第四十九話 存在
この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい。
太陽が眩しい午前十一時。街路樹を模った日陰から、液体のようなものが現れる。それは次第に、人型の異形へと姿を変える。
歩道を歩く人は少なかった。たまたま通りがかった女性は、歩きスマホをしているため、その存在に気付くことができなかった。
「ピシャ」っと、何かが飛び散る音が聞こえる。歩道のレンガに、紅い液体が隙間を流れていく。
◇◆
「ということで」
ホワイトボードを手のひらで叩く音が、室内に響く。
「私たちの」
ホワイトボードに立つ男とは、また別の男がそう言った。
「出番が来たと」
椅子に座り、やる気な顔の女性が続けてそう言った。
「そういうことだ」
ホワイトボードの男は、待ち侘びたと言わんばかりの顔をしながらそう言った。
ここは、空き家を改築して作られた民間の人外対策部であった。ホワイトボードの前に立つ男の名は、菱加部総一郎。チーム響のリーダーである。
「今回こそは、我々の手柄を取る時だ。そして、どっかの若造二人に負けない民間の人外対策部になる!」
菱加部はマーカーのキャップを取ると、ホワイトボードに書き出す。
「まず、現在分かっている情報から共有する。被害者は二名、いずれも死亡している。上半身が無くなっており、人の居ないタイミングを狙って襲っている」
すると、もう一人の隊員である浜崎伊集が言った。
「人外の目撃証言はないのか?」
「ない。防犯カメラにも映らない位置で、人外は襲ってる。かなり厄介なタイプだ」
椅子に座っている女性、新島三思が人差し指を顎に当てて考え出した。
「頭の良いタイプは、下手に行くとこっちがやられるからなぁ……。それ、規則性とか他にないの?」
菱加部が答える。
「突如姿を現すくらいじゃないか、事件現場の近くでも人外らしき影を見たとの報告すらない」
「何かに隠れてる……? 確か、沖縄でそんな時間なかったっけ」
「太陽に照らされている場所では、風景と同化する能力を持った人外の話? 確かに、同じ能力を持った人外が居てもおかしくない……というか、事実同じ能力を持った人外は実在してるけど……」
新島が首を傾げる。
「あの人外は、隊員を狙っていたと聞く。しかし今回は違う。個体差はあるかもだが、ならどうして丸呑みにしない? どうして痕跡を残している? 沖縄の人外は丸呑みにすることで、痕跡すら残していなかったはずだ」
すると、菱加部は諦めたようにこう言った。
「取り敢えず、事件があった付近を捜索しよう。他の民間に取られてたまるか。公安も巡回を集中させてるらしい」
「そうね、たまたまばったり出会いました! とかなら好都合だし」
三人は準備をすると、現場へと向かうことになった。
◇◆
結果
「今日一日が無駄になりましたと」
「当てもなく彷徨う放浪者になったわ……」
浜崎は先に帰り、二人は少しでも長くと放浪を続けていた。
「もう夜だし、飯食って明日作戦を練り直そう」
「そうしましょ、あんた奢って」
「へいへい……」
四十分後〜
「食った食った〜」
「人に奢らせる時、ほんとに容赦なく食うよなぁ」
「先に帰った浜崎の野郎と違って、最後まで付き合ってやったんだから当たり前でしょ」
「一応これでも仕事なのですが……」
そんなことを話している帰り道、二人は奇妙なものを目撃する。
「でさ〜――」
「?」
「菱加部〜聞いてる?」
「いや、今何か目の前を通らなかった?」
「何、疲れてんの」
「いや、アスファルトの上に……魚影みたいな……」
「……追うわよ、どこに行ったの」
「あっち」
二人は住宅街を駆ける。そして――
「見つけた。あれだ!」
「ほんとだ……魚影みたい。あっ逃げた!」
魚影のような影は、街灯を避けながら逃げている。
「光が弱点ね、あの感じは」
「光……!」
菱加部は、思い付いたようにスマホを取り出す。そして、ライト機能をオンにした。
「喰らえ!」
追いかけながら、影に向けてライトを当てる。その時、影から何かが上に向かって飛び出す。その姿は、紛れもない人外であった。
「居た!」
新島がそう言うと、ポケットからヨーヨーを取り出す。
「この距離なら、いける!」
金属製のヨーヨーを、新島は人外に向けて放つ。回転するヨーヨーは、人外の左腕へ直撃した。
「菱加部!」
「あぁ!」
菱加部は、空中からこちらへ向かって降り立とうとする人外にナイフを構える。
「これで……終わりだ――」
菱加部の上半身は、たったの一瞬で消し飛んでしまった。人一人殺すだけなら、その人外にとって右腕のみで十分なのだ。
「菱加部!」
新島は青冷めた表情のまま、一度距離を取る。
「お前……よくも菱加部を……」
ヨーヨーが手元に戻ると、新島は構え直す。新島は分かっていた。一人では、勝つことが不可能であると。
「……クソ」
涙目になりながら、新島が取れた選択肢は一つであった。
「これでも喰らっとけクソ野郎!」
スタングレネードを落とし、即座に後ろに振り向いて逃げる。光が苦手ならば、スタングレネードは弱点のはずだ。しかし、新島は侮っていた。人外の動くスピードを。
◇◆
翌日――
浜崎は、二人が死亡したことを知らされた。人外は未だ逃走中。二人とも上半身のみを削られており、戦闘の跡が残されていた。
「俺の……せいだ……」
浜崎は、一人部屋の隅でしゃがみ込む。頭を抱え、あの日のことを後悔した。
しかし、二人の犠牲は決して無駄ではなかった。二人が人外を追いかけている際に、公安に連絡が来ていたのだ。そこから、人外の特徴が判明した。
――事務所には、浜崎一人しか残されて居なかった。二人が既に、この世にすら居ないこと思い知らされる。
事務所の電話が鳴る。浜崎が受話器を取ると、相手はこう名乗った。
「我々は、ヒューマンだ」
あとがき
どうも、焼きだるまです。
この後書きを書いている私ですが、時刻は一九時五八分です。はい、二分もしないうちにこの話は投稿されます。うーんギリギリ。
てか、もうすぐ五〇話になるんすね。ここまで続けてる私偉い。では、また次回お会いしましょう。




