第二十話 霧
この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい
晴れ渡る空。男は、砂浜に座っていた。
海から流れる自然のオーケストラは、人々を魅了する。まだ、春が始まって少し肌寒さが残る季節。
男は立ち上がると、砂浜をゆっくりと歩き出した。
人外対策部の玄関には、受付に何やら書類を渡していた女性オペレーターが居た。
「おかえり」
女性オペレーターが声をかける。
「ただいま」
男は、いつものように答える。
「ちゃんと昼飯は取ったのか?」
「いや、砂浜でぼーっとしてた」
「またか、ここの砂浜はお気に入りか?」
「東京と違って、こっちは自然が豊かだ」
「忘れるなよ、私達は人外事件の応援に来たのだからな」
「はいはい、分かってますよ梨花さん」
梨花と呼ばれたオペレーターは、男を少し睨む。
「わざとだろ」
「可愛いと思いますけどね、その名前」
「私のその名前を呼んでも良いのは、生涯で一人だけだ」
「おっ俺に気でもあるんですか?」
「口には気を付けろ、あと未亡人にあまりそういうことは言うな」
「寂しいかもしれないじゃん」
「寂しいさ…」
数秒、沈黙があると男は、
「…悪かったですよ。んで、あの人外事件について進捗はありましたか?」
「いや?さっぱり分からない。未だ居場所を突き止められていない」
「ここに来て3週間、そろそろ東京に戻らなきゃいけないんだけどね…」
「そうだな…それまでに解決したいな」
二人がここへ来たのは3週間前。人外事件が頻繁に発生し、特徴が似ていることと被害から同一の人外であろうと結論付けたが、未だ、その人外を見つけられずに居た。
岩手の公安から応援要請が来た為、上からの指示で、二人は岩手へと向かった。
西米健、エリートオペレーターからエリート隊員へとなった珍しい隊員であった。綽名はタピオカ。西米という言葉は中国語で、タピオカという意味があることからその綽名が付けられた。本人はあまり、タピオカは好きではない。
羽田梨花、エリート隊員からエリートオペレーターへとなった珍しいオペレーターであった。過去に厄災と承認されていてもおかしくはなかった人外事件を解決した、頭の切れる人間だ。
「しかし何故、東京から態々呼んだんですかね?」
「どうやら、丁度必要な仕事が他にもあったらしくてな、そのついでという訳だ」
「俺は知らされてませんけど」
「オペレーターの仕事だからな、隊員であるお前には関係ない」
「教えてくれたって良いじゃないですか、俺だって元エリートオペレーターですよ」
「教えたら私の仕事は、半分にでも減るのか?」
「いいえ」
「減ってくれ」
羽田は溜息を吐くと、「さっさと仕事に戻れ」と手をヒラヒラさせていた。
仕方がないので西米は例の人外事件を、調べる為町へ出た。
今、宮古市内で起きている一家連続人外事件は、市民に恐怖を与えていた。
何の前触れもなく、家の中で人外事件が発生し、家の住民は皆殺され、人外は何処かへと消えている。
殺害された住民は皆、頭が破裂したような姿に体の一部を捕食された姿で発見されていることから、同じ人外による犯行として調査を進めていたが、未だ特定に至らない。
西米は、町を巡回しながら、事件の調査をしていた。
「この焼き鳥美味いな」
そのはずだ。
同時刻、羽田はこの人外事件の共通点を、資料から探していた。
「民家を襲撃している以外、特に目立った共通点は無し。家族関係や友人関係なども探ったが、目立った共通点は無し…場所も市内バラバラ…どうしたものか…」
頭を抱えながら考えていると、西米から通信が入る。
「梨花さん、ここの焼き鳥美味いっすよ」
「それは昼飯の時に食え、何故今食べる」
「これも調査の内っすよ」
咀嚼音が、通信機から聴こえる。耳を塞ぎたくなるが、一応進捗を聞く。
「それで?何かあったのか?」
「焼き鳥屋の店主曰く、昨日の夜の人外事件が起きる数分前、霧が町に出ていたそうですよ」
「霧…?そんな報告今までには無かったぞ」
「えぇ、店主も何だろうと思ったらしいすけど、その霧、すぐに無くなったらしいですよ」
「他に情報は?」
「無いですねー」
「分かった。こちらでも霧についての情報を集める」
「頼みます」
最近、その人外の影響か、人外事件が多発している。早く対処しなければ、被害は更に酷くなる。
午後8時、その日も霧以外に情報は得られず、仕事を終えると、羽田はホテルへと向かう。
部屋に入ると、服も着替えずにベッドに倒れ込む。
「寂しい…さ…」
枕に顔を埋める羽田は、どうやら昼の会話が効いていたらしい。
事故で夫を亡くし、隊員となった娘は人外によって無惨な死を遂げた。
羽田の心は、疲れ切っていた。
10秒程、顔を埋めていると、今度は仰向けになり天井を見つめる。
スーツを脱ぎ、シャツのボタンを外す。下着を脱いで裸となるが、体は中々風呂場へと行ってくれない。
ベッドの上で、羽田はぼーっとしていた。
「町に…霧………ダメだ…頭がぼーっとする。部屋に霧でもあるように、視界がぼやける」
その時、羽田の泊まっている部屋がある三階は、霧に包まれていた。
夜の午後8時20分頃、西米は羽田に報告しに、ホテルへと向かっていた。
ホテルに入ると、異様な光景に西米は気付く。
「…遅かったか」
従業員の頭は破裂しており、生存者は居ない。
「今まで民家だけを狙っていたくせに…予測できないな」
すると、西米はエレベーターに乗り込み、三階へと向かう。
扉が開くと、そこは霧の世界であった。
「何も見えない…」
西米は、西米専用の武器である、王の槍(上下に深紫色をした大きな角、もしくはドリル型のようで中央に持ち手となる棒部分がある)を構えると、ゆっくりと歩き出す。
「…眠い…この霧のせいか?」
すると、西米は王の槍を前方に回転させ、自身の周りの霧を払い除ける。
しかし、羽田の居る部屋の前だけが、晴れなかった。
「そこか」
すると、西米は王の槍を構わず回転させながら前方へと投擲した。
ブーメランのように飛ぶ王の槍は、霧を切り裂く。
それは、霧に隠れていた人外の背中部分へと命中する。
「命中」
しかし、人外は部屋へと入っていく。
「まずい!羽田さん!逃げて下さい!」
大声で叫びながら、部屋へと向かうが羽田の声は返ってこない。
「クソっ!」
ブーメランのように戻ってきた王の槍を持ち、部屋へと突入する。
そこには、紫色をした体表に、パイプのような器官を幾つも待つ人外が居た。
体は大きく、人の形というよりは、得体の知れない怪物と表現するに相応しいであろう。
腕はパイプのような細い触手となっており、それは、ベッドで寝ていた羽田の耳へと向かっていた。
「やめろ!」
西米は、王の槍を人外の前頭葉目掛けて刺そうとするが、パイプのような器官から放たれた、霧のようなガスに押し出される。
触手のような腕は、羽田の耳の穴にあと数センチのところまで来ていた。
西米は咄嗟に、オートマチック式の拳銃で、触手のやうな腕を撃つ。
細いそれは、銃弾によって簡単に切断された。
「どうせ、それを挿し込まれたら、その部分から爆発でもするんだろ?そんなことはさせない」
そう言いながらも、自信の撃った銃弾が、もし羽田に当たっていればと思うと、少しだけ汗が流れる。
すると、人外も遂に無視できなくなったか、西米へと攻撃を開始する。
部屋は霧に満たされており、それは西米の体にも悪影響を与えていた。
「…クソ…体が…動かない…!」
人外は、大きな口を開け、生きたまま西米を捕食しようとする。しかし、ここでやられる西米ではなかった。
何とか体を動かし、鈍い人外を避けながら部屋の窓を全開した。
すると、部屋に充満していた霧は外へと流れる。自ずと、西米の体も多少は動くようになる。
人外も何かを察して、部屋から出ようとするがもう遅い。
「逃すか!」
西米は王の槍を、まだ本調子ではない体で、精一杯前頭葉であろう部位へ目掛けて振るった。
人外は活動を停止。霧の放出も止まり、羽田も目を覚ます。
「…西米か?」
「…取り敢えず、服着て下さいね?」
人外事件は解決した。西米の調査により、霧の範囲は狭く、移動していることが分かった為。羽田にその事を伝えようと向かった時であった。三階の羽田から後の部屋の客は無事で、三階より上の客も無事であった。
その後、後処理が終わると、二人は別のホテルに向かった。
「霧を放出し、霧に溶け込む人外か…中々に特殊な人外だな…」
「代わりに、かなり動きが鈍かった。正体が分かっていれば、すぐに倒せただろうね」
「あぁ、解決できてよかったよ。それと、ありがとう。お前が居なかったら、私は死んでいた」
「お!じゃあ飲みに行きましょうよ!羽田さんの奢りで!」
「そういう時だけは上の名前で呼ぶんだな、お前」
「相手の機嫌は良くしておかないと、成功しませんから」
「だが残念だ、私は仕事で疲れたので寝る。お前も早く、自分の部屋に戻って寝たまえ」
「人外が来ちゃうかもしれませんよ?」
「女の泊まっている部屋に堂々と入っている獣なら、既にここに居るから安心してくれ」
「失敬な、襲う気なんてありませんよ」
「だと良いが。そういえば、お前嫁は居ないのか?」
「居ないね」
「付き合おうと思ったことは?」
「あったけど、やめた」
「何故?」
「もし上手く行った時、この仕事で俺が死んだら、きっと悲しむ。そんな顔はさせたくない…でも、本当なら付き合いたかった…あいつにもその姿を見せてやりたかった…」
「…そうか、悪かったな」
西米は過去を思い出し、溜息を吐いていた。
「…慰めをしてやっても良いかと…思ってしまったのだが、生憎そんなつもりにはなれないな、私にはできない」
「要らないよ、未亡人なんでしょ?」
「君は容赦が無いな。もっと、他人の気持ちを考えたまえ」
「考えるのが怖いよ」
「…そうだな。安心しろ、明日は私の奢りで何でも食わしてやるさ」
「言いましたね?」
「あぁ」
「後悔しちゃダメですよ?」
「本当に容赦が無いんだな、君は」
二人は翌日、一日中岩手を楽しんだ。そして、その次の日には早くも東京へと帰った。
新幹線の中で、お土産に何を買ったかなど、他愛のない話をしていた。
決して、付き合うことはない。体の関係も持たない。だが、少しだけ話をしていて、楽しいと思えたのは事実であった。
西米は、いつかの親友の言葉を思い出していた。
「僕にはこのくらいで、丁度良いよ」
窓の向こう側を見ながら、そう呟いた西米に、何か言ったか?と言う羽田へ、西米は何でもないと答えた。
羽田にとっても、西米は心の支えとなっていた。
あとがき
どうも、焼きだるまです。
遂に第二十話です。このまま三桁目指して書き続けましょう!では、また次回お会いしましょう。




