第十話 生物兵器としての運用
この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい
戦場は変わってしまった。敵を撃つはずが皆、仲間を撃っている。仲間であったものを、私は撃っている。
◇◆
――徴兵により、私は戦地へ赴くこととなった。この戦争はもう二年と続いており。未だ、終わりは見えない状況にあった。
私の初陣は、隕石落下から二六年が経った頃。戦場でも、場所を問わず人外事件は発生していた。
私が兵士となって、三年が経過した頃。生捕にされた人外を、戦争で有効活用ができないかという生物兵器と呼べる案が、あの国で出されていることが伝えられた。
最悪も最悪だ。そんなこと、許されてはならない。この戦争すら、善良な市民さえ巻き込んでいるのだ。
◇◆
隕石落下から三○年が経とうとしていたその日、戦場は地獄と化す。
戦場には――人外が溢れていた。
「エディファンス! ここはもうダメだ。この戦線に残っているのは、もう俺たちしか居ない」
そう訴えるのは私と同期であり、共に終わりの見えない戦場を生き抜いてきたユリウスであった。
「一つ前へ退避しよう。向こうが人外を投入したくせに、投入した側の兵士がやられている。こっちの兵士も全滅だ。これじゃ、ただのゾンビ映画だ!」
「ゾンビ映画よりタチが悪いぞ。そもそも、生物兵器なんかが何故導入される! そんなもので勝ったとして反感を買うだけだ」
「目の前の勝利に目が眩んでしまったお国の末路なんざ、今はどうでもいい。今は人外を減らしつつ、残せる戦線を、少しでも維持していくしかない」
そう言うと、私たちは廃墟となったビルを捨て、一つ後ろの戦線へと退く。既に市街地は、無数の人外が埋め尽くしていた。それはもはや戦争とは言えない。バイオテロと呼べる状況であった。
市街地が見える、荒野の戦線に味方の部隊を発見した。合流するや否や、衝撃の事実を知らされる。
「既に、市街地全域に人外が溢れ返っている。通常の兵器では対応ができない。向こうも、対処に困っているようだ」
「な、敵国は何をしている⁉︎ 放ったのは向こうだろ⁉︎」
私がそう言うと、部隊長は続けた。
「敵国は休戦関係を求めている。身勝手なことだ、手に負えなくなった上、本来の目的すら放棄しようとしている」
「こんなものを導入するからだ……俺たちは何をすればいい?」
ユリウスが塹壕から顔を出すと、市街地からこちらへ向かってくる人外が確認できた。
「こっちに数体、向かってきているぞ!」
大声でそう叫ぶと、部隊長は残っている兵に迎え撃てと指示を出した。銃弾の雨により人外は倒れていくが、一体だけが倒れずにこちらへと向かってくる。
「ダメだ、覚醒している! 頭に食らわせても何も起きねえ! 吸収してんのか⁉︎」
ユリウスが喚く。やれることは一つだ。塹壕から出ると、私は人外に向かって走り出す。
「エディファンス⁉︎ ダメだ、下がれ! 近付いても何もできない!」
「さぁ、やってみないと分からん! 頭がダメなら全身を吹き飛ばすまでだ!」
私は、ある程度距離を詰めるとグレネードを手に取り、ピンを外して人外へと投げつける。
そのすぐ後に、私は近くの塹壕へと飛び込む。
「吹き飛びやがれクソ野郎!」
グレネードが爆発する。人外は爆発に巻き込まれ、肉片が飛び散る。
「無茶をしやがる……!」
ユリウスがそう言いながら、私の下へと駆け付けようとする。その時、後ろから叫び声が聞こえた。
「人外だ! 人外がうちの隊に現れやがったぞ!」
銃声も聞こえた。私はすぐにユリウスに合流する。
「紛れていたのか?」
「クソ!」
ユリウスは歯を食いしばっている。すぐに二人で、先程の塹壕へと向かう。しかし、先程までそこで銃弾を浴びせていた兵士達は亡骸となっていた。弾丸を、体に吸収させている人外がそこに立っていた。
「なんてやつだ……銃弾を吸収するなんて皮膚じゃない」
ユリウスは、青冷めた顔をしている。しかし、すぐに顔色は変わる。ナイフを取り出し、互いに頷き合う。一呼吸の後に、両方向からの突撃を行う。
ユリウスが、人外のターゲットを取るように攻撃を放つ。その隙に、私は人外の頭を捉え、ユリウスの作った隙を見逃さずに、ナイフを力一杯に人外の前頭葉へと突き刺す。
呆気なく活動を停止した人外に、私たちは安心し息を一つ吐く。しかし、周りには死体の山ができていた。皆、銃を撃つだけでナイフを使わなかったのだ。
「酷い有様だ」
「エディファンス、後ろ」
ユリウスの言葉で、私は後ろへ振り返る。倒れていた兵士が、突如起き上がった。
それは立ち上がると、何事もなかったように戦線はどうなっている?と聞いてくる。……何かおかしい。そう思ったが、あまりにも遅かった。
先に動いたのはユリウスだった。私も気付いた。それは、その兵士の右足。目の良い人間が、横から見ないと気付かない程の小さな穴。
銃を取り出そうとするユリウスだが、人外は予想を反すほど成熟が早すぎた。私は咄嗟のことで、体を動かすことができなかった。
先程まで兵士であったその人外は、変形しつつあるその爪で私を切り裂こうとする。
それを――ユリウスは庇ったのだ。
まだ変形し切っていないはずの爪は、ユリウスの腹を大きく裂いた。
「がっ――!」
血が溢れる。吐血する。
我に帰るとすぐに、私は銃弾を人外に向けて放った。それは、先程まで仲間だった者だ。
戦場は変わってしまった。敵を撃つはずが皆、仲間を撃っている。仲間であったものを、私は撃っている。
活動を停止した人外を前に、ユリウスは倒れ込む。私はすぐに駆け付け、止血を試みた。しかし、出血が止まらない。止血が、間に合わない。
「エディファンス、撤退しよう……これは戦争じゃない……帰っていいんだ」
呼吸が浅くなるユリウスは、故郷に帰ろうと言う。私はそれに頷くことでしか返事を返すことができなかった。止血を続け、二○秒後。私は、ユリウスの瞼を閉じさせた。
◇◆
これは戦争ではない。既に、人外によって両国打つ手のない状況。亡骸となったユリウスを背負い、エディファンスは撤退していた。
その時、空から細長い隕石のようなものが、市街地へと落ちていく。それが、エディファンスが見た、人生最後の光景だ。
◇◆
――このままでは増えつつある人外は、人間の手には負えなくなる。そう判断した両国はミサイルの使用を決定し、戦場はミサイルによって兵士や人外と共に消滅した。
人による最悪の人外事件として、その事件は歴史に名を残し、戦争には勝利し敵国は植民地となり、敵国の指導者は処刑されるという形で幕を閉じる。
これは愚かな人間に始まり、愚かな人間によって終わった一つの戦争である。
ミサイルによって、この戦争で発生した人外が全て排除できたかは定かではない。そして、戦争によって失われた命もまた定かではない――。
あとがき
焼きだるまです。今回も少し短めで急展開なお話でしたね。そういったお話も人外という作品の一つとして、楽しんで頂けたらなぁと思います。そういえばもう二桁なんですね、次回は十一話です。是非、お楽しみ下さい。