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こちら、人外対策部です  作者: 焼きだるま
第一部 前日譚
50/60

第四十六話 止まっている時

この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい


 目が覚めると、薄暗い廊下に居た。


 倒れるように横になっていた僕は、力が入りづらい体を無理やり起こした。


 人の気配は無く、灰の天井に蛍光灯がいくつか光を放っている。無機質な空間は、あまり広くはない。灰色の床は硬く、壁は一面クリーム色をしていた。


「……ここは?」


 ◇◆


 当てもなく、何も思い出せないまま廊下を進んでいく。出口がどこにあるかなんて、考えてもいなかった。


 廊下は迷路のように入り組んでおり、扉は時々現れるが、鍵がかかっていて中に入ることはできなかった。助けを呼ぼうとも思ったが、不気味なこの空間で大声を出す勇気はなかった。


 自分のことすら思い出せない。分かっているのは、僕は黒のスーツを着た男である。たったそれだけだ。


 名前も、年齢も家族も。何をしていたのかも、思い出すことができない。


 ふと、僕は右手を見た。そこには、茶色のスーツケースが握られていた。


「……?」


 最初から握っていたのだろうか、思考はあまりハッキリとしていない。恐らく、スーツケースを持っていたことに気付いていなかったのだろう。


 スーツケースの中を見ようと、壁際に置いて中を開こうとする。その時、ズボンのポケットから何か硬いものが落ちたのが分かった。


 後ろを振り返り、落ちたものを拾う。黒い、スマホであった。画面は幸い、割れていなかった。


 指紋が登録されていたので、パスワードを入力せずに開くことができた。パスワードも思い出せない今、指紋で開けたのはラッキーだった。このスマホに、何かの鍵があるかもしれない。


 スマホを開くと、メモのアプリが自動的に開いた。どうやら、スマホを閉じる前にメモをしていたらしい。僕は座り、壁に凭れかかりながら内容を読んだ。


「二○二?年 八月二四日、水曜日。林川林平(はやしかわりんぺい)記す。恐らく、僕も近いうちに記憶を失う。その前に、何が起きたのかを書いておく。恐らく、これを読んでいるということは、まだ助かる見込みがあるということだ。この異空間は無限に続く。逃げ場はない。扉は力技で無理やり開けることはできるが、中は空き部屋だ。意味はないだろう。僕がここでしなくてはならないのは、出口を探すことではなく、人外を探すことだ。やつはこの異空間を作り出し、僕たちを閉じ込めた。厄介なのは、ここに充満しているガスだ。これは思考力を落とし、時に人の記憶を奪ってしまう。体の感覚をも奪い、最後には無抵抗のまま捕食されるハメになる。既に僕以外の隊員は、記憶を失い倒れてしまった。僕も、既に意識が朦朧としている。全てを失う前に、ここに記す。スーツケースの中に、銃とナイフがある。奴は必ず、この空間のどこかに居る。体がまだ動くのなら、人外を見つけ出してそれで殺せ。希望はある。必ず、助かる道は残されている」


 どうやら、僕が倒れる前に書いたもののようだ。なのに、記憶は戻らない。しかし、やるべきことはハッキリとした。体に力が入りづらかったのは、目には見えないが、この空間に充満しているガスが原因のようだ。


 スーツケースの中を確認すると、確かに銃とナイフが入っていた。幸い、扱えるほどの力は残されていた。


 問題は、その人外が見当たらないということだ。そこで、僕はメモの一部を思い出す――


「最後には無抵抗のまま捕食されるハメになる。既に僕以外の隊員は、記憶を失い倒れてしまった」


 この文を読み解くのならば、僕は一度人外に遭遇している。それも、目の前で仲間が捕食される瞬間を見ている――


「……」


 固唾を飲む。覚悟を決め立ち上がると、僕は来た道を戻る。もし、予想が当たっているのならば。人外は、僕が歩き出した時に行かなかった反対側に居るだろう。


 廊下を進む僕の足音は、この無限に続く空間によく響いていた。


 ◇◆


 灰は紅く濡れている。数少ない蛍光灯の灯りを吸収するように、辺りに散らばっている血には光沢が見えた。


 蛍光灯の一つが点滅している。その蛍光灯は、真下に倒れている男を照らしていた。


「あっ……ア……――」


 ぐちゃぐちゃとした体だが、その男は生きていた。しかし、命の鼓動は点滅する蛍光灯のようだった。


 顔は、こちらを見つめている。何かを訴えていた。


「ごめんなさい、時間がないんです」


 僕は、銃を向けた。


 目の前の男ではない――その先に待ち構えている、人外に対して。


「お前が……元凶だな?」


 白い体は、ウネウネとしている。この迷宮のように、幾つもの太い触手で体を構成していた。どのような構造なのか、理解はできない。顔は、幾つもの触手にあった。


 口に、非対称の目。鼻は無く、足と思われる部位も分からない。廊下を埋め尽くすほどの、巨大な人外であった。


「――あ……ぁ……た……っ」


 男が何かを言おうとしたその時、人外は触手を伸ばし足を掴むと、自身の方へと引き摺っていく。


「ぁ……あ」


 どうやら、その男を捕食するようだ。


 引き摺られた血の跡が、灰色の床に伸びている。僕は覚悟を決めた。


 深呼吸をする。男を助けるためではない。自身が助かるために、できることをするまでだ。


 トリガーは引かれた。発砲音が数発、狭い廊下に木霊する。一発は人外が待つ一つの頭部に、もう一発は触手たちの中へと消えていった。他の弾は触手に当たっていたが、手応えはない。いや、頭部に当たったその一発も、手応えはなかった。


 すると次の瞬間――壁や天井を伝うように無数の触手が、その姿からは想像がつかない速さで押し寄せてくる。


 逃げ場は後ろのみだが、逃げたところで追いつかれるだろう。それどころか、タイムリミットが迫っている。選択肢は一つであった。


 この人外は何故か、壁伝いに触手を伸ばしてきた。瀕死の男は、人外の中心に向かって引き摺られている。


「即ち、弱点は中心にある!」


 触手は僕を覆うように、次第に壁から離れて閉じようとしている。僕は構わず、人外に向かって走り出す。


 迷わず銃弾を放つ。狙いは中心、恐らく弱点は触手群の中だ。


 しかし、拳銃程度では無数の触手たちを突破できない。秘策はあった。スーツケースの中、銃とナイフが以外にも一つだけ、あるものが入っていた。


 気合一閃。僕は、ピンを抜いたグレネードを人外に向け放った。


 その直後、僕は反対側へと走り出す。余り弾で触手の壁を無理やり突破した瞬間、爆発は狭い廊下を埋め尽くした――


 ◇◆


 壁にするつもりだった。しかし、触手はあまり壁としての機能を果たさなかったらしい。


 床は硬い。意識が遠のく――何か、声が聞こえた。


 ◇◆


 ――目が覚める。床は柔らかい。僕は仰向けに眠っている。違う、床じゃない。ここは――


「おはよう、起こしちゃった?」


 ベッドの横に女性が居る。僕は、この人を知っている。


「橋田……さん……」


 すると、橋田は笑顔で答えた。


「――さん付けしなくていいですよ」


 何かおかしい。僕は、あの時気絶したはずだ。救出された? どうして、見知らぬ部屋で僕は眠っていた? 考えても思い出せない。気が付けば、橋田がタブレットを渡してきた。


「その動画、見といて下さい」


 そう言うと、橋田は部屋を出て行った。画面には、「あなたとの思い出」そう書かれたサムネイルの動画が開かれていた。


 僕は、言われた通りに画面をタップし、その動画を見ることにした。

 あとがき

 どうも、焼きだるまです。

 お久しぶりです。お待たせしました。本日から、また投稿を再開できればと思います。久しぶりであること、まだ少しだけ忙しさが残っていることもあり、小さなお休みがあるかもしれません。それでも、待っていて頂けると嬉しいです。では、また次回お会いしましょう。

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