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こちら、人外対策部です  作者: 焼きだるま
第一部 前日譚
22/60

第二十一話 恐怖の夜

この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい

 貧民街に、一人の少年が走っている。

 月明かりが照らす夜、人狼と呼ぶに相応しい姿をした者は、貧民街を走っていた。

 遠くで、狼が鳴いている。今日も、恐怖の夜が来た。


 太陽が照らす。あらゆる物を全て照らし尽くす。

 喧嘩をする者、窃盗をする者、あるもので生活をしている者、衛生管理のされていない食べ物を売る者、体を売る者、痩せ細り動けない者、薬物を売る商人、奴隷商人。

 貧民街は今日も、貧困に喘ぎ、裏でしか生きていけない人々で溢れ返っていた。

 喧騒は、いつものように貧民街の何処からか聞こえてくる。

「騒がしいねぇ」

 そう呟き、貧民街を歩く彼女の肌は、この辺りでは珍しい白人で、髪はロングの赤焦げた色をしており、服はこちらもまた、貧民街にしては上出来な深緑色をしたコートに黒のシャツ、ダメージジーンズを履いていた。

「おう、そこのお前」

 男が一人、その女の目の前に近付いて言う。

「良い顔してんねー?何処の国の人だい?」

「国なんかどうでもいい、どきな」

「おっと、それはできねえな。なぁ、ちょいとあっちで良いことしねぇか?」

「お断りだね」

「拒否権なんてねえよバカ女」

 すると、男はナイフを取り出し、見せびらかす。

「こんな貧民街に来たことが間違いだ、貧民街に良い女が一人で歩いていれば、こうなるのは常識だ。ちゃんとママに教わらなかったのか?」

 女は、頭を掻きながら言葉を返す。

「そうだね、君は帰ってママに教わった方が良いようだ…喧嘩を売る相手を…ね?」

 そう言った直後、女は急接近する。男も慌ててナイフを振おうとするが、その前に鳩尾に強烈な一発が振る舞われる。

「ゴホォァ!?」

 後退りしながらふらつく男の足を、女は蹴り体勢を崩させる。手から放り出されたナイフを、女は掴み、男は倒れる。

「な?ママんとこに帰りな、あんたに吸わせる乳房はママがお似合いだよ」

 すると、女は男の股間に一蹴り入れた。


 ある程度歩くと、一般人でも食べられる程の店を見つけ、女は中へと入っていく。衛生管理がしっかりとされている訳でもない。何せ、この貧民街では、まともな料理が出るだけでも上出来なのだ。

 昼食を取ると、女は店主の男に質問する。

「ねぇ、この辺に人狼が出たってのは本当かい?」

「…あぁ、遠吠えを聞いた」

「それはいつだい?」

「昨日の夜さ」

「ふぅん、その人狼とやらは、人間の時の姿は分かっていないのかい?」

「さぁねぇ、そんな事知ったって、ここに人外対策部は来ない」

「そうだね」

「それどころか、世の中じゃ最近、獣人ってのも現れたらしいじゃないか、少数と聞いたが、人外じゃなくてそいつらなんじゃねえか?」

「それはどうだろうね、こんな貧民街に希少な獣人さんは現れないさ、多分」

「あんたは、何故そんなことを聞くんだ?」

「仕事でね」

「女が家事や体売る以外の仕事とは、中々珍しいな、どんな仕事だい?」

「何でも屋だけど、人外ハンターもやってるよ」

「つまりは、人外を駆除しに来た訳だ」

「大正解」

「通りで、物騒なもんを持ってるよ」

 店主は、女が装備しているナイフを見ていた。

「これはさっきね、面倒くさい男がプレゼントしてくれたのさ」

「そうかい、いざとなったら俺を脅す気か?」

「まさか、何ならプレゼントしてやりたいくらいさ、こんな汚いナイフ、俺には要らないね」

「この貧民街じゃ、何でも貴重だ。持っておいて損はないさ」

「優しいんだねぇ?」

「なぁに、この貧民街じゃ基礎中の基礎だ、知っていて当たり前のことを話しただけだわな」

「じゃあ、礼に金以外にも一つ、私からも情報を出しておこう」

 女は食事代を払いながら、店主に言う。

「今日は、店を閉めたら家に居た方が良い」

「それは何故だい?」

「お腹の空いた狼さんが、店から漂う良い匂いに釣られてやってくるからさ」


 貧民街に灯りは無い。あるのは、夜空から地上を照らす月明かりのみ。

 人々は消え、怪しい者以外、夜は出歩かない。

 貧民街で夜に出歩くということは、自殺と同じである。女が食事をした店に、男が一人立っている。

「あぁ、クソ。まさかこんな時に忘れ物とはなぁ」

 男は、店のキッチンに置かれたままのシンナーを手に取ると、ポケットに仕舞った。

「酒なんて贅沢なもんはねえからな、夜はこいつよ」

 男は、キッチンから出ると、確かに聞いた。

 狼の遠吠え、この辺りに狼なんてものは居ない。しかし、確かに男は聞いた。

 ふと、昼に女に忠告されたことを思い出す。

「今日は、店を閉めたら家に居た方が良い。お腹の空いた狼さんが、店から漂う良い匂いに釣られてやってくるからさ」

 呼吸が荒くなる。足が震える。恐怖で顔が青ざめていく。遠吠えは近い。何かが走ってくる音が聞こえる。

 男は怯えた叫び声を上げた。


「…まさかほんとに当たるとはねぇ、だから言ってやったのに、今日は家に居た方が良いと」

 人が溢れる店の前を立ち去ると、女は当てもなく歩き始める。

「さて、どうしたもんかねぇ、夜に巡回しても良いのだが…恐らくありゃ集団だな」

 女はある程度の目星を付けていた。

「被害がバラバラすぎる。昨晩の人狼による被害は、全部で三つ。一夜にやるにしちゃ数が多い」

 今日は、自身の得物であるサーベルを装備していた。

「人外の行動なんて予測不能だから、殺戮を好むケースも多い分、このようなこともあり得る。しかし、ねぇ?時刻まで一緒とは、ねぇ?」

 女は貧民街を歩きながら、たまに人に話しかけては情報を集める。すると、興味深い話が出てきた。

「少年?」

 老人は、話を続ける。

「あぁ、夜にな。小さな帽子を被った男の子が、ここを走っていったんじゃ」

「それはどこへ?」

「あっちじゃ」

「ふむ…その少年に見覚えは?」

「はて…儂は知らん奴じゃったな、この近くにペドフィリアのやつが居たはずじゃ。ハーマンと言ったかな、探してみると良い。そいつなら少年のことも知ってるじゃろう」

「良い情報をありがとう。これは礼だ、1日くらいなら暮らせるだろう」

 女は金を老人に渡すと、その場を去った。


 夕方頃、路地の奥、人気のないそこに、ハーマンは居た。

「君が、ハーマン?」

「あぁ?何で俺になんか用か?生憎、成長した女には興味がねえんだ」

「あぁ、安心してくれ、俺もお前みたいな気色悪いやつに興味は無い」

「へっ、喧嘩売ってるつもりかい?だが生憎効かないね。その手のことは聞き慣れたし、自分が何をして何を好んでいるかも否定はしないさ。殺されても文句は言えない」

「殺しはしないさ、こんな貧民街だ、何がどんなやつであろうと、知ったこっちゃないね」

「じゃあ何が目的だ?物騒なもんを持ってる人よ」

「最近、夜に出歩いては貧民街を走っている、帽子を被った少年を知らないかい?」

 ハーマンは、顔を上にあげると、数秒後に答える。

「そいつぁ、チャムラのやつだな。丁度食べ頃の、良いやつさ」

「そいつが何処に居るか、知っているかい?」

「そいつなら、ここから北に行ったところに、孤児の集まりがある。そこに居るだろうよ、夜は貧民街を走り回ってるから知らんが」

「なるほどね、良い情報をありがとう」

「礼に、手頃な子供をくれねぇかい?」

「俺の趣味じゃないから、そんなやつは居ないね。ほらよ、こんなけ金があれば子供一人、奴隷商人から買えるだろう。好きな使いな、それが俺からの礼だ」

 すると、女はハーマンが教えた孤児の集まりがある場所へと、歩き出した。


 貧民街には、恐怖の夜がやってきた。

 月明かりが照らす夜。女は孤児の集まりがある場所まで、情報を道行く人あと少しのところに来ていた。すると、

「わっ!」

 角から飛び出してきた少年が、女にぶつかった。

「すみません!すみません!」

 何度も謝ってくる少年に、女は問う。

「あんた、最近ここら辺を走り回ってる。狼少年チャムラくんじゃないかい?」

「…!…僕は狼少年なんかじゃない!」

「ならなんで、こんな物騒な夜に走り回ってるのさ」

「…このさきに、孤児が集まってる場所があるのは…知ってるよな」

「あぁ、あんたがそこに居ると聞いて来たんだ」

「僕を探しに?」

「いいから、話の続きをしてくれ」

 女は建物の壁に背を預けると、少年の話を聞いた。

「最近、人狼がこの辺に現れるだろ?そいつら、無防備なやつを集中的に狙うんだ」

「なるほどねぇ、で?」

「僕は…まだ幼いあいつらが襲われないように、ここら辺を走り回って、囮になってるんだ」

「ふーん、君が囮になることで、人狼も君に集中すると」

「そう」

「なるほどねぇ、大体分かった。なら、人狼の正体は知らないかい?」

 女は本題に入る。

「…一匹だけ…人狼になる瞬間を見たんだ」

 少年は、恐れるように、ゆっくりと語る。

「ここら辺じゃさ…子供達を襲うから、有名で怖がられててさ…気持ち悪い…ハーマンって男が」

 その瞬間、少年の後ろに、人狼が現れる。

「右に飛びな」

 そう言うと、サーベルを引き抜く。

 少年は咄嗟に、言われた通り右に飛ぶと、地面に倒れ込んだ時には、人狼の頭はパックリとサーベルによって両断されていた。

 狼の遠吠えが、辺りに響く。今日も、恐怖の夜が来た。

 一瞬で、辺りに人狼が、一、ニ、三匹。いや、それよりも多い数が、二人を囲んでいた。

「想像以上に多いねぇ?少年、走りな!」

 そう言うと、二人で貧民街を駆け出す。走っているうちに、ハーマンが居たところに戻ってくる。そこには、無惨にも喰われ、食われた首枷を付けた少女と思しき者が、地面に横たわっていた。

 「最悪だ!」

 少年はそう嘆く。

「最悪なのは今の状況だろう、奴隷の子だ、生きてたってろくな目に遭わないさ」

「あんたに、人の心は無いのか!?」

「無いねぇ、生憎と持ち合わせてない」

 二人は人狼達に追われながら、夜の貧民街を走り回る。

「そうだねぇ、このまま終われ続けてもジリ貧だ。君、囮は得意なんだろう?なら、今から指示するルートで、とある場所まで走ってくれないかな?」

「…倒す方法があるのか?」

「俺は人外ハンターだ、安心しろ」

「…分かった」

 そう答えると、女はすぐにその場から身を隠し、上手く撒く。少年は、指示通りのルートで貧民街を走る。

 時間にして10分、少年の体力にも限界が来たところで、やっと目的の場所へと着く。

 人狼は六体。少年の後ろから追いかけている。

 目的の場所は、廃ビルに囲まれた場所。貧民街の中でも有名な廃墟群だ。

 ある小さな崩壊寸前のビルを通り過ぎた時、少年は躓いてしまった。

「あっ!」

 地面に倒れる。体を起こし後ろを見ると、そこには残り数メートルに差し掛かろうとしていた人狼達が、少年に向かってきていた。

 その時、崩壊寸前のビルが爆発する。

 それと同時に崩壊したビルは、人狼達を下敷きにするように倒れた。

 砂埃と風圧に、顔を片手で覆う。砂埃が収まると、目の前には女が立っていた。

「中々、綺麗に決まったねぇ?」


 結局、女は名前を名乗らずに、少年の元を去った。

 それ以降、人狼型人外による被害は収まり、少し後に何体かの人外が発生したが、恐らくその女が殺したのだろう。被害は、そこまで大きくはなかった。

 今、あの人は何をしているだろうか。でも、僕にはあの人を追うことはできない。この子達の為に、僕は、この貧民街で戦わなくちゃいけないんだ。

 きっとあの人も、人の心は無くても、今もどこかで戦っている。

 あとがき

 どうも、焼きだるまです。

 知らぬが仏という言葉がありますけど、死んだ後に答え合わせとかはしてほしいですよねー。

 人生の答え合わせ!みたいなもん用意されてないかなー…ないよなぁ。また次回、お会いしましょう

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