第十七話 狂気の素質
この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい
「いぇーい!みんな見てるぅ〜?」
黄色のパーカーに、黒のズボンを履いた若い配信者の男が、人外の前に居る。
「危険ですから離れて下さい!」
警察官にそう言われた男は、舌打ちをすると逃げるようにその場から去った。
「今日もすっげー沢山の人に見てもらえたぞ!投げ銭も大量だ!アッハハハハ!」
家に帰った配信者は、自信が配信した内容がウケたことで、テンションが異常に上がっていた。
金崎光秀(20)、配信で金が稼げると知ってから家を出て、毎日配信や実況動画で金を稼いでいた。
しかし、最近は低迷期に陥り、金も底を尽きようとしていた。
そんな時であった。町を歩いていた光秀は、たまたま人外が発生した現場に居合わせた。
咄嗟にカメラを向け、その状況をライブ配信すると、視聴者は今までとは比べ物にならないほどに爆増した。
その時の快感は、既に配信をし続ける日常に狂っていた光秀を、更に狂わせた。
「自分の配信を見てくれる人が居る。世界中の人が、僕の動画を見てくれている」
フフッフフフフフッ!と不気味な笑いを溢すと、男のSNSに一通のメッセージが届く。
「あなたに、ある物を渡したい。下に書いてある場所へ明日の夜11時に来てくれ」
メッセージの下には地図が載せられており、港にある倉庫の横に赤の印が付けられていた。
「何これ、すっげー面白そうじゃん」
危険だから行かないなんて常識は、人外が目の前に現れ、カメラを向け続けたあの時に消えていた。
翌日、指定された時刻に光秀は現れた。
そこに、黒いフードを被った人物が光秀の前から現れる。
「やあ、待っていたよ。光秀」
低い声の男が、光秀の名前を呼ぶ。
着ているもの全てが黒く、フードを深く被っておりその顔は見えない。
「渡したい物って何?」
光秀は怯えもせず堂々とそう聞くと、男はポケットから針が太めの注射器を取り出す。
誰もが薬物であると分かるそれを、光秀へと渡す。
「それは、使った対象を 人外化 させる注射器だ」
光秀は驚く。人外を人為的に生み出すことが可能なのか?しかし、疑問よりも先に好奇心の方が勝った。
光秀はそれを受け取ると、不気味な笑みを浮かべる。
「どこに刺しても良いのか?」
「あぁ、どこに刺してもすぐに人外化する」
「いくらだ?」
「一本1万ならどうだ?」
「良いぜ」
そう言うと、財布から一万円札を2枚出すと、
「まだあるんだろ?2本買うよ」
「あぁ、分かった」
男は言う通り2本を渡し、2万円を受け取った。
「分かっていると思うが、この事は配信や動画には流すな」
「分かっているさ、俺達だけの秘密だからな」
そう言うと、光秀は不気味な笑みを浮かべたまま、その場を去る。
黒のフードの男は、気付けば居なくなっていた。
家に帰ると、男の笑みは更に倍増する。それは不気味を通り越して、もはや狂気と呼べるものであった。
「フハハッ!アッハッハッハッハッハッハッハッハ!」
顔を上げながら笑い出した男は、一頻り笑うと男は顔を下ろし、
「これがあれば、もっと人外配信ができる!そうすれば視聴者はどんどん増える!」
人としての理性を失った男は、もはや人外と呼んでもおかしくはなかった。
「昨日はすぐに警官に邪魔されたが、今日は大丈夫だ。人の来ない港のとある倉庫に、俺のダチの彼女を呼んでおいた」
男は配信の準備をしている。
「フフフッ!しかし、バカだよなぁ。彼氏が君に見せたいものがあるんだって言うから君を呼んでくれって言われたんだ、と言ったらこいつ素直にこんなところに来やがった…フフフッ…一度こいつをこうしてやりたかったんだぁ…」
配信の準備が終わると、男はボタンを押さず、彼女の元へと向かった。
「起きろぉ!」
彼女の右頬を叩くと、誰もが振り向くほどの美しく可愛いその顔の右頬は赤くなる。そして、彼女は目を覚ます。
「痛っ…何!?」
状況が理解できない彼女は立ち上がろうとすると、手と足を柱に縄で縛り付けられ動けないことに気付く。
「えっ…何これ!?」
「よぉ、バカ女」
男は、上から見下すように話しかける。
「光秀くん…?綾人は…?綾人はどこ?」
怯え、絶望するような顔で彼女は聞いてくる。そんなこと聞いても、分かっているだろうに。
「綾人はここには居ないよ、だって嘘なんだもん」
「なんで!?なんで私にこんなことするの!?」
目の光は消えており、今から自分が何をされるのかを想像するだけで、震え上がるかのように彼女は光秀を見ながら聞いていた。
「昔さぁ、俺お前のこと好きだったんだよね…」
「なら、なんでこんなことをするの?…こんなことしても意味なんて…」
「なんであいつを選んだの…?」
「選んだって…あなたは私に告白だってしたこと…」
「なんでだって聞いてんだけど!?あいつのどこが良いんだよクソ女!?」
既に光秀は狂い切っている。後のことなど、考えてはいなかった。
涙ぐみながら、彼女は答える。
「綾人は…優しいし…あなたみたいにこんな酷いことはしない!」
「あぁ、そう」
そう言うと、光秀はナイフを取り出した。
彼女の顔が更に青ざめる。
「何を…するの…?ねぇ…お願い…死にたくないよ…ねぇ…?…何をしたら許してくれるの…?…答えてよ…光秀の言うこと聞けばいいの…?…ねぇ!答えてよ!」
呼吸が荒くなる。自身の目の前に迫る死を、まだ高校生である彼女は受け入れられない。
必死に懇願する。何を犠牲にすれば良いのか問う。体だって犠牲にしたって良いと、今この場で死なないことだけを考えて、考え得る全てを聞くが光秀の歩みは止まらない。
「やだ…」
涙は彼女の美しい顔を濡らした。
恐怖で失禁する彼女に、光秀はナイフを大きく振りかぶる。
それは、彼女の足を裂いた。
「イタアアアアアイ!!!ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダァァァァッ!!!!!!」
暴れる彼女の手足を、ナイフで的確に裂いていく。
遂に、自分だけでは動けなくなった彼女の手足の縄を解く。
10分ほど経った後、光秀は注射器を取り出す。彼女は、小さくなった声で助けを求めている。
「…痛い……痛いよ……助けて…お願い…」
動けない彼女の腕に、光秀は注射を刺す。
「ッ……ーー……」
注射が終わると、光秀は少しだけ距離を取り、カメラを持つ。
すると、彼女の体が変形し出す。あの男が言っていた通り、彼女はすぐに人外へとなる。赤黒い体表に亀裂と角。苦しみに喘ぎながら、彼女の体は徐々に人外の姿となった。
ボタンを押す。
「皆さん、見て下さい!」
荒い呼吸のまま、光秀は配信をする。
「倉庫の中で、人外が発生しました!…ほら、そこの血!俺の服に付いてる血も!全てあの人外が!俺の目の前でやったんです…!」
人外との距離は、僅か8メートル。
周りには誰もおらず、ましてや通報などもしていない。
そんな彼が辿る結末はただ一つ、
人外は、彼の腹を爪で突き刺した。
午後10時50分頃、港にて人外事件が発生した。
人外対策部は、隊員である田中三輝斗と、新人隊員である吉沢綾人を現場へと向かわせた。
「通報によると、ライブ配信に人外が現れたらしく、配信者が一名死亡しているとのことだ」
オペレーターの報告を聞くと、三輝斗は車を運転しながら言う。
「ライブ配信すか、最近流行ってる人外配信の配信者が遂に死んだんすかね?」
「…」
綾人は、それには喋らなかった。
「なんだ?彼女さんと連絡が取れないからってまだ心配してんのか?嫌われたか?(笑) 美人さんだし、どうせ誰かと浮気でもして」
「彼女はそんなことしない!」
「おっと、それはすまねえ」
「仕事に集中しろ、もうすぐ発生したと思われる場所に着くぞ」
オペレーターがそう言うと、三輝斗は「へーい」と気の抜けた返事をすると、すぐに車は港へと着く。
周辺の避難は完了しており、銃の発砲が許可されていた。二人は自身の拳銃を取り出すと、港を走り出す。
7番目の倉庫に差し掛かった時、その倉庫の中から何か消魂しい音が鳴り響く。
二人は中へと突入すると、倉庫の中で暴れる人外を発見する。
中央には無残な姿の死体があり、カメラを持っていることから恐らく配信者なのだろう。
「…!」
綾人はその男を見るや否や、信じられないといった顔で、一筋の汗を流す。
「オペレーター!」
三輝斗がそう叫ぶと、オペレーターは発砲よし、と言い二人は拳銃を構える。
すると、人外は二人に向かって接近を始める。
二人は迷わず、拳銃を撃つが人外はそれを避けながら接近し、三輝斗を倉庫の外へと蹴飛ばした。
「三輝斗!」
すぐに拳銃を人外へと向ける。すると、人外は綾人の方を向く。しかし、人外は綾人を攻撃しない。
何かを待っているように、ただそこに立っていた。
そして人外は喋る。
「助…ケテ」
女性の声と分かる程度であったが、既に元がどんな声であったのかは分からないほどであった。
「すまないが、君を助ける事はできない」
そう言うと綾人は、素早く拳銃を人外の前頭葉目掛けて撃った。
倉庫を出ると、幸い三輝斗は体を地面に打ち付けただけで、骨折などもしていなかった。
すぐに処理班を要請し、二人は一度公安へと戻るのであった。
司法解剖の結果、人外は奏多 日奈美であると確定し、人外の体内に残されていた人の名残りである器官には体液が残っており、それが近くにあった死体のものであると判明した。
配信の内容やスマホの内容、注射器があるのに薬物の使用が検知されなかったこと、現場の状況や死体が一つしか無かったことを考えると、公安は何か人為的なものが裏で働いているのではないか?として、調査を進めることとなる。
綾人がそのことを知るのは、事件から翌日のことであった。
あとがき
どうも、焼きだるまです。
小説って、書いてると時間を忘れますよね。私も夕方頃に書き始めたらもう夜になっちゃってる。短編でも、書き始めたらすぐに時間が過ぎちゃうんですよねー。
本日から、投稿時間が午前12時に固定となりましたので、次回も午前12時の投稿となります!
楽しみにお待ち下さい!ではまた次回、お会いしましょう。