第三十七話 繋いだ命
この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい。
病院の中。そこは静かで、病に苦しむ者たちが訪れる場所だ。人も多く訪れるここには、世界共通で人外が発生してはいけない領域であった。
入院患者は、人外が院内で発生しても避難することができない。かといって医療従事者も、人外の相手をする訳にはいかない。
その為、ほとんどの国では病院には人外対策部の隊員が常に巡回している。それも、エリートや長年隊員をやっている者が多い。
町で人外時間が起きた際にエリート隊員が足りないのは、主要な施設の巡回に人員を割いているためでもある。
◇◆
ここの病院の巡回を任されていたのは、エリート隊員である島崎友司である。
院内では、銃の使用が認められていない。患者の避難ができず、大きな音をあまり立てれないからだ。その為、巡回をする隊員には近接〜中距離の武器が支給される。
エリート隊員である島崎は、支給される武器とは違い、それとは別に自身の得物を持っていた。
片手にそれは握られている。黒の短い棒のような形をしている。あまり目立たず、本人の服装も私服である。患者にストレスを与えない為だ。
他にも、私服の隊員は何名か居る。その隊員たちは別の場所を巡回している。
その日は、天気も良く、騒ぎの少ない平和な1日であった。
「島崎、休憩に入れ」
そう言ったのは、島崎よりも長く隊員をやっている赤井司であった。
「分かった。後は頼む」
まだ昼飯を取っていなかった島崎は、院内にあるパスタが食べれるお店へと向かった。店内は、相変わらず落ち着いた雰囲気だ。
シンプルなトマトパスタを注文し、席につく。しばらく待っていると、注文したパスタが店員によって運ばれてくる。テーブルの上に置かれたパスタに手を合わせると、島崎はフォークを手に取りパスタを食べ始めた。
休憩が終わり、しばらくは自由時間となる。歩き回る仕事のため、交代後は昼食の時間と自由時間が用意さらているのだ。
自由時間は、大体マッサージや読書などに使う者が多い。島崎は近くにあるマッサージ屋で疲れをほぐした――
時間を潰していると、仕事へと戻る時間になった。夕方に差し掛かり、その内夜となる。20時までが、島崎の巡回時間であった。
赤井と交代し、島崎は巡回を続けた。巡回を続け、島崎が死体安置所の目の前を通るその時――死体安置所の扉が開く。
瞬きの間に、島崎は部屋の中へと連れて行かれた――
◇◆
――どれだけの時間が経っただろうか。島崎が目を覚ますと、自身が生きていることに気が付く。どうやら、運が良いらしい。
通信機をオンにしようとするが、どうやら壊されているらしい。暗闇の中、島崎は装備していたライトを点ける。
辺りには、大量の死体が安置されている。しかし、部屋の中は不気味な血管のようなものに覆われていた。
「……」
島崎は今までも、死と隣り合わせの現場に何度も居合わせてきた。今更、この程度のことで怖気付くことはない。
しかし、不気味なのに変わりはなく、島崎は武器を握りながら出口へと向かう。
扉を開けると、既に消灯時間になっていたらしく、廊下は不気味な明かりだけを残していた。
すぐにナースステーションへと向かう。しかし、そこには誰も居ない。いや、問題なのはそこではない。
ナースステーションの横、そこには――手足はあらぬ方向へ、体の一部は捕食されており、うつ伏せのまま血の池の上に看護師が倒れていた。
一目で手遅れと分かるその状況に、島崎は患者の居る病室へと向かう。
暗闇の中、島崎のライトが病室を照らす。カーテンは乱れ、床やベッドは血に濡れ、苦しむように死んでいった死体が幾つかあった。
一つ、島崎には気になることがあった。それは、他の隊員たちだ。
他の隊員も、長年人外と戦ってきたプロだ。エリートでなくとも、人外一体を相手にこうなるとは考えにくい。
島崎は、生き残った患者が居ないか、院内を探し回る。すると、カウンターに隠れていた患者を見つける。島崎を見るや否や、取り乱したように立ち上がる。
「やめろおお!!!!」
発狂した患者は、島崎から離れるように逃げ出す。
「待て!一人では危険だ!」
「バケモノが!近寄るな!」
患者は走って島崎から逃げる。もはや、彼の視界に島崎は見えていない。それほどまでに、強烈な出来事がここで起こったのだ。
患者を追いかけ、曲がり角のところで患者は――突如現れた触手のようなものに引っ張られていった。
「ああああああーーーーーーーーッッッッ!!!!!」
患者は引っ張られ、何か人体が潰れるような音が聞こえる。島崎は、すぐに曲がり角の向こう側を見る。
しかし、暗闇が続くだけでそこには何も居ない。あるのは、先程の患者の下半身の死体だけであった。
他の隊員を見かけない。それどころか、この異様な光景。流石の島崎も、これには固唾を飲んだ。
武器を構えたまま、警戒しながら廊下を進む。暗い廊下は、ライトが無ければ薄暗く、人外を視認できない。
その時は――突如訪れる。
人外は、島崎の真上。少し後ろ目の場所から首を伸ばしていた。
花のように開いた口を持つ顔。体表は赤くヌメヌメしており、眼は身体の色々なところに何個か付いている。
開いた口が、背後から島崎の頭を捉える。その瞬間、横から現れた血塗れの赤井が庇ったことにより、島崎は命を拾う。
「っ!」
島崎は立ち上がると、目の前の光景に目を疑う。そこに立つ赤井に、上半身はない。
人外は、何かを飲み込むと、島崎の方を見る。
「……」
島崎は何も言わないまま、自身が手に持っている棒状の物のスイッチを押す。棒からはビームサーベルのような物が現れた。
本来であれば、人外の前頭葉に当ててからスイッチを押すことにより、武器を振り回さずとも殺せるのが利点であったが、この場合自身を守る必要があった。
剣と同じように使うこともできるため、人外との対決に先にスイッチを押した。
人外はヌメヌメとした不快な音を立てながら、その見た目とは裏腹に俊敏に動き出す。
島崎はビームサーベルを縦に構え、人外の飛び付きをあえて躱さずに迎え撃つ。しかし、人外も察したようで飛び付くのをやめ、天井に引っ付いた尻尾で自身を天井へと引っ張り戻した。
人外の体は異形と呼ぶに相応しく、足や尻尾には壁や天井に引っ付ける器官があるらしい。
すると、人外は一定の距離を取り動かなくなる。ならばと、島崎は動き出す。
ビームサーベルを人外に向かって振るうが、人外の動きは素早く、中々当たってくれない。人外は避けながら、島崎の周りを動き回る。どうやら、人外もビームサーベルが邪魔で近付けないらしい。
だが、島崎は違和感を覚えていた。
『今のところ、この人外に外見や今はある特徴意外に能力は見当たらない。それが、院内の人間を殺戮できるのか?隊員を殺し切れるのか?人外も近付くことはできない。なのに、俺に拘る必要は?』
その答えは、すぐに理解した。目の前の人外に夢中で、島崎は近付いてくるもう一体に気付いていなかった。
もう一体に気が付いたのは、人外が一度距離を取ったタイミングであった。
間一髪――後ろから瞬く間に伸びてくる、口を開いた人外の顔を躱した。誰かの血の池、後ろ側からピチャッとした音。それのお陰で、後ろから迫る人外に気付けた。
そして、今この状況で不利なのは、真横で無防備に首を伸ばしている人外である。
瞬時に島崎は、ビームサーベルで人外の首を切断する。その直後に、最初の一体が島崎に突撃してくる。
島崎は振るうこともなく、ビームサーベルを人外の方へ向け縦に持つ。大口を開け迫る人外は、勢いを止めずに島崎の頭へと齧り付こうとする。しかし、人外が喰らったのは、頭ではなくビームサーベル。そのまま人外は頭から真っ二つに切断された。
首を切断した人外の前頭葉を確実に破壊し、なんとか目の前の二体の処理に成功する。しかし、島崎は気付いていた。
「……二体ごときで、壊滅するはずはない。他にも居るな……」
すると、島崎は歩き出す。生存者がまだ居ないか、この状況でも隊員として退くわけにはいかなかった。
その時――トイレの方から女性の悲鳴が聞こえた。どうやら、まだ生きている者が居たらしい。
島崎は、すぐにトイレへと向かう。場所は女子トイレ。しかし、不本意でも緊急事態だ。島崎は躊躇わず入り、武器を構える。
奥から二番目のトイレ。扉が開いているそこに、人外は居た。ぐちゃぐちゃと音を立て、人外は人を捕食していた。
人外はすぐに、島崎の気配に気が付いた。島崎の方を見る人外の姿は、先ほどと変わらない。
しかし、狭いトイレの中では、互いに逃げ場はない。ビームサーベルを向け、島崎は人外に接近し武器を振るう。
人外は振るわれたビームサーベルを後ろに下り躱すが、後ろは壁である。島崎は、逃げ場のない人外への連撃により、人外の前頭葉を破壊した。
すると、横のトイレから物音がした。女の子の声で、ヒャッと聞こえる。島崎は、トイレの中へ向け声をかける。
「……人?」
「人外対策部の隊員だ。無事か?無事なら開けてほしい」
すると、目の前の扉が開く。そこには、ニット帽を被った少女が居た。髪は生えていない。恐らく患者だろう。
「ほんとに……人だ……」
「あぁ、俺も驚いた。よく生きていたな」
すると、少女は涙をポロポロと流し出し、話し出す。
「隣に隠れてた人が……代わりに死んじゃった……私が先に奥に入ったから……私が……」
隣の女性が襲われ、捕食していた時間があったことで、この少女は襲われずに間に合ったのだ。
「私なんかより……この人の方が生きればよかった……どうせ……私なんて死んじゃうのに」
髪の毛が抜けている。それは、病かもしくは――抗がん剤などの薬の類だろう。少女の体は痩せ細っていた。
「そんなことはない。ここに隠れたということは、お前はまだ生きることを諦めていない。そして、こうして命を繋ぎ止めている。諦めるのはまだ早い」
そう言うと、島崎は、ポケットに入っていた小さな小鳥のストラップを少女に渡した。
「気休めだ。後で返せよ」
すると、少女は少しだけ笑顔になった。
「くれるんじゃないんですね」
「あぁ」
島崎は少女の手を掴み、立ち上がらせる。
「歩けるか?」
「うん」
島崎は、少女の手を引きながら、薄暗い病院内を歩き出す。出口の場所は、ここからすぐのところだ。少女は島崎の背中に体を近付けながら、怯えながらも歩いている。
あの人外が、いつどこで現れてもおかしくはない。幸い、ここは二階。階段を降り、廊下の向こうへ行けば出口は目の前だ。
少女に合わせ、島崎は階段を下りる。廊下の向こう側、外から光が照らしている。どうやら、人外対策部も遂に突入しようとしているらしい。
ここまで被害が広がっていれば、大きな作戦となっている。少数では来ないだろう。安堵の息を一つ。その時、少女が言った。
「ねぇ……足、怪我したの?」
島崎は自身の足を見る。布を貫通した小さな穴。何かに刺されたような痕。人外対策部をやっている人間であれば、これが何を表すか分かっていた。
「……このまま真っ直ぐに廊下を歩け」
階段の上から、人外が現れる。
「あなたは?」
島崎は階段の方を向き、何事もないように言った。
「なに、職務を全うするだけだ」
そう言うと、島崎は人外に向かっていく。
「行け!!」
叫ぶように言われ、少女はぎこちなくても走り出した。光の射す方へ、後ろからは、人外と戦う音が聞こえる。それも、どうやら見えていたのは一体であったが、後ろに複数体居たらしい。
少しだけ、後ろを見る。島崎の姿はなく、人外の血なのか島崎の血なのか分からないものが、階段の上へと飛び散り続いていた――
◇◆
――人外対策部が、病院への突入をしようとしていたその時、中から一人の少女が現れた。少女はすぐに、人外対策部によって保護された。
「まだ!まだ中に隊員さんが!」
少女はそう言った。人外対策部も突入を決行する。殲滅作戦は、一日続いた。別の棟では、幸いにも生存者の集団も居た。他の隊員が戦線を維持していたらしい。そして、幸いにも人外の数が少なかったのが生存の理由であった。
殲滅作戦が終わり、死体の調査も行われる。しかし、その中に島崎の遺体はなく、生存者に島崎は居なかった。他にも多くそういった者は居たため、行方不明と片付けられその事件は幕を閉じた。
◇◆
――大学にある広場。木漏れ日が当たるそこに、女性がキャンバスに向かって筆を持ち、絵を描いていた。長い髪は、風に吹かれ靡いている。
横に置いてあるバッグには、小さな小鳥のストラップが付いていた。
あとがき
どうも、焼きだるまです。
結局、人外の毎日投稿。復活します。人外を読みたいと言ってくれる方が居ました。たった一人でも。その方の意見を採用したいと思います。
巡導の運命が不定期になるかもしれませんが、上手いことストックとか休みの日に作って、連続して投稿できるよう努力します。
ですので、これからも人外と巡導の運命をよろしくお願いします。いつも、ありがとうございます。では、また次回お会いしましょう。




