第四十四話 これは経費で落ちません
この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい。
「眠たい……」
「寝ればいいじゃん」
「私が眠ってる間にさ、君が私の体を動かすとかってできないの?」
「無理だね。だって僕は君だから」
「君が私なら動かせるでしょ」
「僕は君であり、そして僕は君の体とは違うから」
すると、少女は言う。
「そう……なら、あなたはだぁれ?」
周りから見れば、独り言を喋る異質な少女に見えるだろう。
「僕は君だし、君は僕だよ」
しかし、少女は確かに会話をしている。相手の声は、少女にしか聞こえていない。
「今日は聞かずに済むと思ったのに、君はほんと毎日忘れずに聞いてくるよね」
「だって不思議なんだもん」
ニシシっと笑いながら、少女は何やら横に置いてある袋の中に手を入れた。
◇◆
羽田待雪、人外対策部の特別隊員である。髪は白銀に輝いており、ベンチに座り足をぶらぶらとさせている。
少女には、白いリングのようなものが体の中央を軸に浮いており。リングの両側には、機械の腕が一本ずつ付いていた。白のコートに、茶色のスカートを履いている。
現在は休憩時間。待雪は、巡回中に見つけた公園で昼食を取ろうとベンチに座ったところ、睡眠不足による眠気に襲われていた。
「流石に四時間睡眠はアホのやることだよ」
「私がアホなら、私と同じである君もアホだよね」
「なら僕は、搾乳用の牛さんだ。どうだい? これで、狭い部屋で一生を過ごす惨めな気持ちになれたかい?」
「うーん……ならお前は、ゴキブリだ」
「自分で言ってて嫌じゃないの? それ」
「ちょっと……いや、だいぶ嫌」
「ちなみにゴキブリは、生命体としては凄いからね?」
「そうなんだ(咀嚼音)」
「聞いてないし」
待雪は、コンビニで買ってきた肉まんを食べ始めていた。
「肉まん美味しい?」
「うん、とっても。……というか、君は味を感じないのか」
「代わりに君の脳内を見れるよ。君が変なこと考えてる時もモロバレさ」
「頭穿り出していい?」
「君が死んじゃうよ?」
「パンドラの箱を脳内で常に語られるよりかはマシかとそれより今までのこと全部覚えてるんだとしたら今すぐ消しなさいそして今すぐこの場から消え去りなさ――」
「あーハイハイ分カリマシタ。私は何も見ていません聞いていません」
「よし」
待雪は脳内のうるさい虫を黙らせると、お腹の虫も肉まんにより黙らせて仕事へ戻る。
「あ〜歩くの怠い! 飛びた〜い!」
「羽田さんに怒られるよ」
「だって歩くの怠いんだもん」
「う〜ん……いや待てよ、応用効かせれば歩かなくても済むのでは?」
「え! 何々!? 教えて!」
目を輝かせ、独り言を喋りながら歩いている少女。それを見る周りの目は、まるで見てはいけないものでも見てしまったような顔をしていた。
「ニ○一九年の今、世間はオンラインが普及して使ってる子を見かけないあれさ!」
◇◆
「ということで、買いました」
店を出た待雪はキラキラとした目で、さっそく入手した物を地面に置く。それは、スケボーと呼ばれるものであった。
近年外で遊ぶことが少なくなり、使用者はその数を減らしていたが、今でも置いているところは置いていた。となると、見かけないだけでやっている人は居るのかもしれない。
さっそく待雪はスケボーに乗ると、みんながやっているようにする。しかし、待雪が足で加速する必要はない。待雪には、念力がある。
「天才的でしょ?」
「天才的ですね」
周りから見ればスケボーで走っているように見えるが、実際は数ミリ浮いており、念力で移動する。これで違和感なく、立っているだけで巡回ができるという代物だ。
尚も待雪ともう一人のそれには、カーブや音はどうするんだ、という考えはない。二人ともバカなのだ。
「ヒャッホー!」
羽田待雪、十六歳。アームの付いた白いリングを肩にかけ、街中を颯爽と走る様子は――誰から見ても異様であった。
「これは良いね〜っ! 歩くより全然楽だ〜!」
「これで君は、僕よりも格下ということが証明されたわけだ」
「今はもう、それでもいいや」
「そんな気がした」
呆れ声が、待雪の脳内に響く。
町を駆け回ること十五分。担当オペレーターであり、保護者でもある羽田から連絡が入る。
「まゆ――なんだ? なんでそんなに早く動けているんだ? ……まぁいい、人外事件だ。場所はそこから、二百メートル先にある老人ホームだ。指示に従い、早急に現場へと向かえ」
「承知ぃ! 今の私ならすぐに駆けつけますよ〜!」
待雪がそう言うと、スケボーは下り坂に差し掛かったように速度を上げていく。
「……」
オペレーターは何かを察したように、何も言わなくなった。
「待っててね〜! すぐヒーローが助けに行きますからぁ!」
◇◆
――管制室には、額を片手で押さえ、腹も抱えている苦しそうなオペレーターが居た。
「ぁ……ははは……胃薬か、頭痛薬要ります?」
隣の席に居た男性オペレーターが、羽田オペレーターにそう聞いた。
「あぁ……そんなもので治ればな……」
◇◆
老人ホームひばな。
平穏なその場所で、人外事件は起きてしまった。職員が人外化、負傷者は一名と被害は少ない。しかし、人外は成長を続けており、覚醒の可能性もあった。
「ヒャッホー!!」
人混みを駈け抜けるように、スケボーに乗った待雪が現れる。野次馬と警察官が、老人ホーム前を囲んでいる。
「ん? そこの人止まりなさい! 人外事件です!」
警察官のその言葉を無視して、待雪はスケボーと共に大ジャンプする。側から見れば、それはスケボーのプロと思われてもおかしくはないだろう。だが、念力を使ったインチキだ。
そのまま人の集まりを飛び越えると、規制線の向こう側へと着地する。横へ回転するように、待雪はかっこよく着地する。それを見た野次馬は、おー! っと、一声上げる。
「――あ! 待ちなさい!そこは危険――」
待雪はすぐに手帳を取り出し、警察官の顔にバッと見せつける。
「ほいっ」
警察官は一瞬、目を疑った。それは、少女がまだ未成年にしか見えないからだ。見たところ、まだ十六歳といったところ。しかし、手帳は紛れもなく少女が人外対策部の隊員であることを示していた。
すると、警察官は肩にかけているアームの付いた巨大な白いリングを見ることで、それが事実なのだと理解し下がった。
「……失礼しました。ご武運を!」
敬礼を見た待雪は、苦しゅうないと言い、老人ホームの中へと入っていった――
◇◆
四階建ての老人ホーム。中は入ると、綺麗で暖かな内装が待雪を出迎えた。
待雪は、肩にかけていたアーム付きのリングを体に通すように浮遊させる。
「行きますか」
先程とは違い、覚悟を決めた顔をしていた。
「静かだねぇ」
脳内のもう一人が、そんなことを言った。
「まぁ、負傷者は一人らしいしね。思ったよりも大人しい子なのかも」
「大人しい子は、怪我なんてさせないと思うけど」
「なんかムカついたんだよ」
「君は、人外をなんだと思ってるの?」
「暴食な子たち」
「確かに人を食らってますけど、もっとこう……憎い! とかないの?」
「ないねー。……いや、一体だけ居るかな」
「ほう? それは?」
「もう死んだ」
「? どんなやつだったの」
「お母さんの……っと、お喋りはここまでみたいだね」
「続きは終わったら聞かせてね」
「はいはい……てか、私の頭の中を見れるのなら、話す必要ないのでは?」
「ほら、前前」
待雪の目の前に広がる廊下から、大きなブーメランのようなものが飛んでくる。しかし待雪は、特に何も驚かずに横へヒョイっと躱す。
「そんな物騒なもの投げないでよ、怪我したら危ないじゃん」
すると、廊下の奥に立つ人外は喋り出す。
「ウルサイ……ウルサイ! 老害ガ喋ルンジャネェ!」
「おっと、喋れる人外さんじゃないか。あと、目が悪いのか耳が悪いのか、こんな美少女を老害扱いすると私も泣いちゃうよ?」
「泣いてないじゃん」
「うるさいうるさい」
「うーん、これは」
脳内での会話は一瞬。人外は、悠長な会話など許してはくれない。
「黙レェ!!!」
人外の姿は、黒曜石のような見た目の体表に、背にトゲトゲしく鎌のように曲がった物体が生えた人型をしている。先程飛んできたのは、人外の背に生えているそれだった。
「サッサト死ネ!!」
人外が遠吠えのようにそう言うと、背に生えたトゲが何本か勢いよく発射される。それは、壁に当たると跳ね返り、廊下に複雑な軌道を描く。
「うーんこれは、アームが持たないかな」
待雪はこちらへ向かってくるトゲに対し、念力での制御を試みる。しかし――
「あちゃ、生体扱いか」
待雪の念力は、無機物は動かせるが、自身以外の生命体を動かすことはできない。
飛んできているのは三つ、待雪はすぐに次の行動に移す。
「ならばこうだ!」
一枚目のトゲが、待雪に向かって飛んでくる。待雪はリングを動かし、アームをトゲの方へと回転させるように向かわせる。
「真正面からでは受けられない。ならば、軌道を変えるのみ!」
アームはトゲの側面に擦れるように当たり、トゲは軌道がズレ、待雪の真横を通り抜ける。
「まだまだ!」
待雪は油断せず、二発目、三発目に備える。
金属と岩が当たるような音が二階、廊下に響いた。三発ともやり過ごすと、待雪は自身の体を浮かし、人外の下へと急接近する。
「イライラスルゥ!!」
先程から、人外はストレスが籠った言葉を何度も吐き捨てている。
「ストレス溜まってたんだね、可哀想に」
待雪はそう言うと、念力でリングを強く回転させる。それにより、アームは強い遠心力を生んでいた。
「消エロ!!!」
「うん、今楽にしてあげるね」
遠心力のままに、待雪はアームを人外の前頭葉目掛けて打ち付ける――しかし、
「!」
先程発射して無くなったはずのトゲが、人外の頭部を守るように生える。それは、待雪のアームを受け切った。
「待雪! 後ろ!」
脳内の声で、待雪は咄嗟に横へと回避する。待雪の真横を通り過ぎたそれは、先程軌道を逸らし躱したトゲであった。
「おぉう、危ない危ない。ありがと」
「感謝してる暇ないよ〜」
「我ながらそう思う」
人外はこちらを向くと、更にトゲを発射した。
「ちょい待て待て待て待て!!!」
なんとかそれを躱すも、先程のトゲも合わさり合計で六本が待雪を襲う。
「多すぎ多すぎ! 女の子なんだから手加減してよ!」
人外にその声は届いていない。いや、仮に届いていたとしても聞き入れてはくれないだろう。
「とっても良くないね〜! これ!」
脳内のもう一人がそう言う。
「かといって、せっかく距離詰めたのに人外から離れたくもないー!」
「じゃあ、ちゃんと考えろ!」
飛んでくるトゲを上手く往なしながら、待雪は考える。人外は何故か、その場から動こうとしない。
「……!」
「なるほどね」
脳内のもう一人も、待雪の思考を読み理解した。待雪が言った。
「やってみる価値ありでは?」
「でも、一日でお金無駄にしちゃうね」
「お母さんにお願いしよう。けいひ? ってやつ使うの」
「むりそー」
「いけるいける! っとととうぉっと!」
お喋りに夢中になれば、自然と油断もするもの。間一髪、待雪はこちらへ飛んでくるトゲを躱した。
「いくぞー!」
すると待雪は、トゲの軌道を上手く操り、トゲを人外に向かって飛ぶように誘導した。しかし、トゲは人外を避けるように、人外に触れる直前に軌道を変えた。
「ビンゴ! やっぱりあのトゲには意思がある!」
「念力の応用だね」
「そもそも私の方にしか来なかったし、怪しさ満点だよ。でも、これで安心して人外に近付ける。接近してしまえばトゲも飛んでこれない!」
すると待雪は、トゲを躱しながら人外の後ろ側へと周る。そして、人外の後頭部に向けもう一度遠心力を利用した回転攻撃を繰り出す。しかし、案の定それはトゲに阻まれ、アームは跳ね返される。そして、新たなトゲが射出される。これでトゲは九つ。
六つのトゲは、待雪に向かっている。新たな三つは、天井の方へと射出された。そして人外の前には――前頭葉に向けて一直線に飛んでくるスケボーがあった。
「かかったな!」
先程とは違い、トゲでの防御はない。人外の前頭葉に、スケボーが激突する。勢いは凄まじく、人外は後ろへと倒れる。
待雪は、跳ね返されたアームを利用し、そのまま逆回転でリングを動かしアームが壊れる覚悟で、こちらに向かってくる六つのトゲの攻撃を真正面から防いだ。
「ッ――!!!」
見事トゲから待雪を守り抜いたアームは破損し、周りにはリングが浮いているだけであった。
待雪はナイフを取り出し、床に倒れた人外の前頭葉を、次の三射がこちらに来る前に刺した。
人外は活動を停止し、先程まで飛んでいたトゲは、惰性で飛び――床へと落ちていった。
「……はぁ……はぁ…………なんとか……なった……」
「やるじゃん」
「トゲをすぐに生え直さないから、怪しいと思ったんだよ」
「結果、射出後のクールタイムを突いて、人外を怯ませたわけだ」
「うん。人外が地面に倒れるまで、トゲも向かって来なかったしね。代わりに、アームもスケボーもダメにしちゃったや……」
すると、オペレーターからの通信が入る。
「待雪、大丈夫か?」
「うん! 大丈夫!」
「そうか、それならよかった。処理班を要請する」
「おっけー! あっそうだ――」
◇◆
――公園のベンチに座っている少女が一人、白いもっちりチョコパンを食べている。
「結局、経費で落ちたのはアームの方だったね」
脳内のもう一人がそう言うと、待雪は涙目になりながら、
「どうしてこうなるのでしょう……」
っと、そう呟いた。
今日も巡回は続く。しかし、眠たそうであっても。これは、待雪が望んだ仕事であった。オペレーターであり、母でもある彼女と仕事ができ、関われる唯一の場所なのだ。
――ちなみにこれは余談だが、羽田オペレーターは事件解決後、数日ほど体調を崩し寝込んだそうな。(待雪の特注品であるアームリングは、割とバカにならない金額である)
あとがき
どうも、焼きだるまです。
久しぶりの登場でしたね。この二人を見てると、作者本人の私ですらほっこりします。
この二人を書くと、何故か文字数が多くなるんですよね……。久しぶりの五千字超えかもしれません。お疲れになった方も居るかも……休憩は取ってね。では、また次回お会いしましょう。




