第二十六話 記憶
この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい。
「タバコ、吸うのやめません?」
女性隊員が、屋上でタバコを吸っていた男に言う。
「どうせ、この仕事はいつ死んでもおかしくはない。ならば、やれることはやっておけ」
男の顎の髭は、とてもザラザラしてそうだ。目に光はなく、ただ向こう側を見ながらフェンスに凭れ、タバコを吸っていた。
「そういう割には、だいぶ長生きしてません?」
「うれせーよ、俺はまだ30代だ」
「老けて見えるのも、タバコのせいなんじゃないですか?」
「何でもかんでも、タバコのせいにするな」
溜息を吐くと男は、タバコを黒のポケット灰皿へ入れた。
「副流煙ってのもあるんですよ?」
「俺と共に仕事に行った隊員は、皆死んだ」
男の大きなコートは、風に靡いていた。
「死神みたいですね」
「やめてくれ、死神なんて呼び名のやつはどっかのバカタレだけで十分だ」
「?」
男は、屋上の出入り口へ向かって歩き出す。
「気にしないでくれ。あと、もうすぐ出動命令が来るぞ」
「何故です?そのような連絡は」
「勘だ」
午後3時、男の予言通り、人外事件が発生した。
二人には、現場への出動命令が下され、車に乗り現場へと向かう。
運転席には、女が乗っている。
「そういえば、今まであなたと共に行動して死んだ隊員は何名なのですか?」
「数えるのはやめた」
「そうですか」
「お前も、死にたくないのなら、さっさとこの仕事をやめることだ」
「嫌ですね」
「なら、いつでも死ねるよう、やりたいことはやっておけ」
「私は死にませんので」
「そう言ったやつを何人も見てきた」
「じゃあ、今度は本当です」
「それも、何回も聞いてきた」
人外対策部では、新米の隊員は、熟練の隊員とバディを組むことになっている。
そんな会話をしていると、人外事件が発生したスーパーに着く。
既に周辺住民の避難は完了しており、警察も隊員が来たことによりその場を離れた。
巡回中であったもう二人の隊員とも合流し、四人で突入する。
自動ドアが開き、中へと入る。
散乱し一部が破壊されている商品棚、血に濡れたスーパーの中は、とても静かだった。
二人の隊員は、左側を。女とタバコ男は右側に分かれる。
死体はいくつかあり、それはどれも鋭い何かに貫かれたような痕があった。
何故だか、先程からここはとても冷える。
「寒い…冷凍庫の冷気が漏れているんでしょうか?」
「いや、恐らくは違う」
「すると?」
「報告はされていなかったが、恐らく人外は覚醒している」
今回あった報告の内容は、スーパーの中で人外が突如発生し、数名の犠牲者が出ていること。そして、誰もその姿を見ていないこと。
「人外が発生したのであれば、目撃情報があるはずです。なのに、何故?」
「さぁ、それはわからん。だが、寒さや氷に関係するものは何かないか?」
「…?…寒さは…分からないですね。氷なら、水でしょうか?」
「水か」
その時、左側から悲鳴と轟音が聞こえる。
「!?」
「接敵したらしいな」
「急ぎましょう」
二人は急いで向かったが、そこにあったのは巨大な氷の塊であった。
つららのような物が、地面から生え、二人の隊員を刺し殺していた。
女は咄嗟に銃を構える。男は何も構えない。ただ立っている。
「武器を構えないと死にますよ?」
「構えても無駄だろうから構えない」
「無駄…?」
「見ろ」
隊員を刺し殺したつららは、溶け出していた。最後には、水と化す。
「あれが本体だろうな」
「あれが!?人の形もしていないどころか、生き物の形ですらありませんよ!?」
「そうだ。しかし、人外に確実なことはない。個体によって様々な故に、形や作りも様々だ。液体状の人外が居てもおかしくはない。通りで、さっきから気配を感じない訳だ」
すると、水溜りは確かにこちらへと動き始めていた。
その動きは遅く、相手が人外ならば仕留めれる。私は、迷わず液体状の人外に向かって発砲した。
発砲音がスーパーに鳴り響く。銃弾は、地面に跡を残しただけであった。
その直後、液体状の人外は巨大なつららを出現させる。二人はそれを躱したが、つららはすぐに溶ける。
「クソ!」
「だから無駄だと言っただろう。こいつに急所はない」
「じゃあどうすれば!?」
「知らん」
「仮にもエリート隊員ですよね!?ちゃんと新米の私をキャリーして下さいよ!」
「俺は生憎とキャリーの仕方がわからん。自分で頑張ってくれ」
当てにならないと判断した女は、一人で戦うことを決断した。
まず、銃弾を数発浴びせ、ターゲットを自分に向ける。
狙いは当たり。液体状の人外は女の方へと動き出す。女は、人外から適度な距離を保つように走り出した。
恐らく、あの人外は急速冷凍により、つららのようなものを形成し攻撃してくる。動きは鈍く見えるが、その実、つららのようなものは瞬きほどの一瞬で攻撃してくる素早さがある。
油断すれば死。何か、あれを倒す方法が無いか、攻撃を躱しながら、女はスーパーを走り回る。
気付けば、男は居なかった。
「そんなだから死神なのよ…!」
とにかく、今は人外の急所を探るしかない。
しかし、人外の攻撃は次々に繰り出される。商品棚はどんどん破壊されていく。
商品棚が崩れようと、液体の体は隙間から現れる。時に分裂し、挟み撃ちのような攻撃もしてくる。
5分ほどだろうか、いや、10分か、女は人外と戦い続けた。しかし、対処法は見つからない。
体力もかなり消耗していた。
「はぁ…はぁ…」
その時、女は臭いに気付いた。ガソリンの臭い、何かが焼ける臭い。気付けば寒さはマシになっていた。
スーパーの中に、煙が現れる。音も聴こえた。これは、火事だ。
「羽田ぁ!」
スーパーの出入り口から声が聞こえる。
「ガソリンを撒いて火を放った!既に建物の周りは炎に包まれている!生きているなら早く出てこい!」
それは、確かにあの男の声だった。あの男は見捨ててなど居なかった。
羽田と呼ばれた女は、人外の攻撃を避けつつ、男の声がする方へ向かう。
何やら、男は何かを仕掛けている。
「生きてたか」
「死なないと言ったはずです」
「ふん…人外はこっちに来ているな?」
「はい」
ここを離れるぞと言われ、それに従い羽田はスーパーを出た。
すると、出入り口から爆発音が辺りに鳴り響く。
出入り口は瓦礫によって封鎖され、更に火の勢いは増していった。
「出入り口に爆弾を仕掛けた。相手は液体だから、気休めだがやつが逃げる前に、炎がやつを包み蒸発させるだろう」
「私の前から居なくなったのは」
「お前が死なないことに賭けて、ガソリンを取りに行っていた。火はライターがある。爆弾は俺の十八番だ。常に常備している」
「…私のこと、信じたんですね」
「あぁ、そして、それを実現させたのはお前が初めてだ」
「じゃあ、これからも行動を共にすると思うので、タバコ、やめてくださいね」
「お前が一人前になったらやめてやる。それまではお前の前でも構わず吸わせてもらおう」
男はタバコを取り出し、火をつける。
「今日は死ななかったのに、結局こうすることになるとはな」
タバコを咥えながら、男は手を合わせている。
「…?」
「犠牲になった隊員達の分だ」
「死神のくせして、弔うのですね」
「だからその呼び方はやめろ。俺は望んで死神になろうなんてことはしていない」
「安心して下さい。死神はきっと、今日までですよ」
「何故だ?」
「勘です」
あとがき
どうも、焼きだるまです。
イケオジって良いですよね。私もとあるゲームでイケオジ良いじゃん!って思ったんですけど、実装されないことを知った時のショックは、今でも忘れられません。では、また次回お会いしましょう。




