もう大切な人になりたくないんだよね?」


 八島はグラスをテーブルに置き、西米の上に跨る。


「ねぇ、西米はどうしたいの? ここに居たいなら、そう言ってもいいんだよ。私は叶えてあげる」


 八島を見上げる西米の目には、一筋の涙が溢れていた。


「……やっぱり、私じゃダメだったか」


 残念そうに八島は、彼の上から降りてグラスを手に取った。


「あーあ、フラれちゃった。……行って来なよ。応援してるからさ」


 彼女は知っていた。このままで終わるような男ではないことを。彼が、幾度も失おうと、立ち上がり続けたことを。


 ――翌日、予定通り西米は自分意思と足で、羽田の下へと向かった。


 ◇◆


 電車に揺られ、一人の女性が後ろの曇る世界を見ている。肩肘を背凭れに当てながら、手に頬を当てている。その表情は、どこか寂しそうだ。


「これでよかったよね、瑠花ちゃん。私にできることはしたし、私がしたかったこともしたよ。……さようなら――」


 ――願わくば、もう一度、三人で飲みに行きたかったな。

 あとがき

 どうも、焼きだるまです。

 祝! 人外、五十話達成! いぇーい‼︎

 気が付けばもう五十話。百話まで半分に到達した訳です。文章練習のつもりで始めた作品が、こんなにも続けることができるのは、間違いなく私の作品を待ってくれて、応援し読んでくれる読者様のお陰です。本当にありがとう。

 最近は毎日投稿も怪しいくらいに、休みも多くなってしまっていますが、このまま百話まで歩んでいけるよう頑張っていきたいです。

 長くなってしまいましたので、この辺で。では、また次回お会いしましょう!

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