第一話 帰ってこない
この作品は一話ごとに登場人物や時系列、舞台が変わります。それをご理解の上でお読み下さい
午後十一時 四十分。
雨の中、黒いスーツ姿の男が一人、傘も差さず仕事用の黒い手提げカバンを右手に揺らしながら、水溜まりが散らばる住宅街を走っていた。
三○代ほどであろう男の体には、街頭の灯りに照らされるたび体中に付着していた血が見え隠れする。
「俺は……違う――俺は……会わなきゃ……家族に……」
顔面蒼白のその男はまるで、これが最後なのだとでも言うように、弱々しく怯えながらそう言った。
住宅の灯りが消えた夜道に人はおらず、雨の音と男の足音だけが住宅街に響く。
男は家まであと五○メートルにあるT字路に差し掛かろうとすると、そこに佇む一人の若い、まだ子供のような人物に出会う。
中性的で、どちらなのか分からないその姿。髪は短く、童顔で身長も一四○センチに届くかどうか。公安の隊服に、黒のコートを着ていて、腰ベルトの左には片刃のナイフ、右にはオートマチック式の拳銃ともう一本のナイフが装備してあった。
少年(仮称)は、胸部分に装着してある通信機に向けこう言った。
「対象を確認、黒のスーツに、黒の手提げカバン。三○代前半で、身長は一八○センチほど。髪は黒で、血が付着している。こちらに走ってきている。額左側に亀裂を確認。爪は伸びているが、まだ完全体では無い模様。攻撃の許可を」
そう言うと少年(仮称)はおよそ二秒後、ベルトの右側から一本ナイフを左手で取り出し構える。
「人は居ないと思うけど、万が一を考えて下手に発砲はできないな、仕方がない」
その直後、少年(仮称)は走り出し男の方へ向かって行く。
「あぁぁぁっ……――‼︎」
男は怯み、後退りをする。少年(仮称)は一瞬にして近付き、手慣れた動きでナイフを喉元へ振るう。
男は咄嗟に手提げカバンを前に出しナイフを防ぐが、その隙を突き少年(仮称)は右足で男の足を蹴り体勢を崩させる。
そのまま倒れた男に、少年(仮称)は跨りナイフを今度は額に向けこう言った。
「今、楽にしてあげますからね」
微笑むかのような顔でそう言った少年(仮称)に対し、男は、
「家族が居るんだ! 頼む許してくれ――俺は何もしていない! 何もしていないんだ!」
縋り付くように男がそう言うと、少年(仮称)は振りかぶったままこう答えた。
「それは本当ですか? ――でしたら……大変ですね……?」
困ったように答える少年(仮称)に対して、怯えながらも疑問の顔をしていると、
「何もしていないとなると、他に今回の元凶が居たことになります。現場でそのような人物は、見かけましたか?」
そう言う少年(仮称)に男は、
「居ない……。居たのは俺と……お……おが……小川だけだ……!」
そう言葉を紡ぐ男に少年(仮称)は、
「なるほど、その現場で小川さんは殺され、あなたはそこから逃げたと? そういうことですね?」
「そうだ、俺じゃない! 俺じゃないんだ――」
「では、犯人は誰ですか? 見たんですよね? 目の前で小川さんが、殺される瞬間を」
「……」
言葉を紡げなくなった男を見て、安心したように少年(仮称)は、
「なんだ、やっぱりあなたじゃないですか、小川さんを殺したの。人外がこれ以上居たらめんどかったんで、助かりました」
すると直後――男は暴れ出し、手提げカバンを離した右手には、人とは思えないような鋭い爪が生えていた。
「ああアあァァァアーーー!」
暴走するかのように右手を少年(仮称)に振るう、少年(仮称)も咄嗟に回避し下がった。巨大化を始める男の右手を見て、
「流石に時間をかけすぎたかな、もう変形が始まってる…右手か…」
冷静に分析すると、ナイフを構え直す。
すると、今度は男から近付き、その悍ましく赤黒くなった右手の爪を立て、頭目掛けて攻撃を放った。
少年(仮称)は当たり前のようにそれを躱し、今度は右手でベルトの左側にあるもう一本のナイフを手に取り、それを抜刀の勢いで男のまだ変形していない右腕の上腕部に向けて切りかかった。
すると、男の腕はまるで、刀にでも斬られたかのように綺麗に切断された。
切断された前腕は一秒ほど宙を舞ったあと、濡れたアスファルトの上へと落ちた。
「アアアアァァァ右腕ガアアァァァ‼︎」
腕を切断された痛みで後ろへ倒れる男に、少年(仮称)は近付く。
「諦めてくれますか? 抵抗するだけ、余計に痛みが増えますよ」
落ち着いた口調でそう言う少年(仮称)に対し、
「……はぁ……はぁ……このすぐ先の家に……娘が……妻が居るんだ……一回で良い……会わせて……くれ――」
懇願する男に対し少年(仮称)は、
「この先ですか! それは近いですね。では――やっぱり今すぐ殺さなくてはダメですね」
直後――人外の頭部にはナイフによる斬撃が入り、周辺には雨に混じり、数秒間血の雨が降り注いだ。
「対象の死亡を確認、処理班を要請します」
「相変わらず慈悲が無いなぁ……瑠花は……女らしくない」
通信先のオペレーターは、参ったようにそう呟いた。
「何か言った?」
「いえ! 処理班ですね! すぐに向かわせます!」
「これでも女の子で、優しさもあると思うんだけど?」
「いやー! 流石! 痛みが少ないよう一瞬で仕留めれる急所を狙うなんて! あー! なんて優しいんだ! これで相手の心をもっと理解して寄り添えたら――」
「だといって行かせちゃまずいでしょ。多分、家族殺すよ? あれは……。そろそろ帰らせてもらうよ、このままじゃ風邪を引きそうだ」
瑠花と呼ばれた女は、男の遺体の前でそんな会話をしていた……。
◇◆
――五○メートル離れた民家。午後十一時四十五分頃、まだ幼い少女が言った。
「パパ、帰り遅いね? どうしちゃったんだろう……」
「きっと仕事が長引いてるのよ。今日は遅いから、もう寝なさい」
「……今日はメイの誕生日なのに……」
そう言うと、少女は悲しそうに自身の部屋へと戻った――
◇◆
翌日――
豊沢のスーツに付着していた血と、被害者の血が同じであり。現場には、被害者の会社員小川俊彦と、人外と確定した豊沢輝之だけしか居なかったことから。今回の人外事件の犯人を豊沢と決定し、この事件は幕を閉じた……。
◇◆
――東京都公安人外対策本部オフィス四階にて、男二人が珈琲を片手に話をしていた。
「いや〜最近人外事件多いっすねぇ〜、今週東京だけで七件。一日に一回のペースっすよ? 一年前と比べて三倍っすよ先輩〜、なんなんすかこれ〜」
まだ若い男がそう言うと、年上であろう男が答える。
「人外の発生なんて不規則だ。多い時もあれば、少ない時もある。分かってないことが多いんだ。こんなこと、いくらでもある」
「でも、流石にこの数は異常でしょう? 隕石が地球に落下してからの人外発生。そこからの二四年間。ここまで急増したのは初めてでしょう?」
「だとして、原因解決もこの人外の謎の特定もできない。俺たちにできることは、とにかく被害を出さないこと、それだけだ」
「平和的解決とかできないんすかねぇ…」
「それができていれば二四年間も、こんな状況は続いていないだろうよ……」
数秒、珈琲を啜る音がした後。後輩なのであろう男が言った。
「そういえば昨日の、人外対策隊員の一人が殺したっていう犯人の手提げカバンにクマのぬいぐるみが入ってたらしいっすよ? 人外でもそういう可愛ところってあるんすね〜?」
「人外化の初期段階は、普通の人間に近く周りも気付きにくい。脳を乗っ取った寄生虫は、宿主の前頭葉に住み着き、体の主導権を得てそいつの日常を真似する。そして成熟した後に、体を変形させ他の人間を殺し、捕食し、栄養を得て卵をどこかのタイミングで他者に産みつける……。恐らくは、そのクマのぬいぐるみも、生前の何かの真似だったのだろうな」
すると、顔を歪ませた若い男が言う。
「脳に寄生して日常を真似するとか、想像するだけでゾワゾワしますね〜! ひぇ〜っ、もしかして……目の前に居る先輩も!?」
「フッ……そうかもな」
「卵を産みつけるタイミングとか、どうやって産みつけるとかも分かってないんすよね? そんなのどうすりゃいいんすか」
「そうならないことを、祈るしかないだろうな」
「対策本部のくせして、ほんとになんにも分かってないんすね〜……こうなったら! 俺が突き止めてやりますかね⁉︎」
年上の男は、鼻で笑いながら言った。
「おう、そうだな。まずはお前が人外になって実験させてくれ、隔離施設でな」
「やっぱやめます! わたくしは、ここで一生懸命に前線に立つ隊員達のサポートや書類作成! 支援に徹します!」
腰抜け野郎……そう小声で言った男だが、言われた本人には聞こえておらず、二人はそのまま仕事に戻るのであった。
◇◆
――同時刻。管制室にて、街を巡回中の瑠花と、通信中のオペレーターの会話。
「瑠花は人外と戦ってて怖くないの? 女の子なんだから、もっと女の子らしいことしたらいいのに」
「僕には、これくらいしかやりたいことがなくてね」
「男に生まればよかったのに」
「そういう君は、男のくせして安全圏からのサポートに徹してるんだね」
「おっそういうのを男女差別って言うんだぞ」
「君が言い出したことじゃないか!」
不満そうに言う瑠花に対し、オペレーターの男はこう言った。
「俺だって戦ってやりたいさ……。でも、俺にそんな戦闘能力は無かった! せめてもとオペレーターになったけど、自分でももっと良い仕事があったんじゃないかなって思っちゃってる」
「両親の仇は?」
「もうどうでもいいかな。自分の手で打てないんじゃね。そもそもしたところで、犯人はそいつじゃないから八つ当たりみたいになるし」
「でも、仇である犯人はまだ見つかってないだろ? なら、取り敢えずはこの仕事を続けなよって、適当に言ってみた」
「相変わらずだねぇ……ま、瑠花とこうやって仕事してるのは割と楽しいから、辞めるつもりはないさ。あんたも辞めないでくれよ?」
「最近、女の子らしい仕事しようかなって思ってて……」
「そういう冗談はやめてくれよぉ!」
その楽しそうな会話はヘッドフォンが繋がっておらず、管制室全体に響いていた。
彼が上司から、仕事に集中するよう頭に超特大チョップを喰らうのは、その一○秒後のことであった。
「痛っ! ……あっ……聞コエテマシタ?」
ということでどうも初めまして、焼きだるまと申します。初めての小説というかそもそも文章が酷いもんでこんなんで良いのかと「?」が出て不安でしかないのですがまぁ、気楽にやっていければなぁと思いました。短編連載ということでまた次回は別の主人公のお話となります。どんなお話が待っているか、楽しんで見てくれる人が居るととても嬉しいです。