プロローグ
降水確率六〇%であったはずの渋谷の街は、晴れ女である私のおかげで煌びやかな太陽の光が降り注いでいる。いや、太陽が照らしているのは街ではなく私なのかもしれない。そう思ってしまうほど私は輝いている。
私は、ガラスに映る自分にそっと手を当てるのであった。
あそこの雑貨店前を通っているあの女性。アッシュブラウンの髪色に軽くウェーブがかかったショートヘアがブルーシャツとカーキ色のフレアスカートによく合っていてとても綺麗だ。
まあ、私ほどじゃないけど。
私のすぐ後ろで読者モデルのスカウトを受けて、驚きと喜びが隠せない中学生。中学生でスカウトされるなんて一般的にはすごいけど、私は小学生のころからスカウトされまくり。
はぁ、私ってすごすぎ。
私の横で待ち合わせをしている男性。ブランド物の洋服に高そうなリングとネックレスを付けているけど、いやらしくなく爽やかで似合っている。待ち合わせに遅れているという旨の連絡を受けているようだけど、その対応は非常に優しい。
うん、私からアプローチするほどではないけれど、付き合ってくれと懇願されたら付き合ってあげなくもないかな。
「お待たせ」
肩を軽くたたき声をかけてきたのは小学校からの幼馴染の久遠栞だ。
「珍しく早いね」と待ち合わせ五分前についた栞が続けて言う。
「誰が珍しくじゃ!」と私はツッコむが、実のところ本当に待ち合わせに間に合うのは久しぶりだという……。
可愛い私だが、そのさらに上を目指すための準備は怠らない。今日はたまたま早かった。
いつも遅刻してしまうことに一つだけ言い訳するとすれば、私が遅刻するのは二人だけ。栞ともう一人だけだ。それだけ彼女たちに気を許しているのだ。
……なんかいい話っぽく聞こえるでしょ。
くすくすと笑いながら栞は「じゃあ、さっそく行こっか」と言う。
「え、天は?」
天とはさっき言った、もう一人の友達。菅沼天、男でもいなくもないかもしれない名前かもだけど女だ。
天という名前の男子がいたら絶対中性的な顔立ちと思うけど、実際はごりごりマッチョマンだったりしない? 名前のイメージと容姿ってあんまり一致しないよね。
「天ちゃんは、急用が入いちゃったって」
「あいつに用事ぃ、そんなことあんの」
私の遅刻よりもよっぽど珍しいと思い、思わず口にする。
「いや、天ちゃんだって用事が入ることぐらいあるよ」と栞がまた笑う。
来ない奴を待っていても仕方がない。私たちはショッピングを始めようと歩き出す。
するとすぐに声をかけられる。
はあ、またか。
「ねえ、君可愛いね! ちょっとそこでお茶行かない? だめ? じゃあLimeだけでも交換しない」
「すみません、ちょっとお時間よろしいですか。私はこういうものですが」
「理恵!? 久しぶ……あれ? 人違い。でもこれ運命でしょ、連絡先だけでも交換しない?」
次から次へとナンパにスカウト、うんざりしてくる。栞にも悪いし。
確かに私は誰がどう見ても可愛い。
それはもう真理であり、運命だ。
私という存在が生まれて、美香という名前を両親から授けられたことから始まった運命。
立花美香。それが私の名前だ。
美しい花のような美貌、花の香気のように人を惹きつける魅力を持つように。そんな風に育ってほしいという思いが込められた。
名前の通り可愛くそれでいて綺麗に育ち、男共が大量に群がってくる。
まるで花に群がる虫みたい。
そんな虫にはどんなにうんざりしても、下手に怒ったりはしないで無視をするのが一番いいのだ。
虫だけにね。
……。
「よ、洋服見る前にタピオカ買わない? 新しいとこできたって!」
誰も聞いていないと分かっていても妙に恥ずかしくなってそれをごまかすように栞に話しかける。
「それあり~」
栞は特に気にした様子もなく、笑顔で私の手を引いた。