第五話 ヒーロー
この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい
あるショッピングモールの屋上。その日――自分は、ヒーローになった。
――あれは、僕がまだ幼かった頃。ヒーローショーが好きで、よく母親に連れて行ってもらっていた。その日……僕は、本物のヒーローと出会った。
◇◆
――ヒーローショー目当てでショッピングモールへと来ていた僕は昼下がり、靴を見に来ていた父親とは別行動で、母親と屋上にある会場へと向かっていた。
会場へ辿り着くと、伽藍堂の会場は霧雨に降られていた。誰にも興味を持たれない寂しいヒーロー。それでも僕は、ヒーローが会場に現れるのを楽しみにしながら、席に着くのであった。
「まだかな〜? おか〜さん?」
観客席には二人しか居ない。その声は霧雨の中、小さくともよく響いていた。母親が腕時計を見ると、
「もう八分は過ぎているわね……この天気だし、もしかしたら今日は中止になっちゃったのかな?」
首を傾げながらそう言った母親に、
「え〜! そんなこと誰も言ってなかったよ!」
「そうねぇ……」
「ヒーローは必ず来るもん!」
そう言った時であった――
「お待たせしました! ヒーローショーの開演で〜す!」
伽藍堂の会場に、姿の見えないお姉さんの声が響く。会場に設置されていたステージ裏から悪役が登場する。
今思えば、とても可愛い内容であった。観客が居ない理由も分かるほどに、あまりにもテンプレすぎたヒーローショー。それでも確かに、そこにはヒーローが居たのだ。
◇◆
あの日と同じ、霧雨の昼下がり。大人となった僕は、あの日――ヒーローショーがあったこの場所へと来ていた。
取り壊されることが決定したショッピングモールの屋上。二度と来ることのできないそこには、既に一つの花束が置かれていることに気がついた。
誰が置いたのかは分からない。だけど、それは確かに、そこにヒーローが居たことを示してくれていた。
「人外対策部の、エリート隊員になったんです。僕も、あなたみたいなヒーローになれているでしょうか?」
そう問い詰めるが、返答は来ない。来るはずがないのだ。そこにはもう、ヒーローは居ないのだから。
◇◆
午後十三時 十四分――
人外事件が発生した。
「――場所はショッピングモール屋上、人外は既に成熟しているのが一体のみ。角川隊員と柴崎隊員はオペレーター羽田の指示の下、ショッピングモール屋上へと出動せよ」
角川隊員と呼ばれた男は準備を済ますと、すぐに車へと乗り込む。柴崎隊員は既に運転席へと座っており、角川隊員が助手席へ乗り込むと車を発進させた。
サイレンを鳴らしながら、車を掃けた道路を走っていく。道路や歩道には、本格的に降り出した雨により水溜りが散らばっている。
目的地へと向かう最中、通信機から先程とは別のオペレーターの声が聞こえてくる。声の主は女性だ。
「既に現場へは、近くを巡回中であった品川隊員が向かっている。二人は到着後、品川隊員の補助や逃げ遅れた市民を避難させるのが主な任務だ」
「了解」
角川隊員がそう答える。
「了解」
柴崎隊員もそれに続き、そう答えた。
――同時刻、品川隊員はショッピングモールの屋上へと向かっていた。その道中、おどおどとしていた男性に出会すと、その男性は品川隊員に向かってこう言った。
「息子が! 妻が屋上に居るんです! どうか助けて下さい! まだ! まだ生きているはずです!」
そう言った男性に品川隊員は、避難を優先しろと言い、先を急いだ。
◇◆
――屋上では、突如人外となったお姉さんの手によって、悪役は切り裂かれ、母親は脇腹から血を流していた。動けなくなっていた母親と僕の前に、ヒーローは立っていた。
「手を出すならば……俺が――容赦しない!!!」
そう言ったヒーローの足は震えており、声からも、今すぐにでも逃げたいのだと分かってしまうほど情けない姿だった。しかし――確かにそこには、ヒーローが居た。
人外はその言葉を無視し、巨大な爪を僕達目掛けて振るおうとする。それを、ヒーローは全身を使って受け止めた。
「がぁぁぁぁぁっ――――!!」
痛みで叫び声をあげるヒーローだが、決してその場から動かず受け止め、踏みとどまっていた。
「逃げない――ヒーローは必ず! 助けを呼ばれたならば! 必ず来る! そして――何がなんでも守り切るんだ!」
声がする
「ヒーロー! 負けないでー!!」
そう言ったのは、紛れもない僕だった。泣き崩れそうで、恐怖で体を動かせなくても。僕はヒーローを応援した。
「おおおおおッ――――!!!」
叫ぶヒーローは――人外のもう一方の爪にも刺され、その体は上半身と下半身へと引き裂かれた――
地獄のような光景だった。いや、地獄そのものだった。大声で泣いた。ヒーローが死んだ。ヒーローの赤い服には、更に濃い紅色が滲み出ている。もう、誰も助けてはくれない。
じわりじわりと近付く死に、僕は抵抗できない――はずだった。
僕の頭に、さっきのヒーローの言葉が浮かんだ、
「助けを呼ばれたならば必ず来る」
その言葉を信じて。僕は大声で叫んだ、
「助けて! ヒーロー!!!」
……すると、物陰に隠れていたのであろう男が叫び声をあげ、人外に体当たりをした。突き飛ばされた人外は、数歩後ろへと蹌踉めく。
「逃げろ! 逃げるんだ!」
そう言った男は蹌踉めいた隙を突き、必死に人外を押さえつけていた。僕は返事もしない母親に見切りをつけ、屋上出入り口へと走った。
◇◆
――自分は、いつもヒーローに憧れていた。いつも、物陰から見ていた。恥ずかしかったからだ。大人となった今でも、ヒーローショーに来ては同じことをしている。
でも、ヒーローにはなれなかった。ただの会社員にしかなれなかった。それが現実だからだ。そんな自分が、一人の子供と、恐らくまだ息がある母親と思しき女性を守ろうとしている。それはまるで――ヒーローのよう……いや――紛れもないヒーローだった。
でも、自分のようなただの会社員では、人外を十秒と押さえることはできずに突き飛ばされてしまった。
「痛っ!」
地面へと叩きつけられ右肩を痛めるが、自分はすぐに立ち上がった。女性の下へと行くと、さっきのヒーローのように前へと立ち、人外を目の前に構えた。
恐ろしかった。異形の怪物が自分に向かってくるのだ、怖くないはずがない。
歯を食いしばると、爪をこちらへ振おうとする人外の攻撃を受け止めるのではなく――咄嗟に、むしろ人外の方へとタックルをした。
爪を振るう直前のその動きに対応できなかった人外は、タックルを喰らうと二歩、後退りをした。その数秒が運命を変えた――
振り下ろされる、もう一方の巨大な爪。死を覚悟した自分の耳に聞こえてきたのは、よく耐えた。その一言であった。
次の瞬間、人外は巨大な爪だけを綺麗に切断されると、自分に触れる前に顔面を蹴り飛ばされる。
何が起きたのか分からないといった表情の人外に対し、その隊員は言った。
「ヒーローショーなんだ、もう少しショーを楽しめるよう悪役として努力してくれ」
隊員がそう言うと、先程爪を切断した白く長い、刀のようなそれを二本両手に構え人外へと走り出す。
自分は呆気に取られながらもすぐに、自身がやらなければいけないことを理解し女性を抱えた。その後すぐに、自分は屋上を出た。女性の出血は酷いが、まだ間に合うはずだと祈りながら走る。
ショッピングモールの出口に着くと、人外用の緊急車両が一台と救急車などが来ており、救急隊員へと手渡すとすぐに女性は救急車に運び込まれた。
先程逃すことに成功した子供と、父親らしき男性がその救急車へと乗り込むのを見届けた。すると、僕もまた別の救急車に乗ることになり、そのまま病院へと運ばれるのであった。
◇◆
角川隊員は、モール内に居た子供と父親を避難させ、柴崎隊員は屋上へと向かっていた。辿り着くと既に人外は討伐されており、そこにはエリート隊員品川の姿があった。
「柴崎! 只今到着しました! 現状は!」
「終わったよ。すぐに処理班を要請しろ」
了解! と言うと、柴崎はすぐに処理班を要請した。
その後――人外事件は解決し、負傷者二名の死者二名となった。
◇◆
――僕を守ってくれた二人のヒーロー。一人はもう会うことはできないが、いつか、もう一人にはまた会えるだろうか。今、あの人は何をしているのだろうか。
そんな思いに耽ていると、通信機から担当オペレーターである羽田さんの声がした。
「人外事件が発生した。場所は、そこから三○○メートル先の公園だ。すぐに現場へと向かい、人外を討伐せよ。また、人外は既に覚醒しているとの情報だ」
「了解」
そう言うと、僕は現場へ向けて走り出す。ヒーローを必要としている人達がいる。今、この時も助けを求めている人がいる。そんな人を助けるヒーローに、僕はこれからもなっていく。
――物陰から見ていた男が一人、走り出すヒーローを見届ける。
タバコを吹かし、空を見上げるその元ヒーローは、過去に自分も誰かを救えたのだということに微笑みながら、今日という一日を過ごす。
霧雨は過ぎ去り。空にはまるで水溜りのように、白い雲に青空が少しずつ散らばっていた。
あとがき
どもー!焼きだるまですです。第五話だそうですよ。よくこんなもん五話も書こうと思いますよねー。取り敢えず、まだ続くそうなのでまた読んでいただけると嬉しい限りです。