第三話 成り損ない
この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい
一九??年八月二日、午後三時 二十四分――
奈良県のとある村にて、人外事件が発生した。
人外対策部のある町からは、遠く離れていた。多数の被害が予想されていた――が、通報から二十三分ほど。ようやく、俺たちはその村へと辿り着いた。
「自然豊かですねー」
そう言ったのは、女性隊員の花咲淳子だった。助手席に座りながら、まるでここに人外が居ることを考えていないように、呑気な顔でそう言った。
「気を引き締めろ、既に通報からかなりの時間が経っている。二人だけでなんとかできる規模の事件かすら分からんぞ」
「分かっていますよ、奈鳥さん。人外が発生した民家は、村の奥だそうです」
「そこまでは、このまま車で行くか。住民の避難はできているのか?」
「通報によると、大半が避難できているようです」
「ならば発砲もできるな」
「そうですね。人外については、分からないことだらけですから。寄生の仕方が分からない以上、無闇に近付きたくはないですし」
そんな会話をしながらも車を進めていると、目的地であった民家の前へと辿り着いた。
「降りるぞ」
「はい」
人外が、家の中に居るとは限らない。もしかすれば――通報から時間も経った今、ここには居ない可能性もある。
そんなことを考えながら、俺はリボルバー式の拳銃を上へ向けながら民家へと近付いた。
◇◆
――とても古い二階建てのその民家は人の気配はしないが、そのドアノブに手を触れた時、家の中で大きな物音がした。
「……突撃するぞ」
「分かりました」
すると、俺たちはドアを素早く開け中へと入った。
「二階だな」
「階段が狭いですね」
「俺が二階に上がって始末してくる。お前は、一階でやつが逃げた時に対処できるようにしておけ」
「了解、お気を付けて」
「あぁ――」
花咲を残し、俺は階段を登る。一呼吸をした後、二階の一番近い部屋のドアを開けた。
「人外対策部だ!抵抗をやめろ!」
そこには――
正座をした、赤黒い炎を少し纏った老人のような姿の人外が居た。人外は俺を見つめる以外、何もしてこない。
「……?」
襲ってくる気配の無い人外に数歩近付くと、拳銃を前頭葉の部分に向けて構えた。その時――
「やっと来テクレましたネ」
「ッ――…………待っていたのか?」
一筋の汗が流れ落ちる。
「ハイ……ですカラ早く……私を始末して下さい……」
今までの人外事件の中で、このような事例は見た事がなかった。
「……あなたは――人外……なのですか?」
「さァ……人外なのか人間の方ナノカ……。ただ分かるのは、コウヤッテ自我を保ってラレルのも時間の問題だとイウことデす。さぁ早く、私を始末して下さい」
人外は確かにそう言った。俺にできることはそれしかなかった。望み通り、迷わず引き金を引いた。
「ありがとう」
そう、人外は言い残し絶命した。
数分間その場に立っていると、下で待っていた花咲が二階へと上がってきた。
「奈鳥さん? 大丈夫ですか?」
「あぁ――すまない……考え事をしていた」
「何かあったのですか?」
「この人外は、殺されることを待っていた……。今までに無い事例だ。人外の意思なのか――それとも、人間としての意思が残っていたのか?」
「……分かりません。でも、少なくとも被害は無かったようですよ」
「通報したのは人外となる前の、こいつの妻であったな」
「もしかしたら……誰も殺したくはなかったのかもしれません。でなくては、その妻も恐らく通報される前に殺されていたでしょう」
「これでよかったのだろうか」
「分かりません。分からないことだらけなんですから――帰りましょう」
俺は息を一つ溢すと、花咲に指示を出した。
「処理班へ連絡を」
「はい」
◇◆
――こうして何の被害もないまま、この事件は解決した。
まだ人外について、詳しいことが分かっていなかったあの頃、あの人外はかなりの異例だった。今ならば、あの人外の謎を解明することができたのだろうか……。それは、誰にも分からない。
今はもう隊員は引退し、淳子とのこの時間を大切にしていこうと思う。
俺もきっと……人外となってしまっても、彼のように誰も殺さずに座して待つのであろう。その時が来ないことを、ただ願う日々だ。
あとがき
焼きだるまです。三話です。特にないです。次回も楽しんでお読みいただければ、それで良いのです。