「納豆で未来から来たって言ったら…笑う?」
放課後、二人きりの教室、突然訪れた不思議な静寂。
その静寂を切り裂いて、どこか神秘的な雰囲気のあるクラスメート・日向がこんなことを言い出した。
「納豆で未来から来たって言ったら…笑う?」
「あ、それでいつも納豆混ぜてるの? 今も?」
「そうさ。 って…いつから気づいてたんだ?」
「気づいてたも何も…」
記憶を遡ること早半年前。 転校生として紹介されたその時から、日向は納豆をかき混ぜ続けていた。
しかもその速度たるや、洗濯機はおろか、虎がバターになるなんてのも生ぬるいくらいに尋常ではないスピードで、時折謎の電流まで走っている。
体育の授業はいつも見学なのに猛スピードの納豆かき混ぜだけは続くし、給食も腹の虫を鳴らしながら食べもしないのに、それでも納豆かき混ぜだけは続いてる。
授業中、修学旅行、試験中、二人っきりのちょっと素敵な帰り道。 どんな時でもカチャカチャネチャネチャなんとも言えないBGMと、それから納豆の独特な香りと、彼はセットだった。
「納豆をな…混ぜてたら、過去に飛んできたんだ」
すごい真剣な顔で話し続けるから、こっちも一応真剣な顔でうなずいておく。
「俺…納豆が嫌いでさ。 でも、親父が今日こそ食べろって言うから、仕方なくわかったって言って。 それで…家族皆が寝るまで、混ぜてやり過ごそうとしたんだよ」
「どゆこと?」
「そしたら、4時間くらい経った頃だったかな? 納豆のネバネバが容器からはみ出して、謎の電流と共に俺のことを覆ったんだ。 それで、気づいたら…ここに居た」
「そ、それでどうやってうちの学校の生徒になったわけ?」
「フッ。 俺は未来人だぜ? めちゃくちゃ頭下げてお願いしたんだ」
「めちゃくちゃ頭下げてお願いした…?」
「土下座の時に納豆混ぜるのやめたら、世界にノイズが走ってな。 俺が学生やりながら納豆をかき混ぜ続けなければ世界が滅ぶって言ったら…いけたよ」
「ん…と? じゃあ、先生達はあんたの素性を知ってる…ってこと?」
「未来人ってことは隠してる。 ただ、納豆を混ぜることで世界の平和を保ってるって設定にしてさ」
「えーっと…? じゃあ、なんでそのことをあたしに…?」
「明日、この教室で事件が起きる。 俺はそのせいで、姿を変え、名を変え、別人として生きていく事になった」
「え…?! そ、そんな事件が?!」
「ああ。 矢場に気をつけろ。 矢場太…奴に、気を使ってやってくれ」
「矢場太…? って、あの、クラス一のデブ?」
「奴は…。 …くっ! だめだ、もう腕が限界だ…!」
「半年耐えたのに?!」
「あとは…頼む………」
バグったモニターのノイズみたいに、日向はジラジラっと解像度が落ちたと思ったら、その瞬間に眩い電流に包まれて姿を消してしまった。
カチャカチャ、ネチャネチャという音が止んで、彼の姿が無くなっても、教室に残る納豆の香りが、彼が居たことを証明している。
「日向…。 あたし、なんて言うか…あんたのこと、ちょっとだけ…好きだったよ」
納豆の香りに向かってそう呟いたあと、あまりの虚しさと寂しさで、目からは涙が溢れ出してた。
でも、日向が最後に信じて託してくれたんだもん。 明日、何が起きるかは分からないけれど、あたしが止めなきゃ。
………
……
…
で、まぁ、結果だけ言うと、矢場君はウンコを漏らして転校してしまった。
数年後に聞いた風の噂だと、整形したり名前を変えたりして、なんとか学校でウンコを漏らしたトラウマからは脱却できたらしい。
今でも納豆を見ると、日向のことを思い出す。
かき混ぜて、かき混ぜて…あんたの正体がわかった後でも、あたし、なんでかあんたのこと、忘れられないよ。
ふと、今混ぜてる納豆に電流が走ったような気がしたけど、まぁ、勘違いだよね。
〜完〜
納豆は30回くらい混ぜるのが、1番美味しいらしい。
ネバネバの中に含まれる空気の量とか、ネバネバの粘度とかの問題で。
20回くらい混ぜて調味料をかけたあと、残り10回混ぜると良い感じ。
時をかけてみようぜ…?