第十二話 友達
この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい
猫が一匹「にゃーん」と鳴く。
子猫も続けて「みー」と鳴く
それに続けて、周りの猫も鳴き出す。
夜の河川敷、猫の声は辺りによく響いていた。
木霊する鳴き声は、猫が周りに何匹居るのか分からなくさせる。
「猫の数は何匹だい?」
――河川敷に膨よかな男が一人、ぽかぽか陽気な昼の太陽に照らされながら座っていた。
見つめる先は川の向こう側。ただぼーっとして、何をするでもなくそこに座り続けている。すると、グレーの猫が一匹その男に近付く。
「にゃー」
男に向かって鳴くその猫は、何かを求めている。男は構う素振りも見せず、川の向こう側を見つめている。
すると今度は、膝の横に丸くなると尻尾で男を叩きつける。
「なんだ?お前にあげるものは無いよ」
そう言いながらも、無意識にズボンのポケットに手を入れると何かを探し出す。中から出てきたのは、男が朝に食べた食パンの残りカスである。
男はそれを猫に食べさせる。美味しそうに食べる猫を見ると、微笑んだ彼はくしゃみを一つ。
「お前はよく俺のとこに来るけどさ、俺は猫アレルギーなんだよ?」
そう言いながらも食パンの残りカスをポケットに入れていた男は、残りのパンを全て与えるとまた、川の向こう側を見つめる。
「こんな日が、いつまでも続くといいな」
――寒かったあの3月が終わろうとしていた頃、冬の寒さが少しずつ春の暖かさに変わっていく。
青いジャケットを来ている男は、青年と呼べるほどまだ若く膨よかな姿をしている。髪の毛は黒色で数センチほどに短く、黒縁の眼鏡をかけていた。
家に帰ると、また猫に餌でもあげてきたのかい?と母親が聞く。男はこう答える、
「俺の友人がパンを寄越せとうるさいんだ」
「野良猫に餌なんて与えるんじゃないよ」
そう言う母親だが、家には元野良猫である膨よかなポン太郎が居る。
母親が仕事帰りに弱っているところを見つけ、その時はペットが禁止のマンションだったので暫くは餌付けをして段ボールなどで安全な場所を提供していた。
その後、ポン太郎の為にペットが飼える小さな一軒家に引っ越したのだ。
「親の顔が見てみたいね」
そう言うと、自分の部屋へと戻る。男の部屋はシンプルで、特に散らかっている訳でもなく、本棚には流行りの漫画などが置いてあった。
今日は休日。男も仕事なんて気にせずに、休日を過ごしている。漫画を読んだり動画を見たり、気付けば辺りには夜の帳が下りていた。夕食まではまだ時間があった。
何となく、家を出ると河川敷へと向かう。本当に何となくであった。その時、スマホから不快な音が鳴り響く。スマホを開くとメールが届いている。
「人外が発生しました。メールが届いた方は、指定の場所まで避難して下さい」
メールを開くと、下にスクロールする。すると、人外が発生したのは河川敷らしい。
「…今日は休みなんだけどな」
ジャケットから、常備していた人外用のナイフを取り出すと、窓から飛び出し、避難ではなく人外の発生した河川敷へと向かう。スマホからは、母親からのメッセージや電話が鳴り止まない。
「ごめん、友達が助けを求めてる」
そう呟くと、スマホの電源を切る。
河川敷は、焼け焦げたような臭いに溢れていた。実際、焼け跡が辺りに散らばっており、昼に見た穏やかな光景は見る影もない。
河川敷を進むと、先程よりも周りの状況は酷くなっている。
目線の先、炎に包まれたその中心に、それは居た。体表は黒く亀裂も確認でき、角は二つトナカイのように複雑になっていた。
覚醒しているそれは、男を見ると周囲に爆炎を放つ。ナイフ一本、明らかに不利な状況だが、男は怯むことなく人外に向かって突撃する。
男の階級は普通級。覚醒した人外相手にナイフ一本は明らかに不利が過ぎる。
人外が右腕を前に出すと、その腕から火炎放射が放たれる。男はそれを人外を中心に半時計回りに、火炎放に追いかけられるように動く。
そのまま――人外へと近付くと、火炎放射を放つ人外の右腕目掛けてナイフを振るう。しかし、人外は火炎放射を止めると後ろへ跳びナイフを躱す。
ナイフが外れると、男はこのままでは人外対策部の隊員が来るまで待たないと判断し、逃走する。
人外は男を追いかける。走る先、男は河川敷の側にあった、まだ骨組みの建物がある建設現場へと入っていく。人外も後を追いかけ、中へと入っていく。
鉄骨や鉄パイプに囲まれているそこは、ある程度の広さがあり、人外と戦うには良いがそれならば河川敷でも十分である。
何か策があるような顔をした男は、もう一度人外へ向かって突撃する。人外は変わらず爆炎や火炎放射で対抗する。
男は先程と違い、無理に人外へと攻撃はせず、人外の攻撃を躱しながら建設現場を走り回る。
人外の炎は辺りの鉄骨を溶かしてしまうほどに高温で、すぐに辺り一面炎の海と化す。辺りが炎に囲まれ、逃げ場の無くなった男は空を見上げるように笑うと、人外を見つめる。
「お前がバカみたいに高音の炎を撒き散らしてくれたからよぉ!骨組みしかないこの建物はもう、耐えられねえってさ!」
その瞬間、全体を支えていた鉄骨は焼け崩れ、轟音と共に骨組みの建物全体が崩れる。鉄骨やパイプなどが落ち、人外と男は倒壊する骨組みの建物に巻き込まれていった。
――あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。人外の居た場所は、鉄骨の山となっていた。男は幸い巻き込まれなかったが、上から落ちてきたものが当たり、地面に仰向けに倒れ込んだまま動かない。
炎は既に消えており、人外の命の鼓動が消えたかのようであった。
猫が一匹「にゃーん」と鳴く。
子猫も続けて「みー」と鳴く
それに続けて、周りの猫も鳴き出す。
夜の河川敷、猫の声は辺りによく響いていた。
木霊する鳴き声は、猫が何匹居るのか分からなくさせる。
「猫の数は何匹だい?」
返答の無い言葉を男は問いかける。誰に向けた訳でもない、ただ言ってみただけだ。
すると――意識が朦朧とし瞼を閉じる直前、確かに男の声で聞いた。
「十一匹だよ」
――目が覚めると病院に居た。母親は、目が覚めたばかりの男に説教をする。
あの後、どうやら通報を受け駆け付けた隊員によって男は発見されたらしい。恐らく、意識を失う直前に聞いた声は、その隊員の声だったのであろう。
人外は前頭葉ごと鉄骨に押し潰されたらしく、即死であったとのことだ。医者によると男は軽い脳震盪であったらしく、翌日には退院することになった。
退院した翌日、男は河川敷へと向かった。
ポケットには朝食のパンの残りカスを入れて、男はいつもの場所へ向かう。
するとそこには一人の男が座っており、あのグレーの猫と戯れていた。よく見ると、エリート隊員の証であるバッジが胸部分に付いている。
男に気付くとその隊員は言う、
「やあ、無事なようで何よりだよ。ここに座りなよ、この猫ちゃんが君を心配していて仕方がないんだ、早く安心させてやってくれ」
言われた通りに横に座ると、抱き抱えられた猫は男に手渡される。猫は鳴き、男に甘える。
「僕は西山三平、その子達の鳴き声のお陰で君を見つけれたんだ。浜谷裕次郎だったね。一人で覚醒した人外をナイフ一本で倒すとは、君のような隊員が居てくれて嬉しいよ」
笑顔でそう言った彼は、ポケットから猫用の餌を取り出すと浜谷が抱く猫へあげる。
チューブ状の餌を一心不乱に頬張る猫は、とても重く暖かかった。周りにはいつもよりも多く猫が集まっていた。
――気が付けば家の猫は二匹に増えていた。
名前はポン助。名前を考えるのが面倒くさくなったとか、決してそういう訳じゃない。
休みの日にいつもの時間に河川敷に行くと、西山はよくそこに現れては餌を与えていた。
「エリート隊員が野良猫に餌をやっている」
「しかも仕事中にな、オペレーターも黙ってくれてるんだから、お前も上に報告とかするなよ?」
「俺は仕事中は猫には構わない」
「猫の為に人外を駆除するのに?」
「友達が助けろとうるさいからだ」
河川敷には、人間の友達ができていた。西山は「仕事に戻る」と言い町の巡回に戻る。
休みであった裕次郎は、いつもの場所に座ると子猫が一匹近付いてくる。
「なんだ?お前にやる餌なんて無いぞ」
そう言いながらも右手は、無意識にズボンのポケットへと行く。取り出したのはパンの残りカスではなく、チューブ状の餌だった。
「お前はまだ小さいんだから、しっかり食べろよ」
微笑みながら言う彼は、なんだかとても気分が良さそうだ。
餌をあげ終わると、子猫は膝へと乗り丸まり出しては瞼を閉じる。すると、裕次郎はくしゃみを一つ吐き出すと、子猫はびっくりして何処かへ行ってしまった。
「つれないな」
そう言いながらも表情は微笑んだままで、川の向こうに顔を戻す。
「こんな日が、いつまでも続くといいな」
あとがき
どうも、焼きだるまです。
今回はある友人の話を思い出し、今回のお話を書いてみました。あの人は元気にしているだろうか…。また、次回お会いしましょう。