第61話 戴冠式と結婚式
「ティナ、実はおばあさまから言伝があるんだ」
「な、何?」
なんだかもう聞きたくない。
おばあさま、結構怖い。
私とエドの間を引き裂くようなことばっかりしているじゃないの。
「でも、俺とお前の間には、強い絆があるので、ここまで惹かれあって一緒になれたんだろうって、おっしゃっていた」
「はあ……」
エドがなんだか自慢げだ。
「実は、俺にも魔力はあるらしい」
ええ?
「本当だよ。微弱なので、特に何かできるわけではないが……」
「じゃあ、役に立たないのでは……」
「魔法の効きがいい」
「ああ。なるほど」
確かに簡単に変身させることが出来たわ。
エドがなんだか嬉しそうだ。何考えてるの?
「今の儚げ美少女も大好物だけど、豊満美女になってもらったり、スレンダー美女もいいな。色々楽しめそうだ。ここなら、誰も見ていないから安心だね。あと、子どもに魔力が期待が出来るよね!」
どこかの王様と同じことを考えていらっしゃる?
「わかったわ」
そんなこと言うなら私だって、考えがあるわ!
「黒髪のすらりとした知性派美青年! 黒縁メガネ付き!」
お忘れかもしれないけど、変身させることができるのは、私の方なんですからね?
私は惚れ惚れと、変貌したエドを眺めた。心なしか狼狽しているように見える。
「すてき。好み」
私はうっとりしてエドに抱きついた。ここは森の中。誰も見ていない。それにエドがエドじゃない。
これなら言えるわ。
「エド、大好きよ」
言ってみた。
「ほんとは、ずっとずっと大好きよ」
今度のガレンへの輿入れは、前のことを思うと、はるかに賑やかだった。
そして花婿自らが、満面の笑顔で迎えにきていた。
「なんと可愛らしい花嫁だ」
エドはそれまで見たこともないくらい、かっこいい服を着ていた。
白地に銀糸の縫い取りのある騎士服だ。
肩幅が広く背が高い。
どうして気が付かなかったんだろう。筋肉は嫌いだと言ってたけど、これはかっこいいわ。
筋肉って、素敵だったのね。厚い胸も引き締まった腰もいいじゃない。
私が大人になったのかしら。カッコよすぎて目が離せない。
彼は、すぐに私の馬車に寄せてきた。笑顔が眩しいっ。
「忙しくて、しかも事務仕事ばかりで筋肉が落ちてしまって……。君の好みから少し外れてしまったかもしれないけど」
私は黙ってエドの顔を見た。それから、肩、胸、腰、太もも、騎士服の上からだけど、順々に目を落としていった。
それでか!
「とても素敵」
私は控えめに言った。エドが盛大に照れた。
「久しぶりに会えて、とても、その、かわいい。どう言ったらいいかわからない。だけど……」
無理矢理馬車のドアを開けて、エドが馬車に乗り込むと、沿道の見物人がどっと湧いた。
エドは、乗って来た馬を警備の騎士に任せて、馬車に乗り込んできた。
「絶対に離さないよ」
抱きついて、キスしているのが外から見えたらしい。騒ぐ声がより一層大きくなった。
「普通は結婚式より戴冠式の方が先ではないのですか?」
私は宰相に尋ねたが、宰相が言いにくそうに説明した。
「それがですね、どうしても結婚式を先にしたいと……」
「エドが?」
「はい。国王陛下が。いっそ、同時にしたいと」
「無理でしょう」
私は呆れた。準備の業務量を考えたら、絶対に無理。
「でも、とにかく先に結婚したいと言うんです。……どんなに忙しくても構わないと」
宰相はアンセルムで、すでに仕事で満杯状態だった。目の下にクマができている。忙しくなるのは、国王自身もだけど、主にアンセルムたちである。
しかし、文句を言えないのは、理由があった。
「また、逃げられたら困るから」
忙しすぎて、寝不足で血走った目で私を睨みながらエドは言った。
私はちょっと後悔した。
あの時、黙ってアルクマールに戻らなければ良かった。
悲惨なことになると、この時は私は覚悟した。
「いいかね。魔法を使うんじゃないよ」
それが、アルクマールを離れるときの、おばあさまの最後の言葉だった。
だが、こうなったらそうはいかない。
仕方ないから、誰も見ていなければ魔法でやっつけた。
サインだけ必要です、とかそういう書類仕事。パパパッと紙が舞い上がり、全く同じサインがコピーされていく。
よろよろになったエドが助けを求めてくることもあった。
「ごめん。俺を二人にして」
「どうするの?」
「謁見、うっかりダブルブッキングしちゃった。片方、挨拶するだけだから、お願い」
そう言いながら、エドは折り重なったいろいろな様式の紙が空中に舞い上がり、きれいにサインされて、順番通りきれいに積み重なっていくさまに気がついた。
「あれ、何?」
バレたか。
「サインよ」
渋々答えたが、次の瞬間、エドは秘書官を招き入れていた。
「サインだけのやつ、運んどいて」
それから私の方を向き直ると、有無を言わせぬ感じで言った。
「君の分をコピーできるなら、俺の分だってできるよね?」
それ、偽造じゃないのか?
エドは誰かに引っ張られてどこかに行ってしまったが、私の部屋は、書類の山に埋め尽くされた。
「まだ、あるの?」
侍従が、次から次から運び込んでくる。
「あと一部屋分だけでございます。招待状と、お返事が主でございます。中身の方は秘書官が確認しますので、まず問題はございませんが、サインだけは直筆でないと相手にわかってしまいますので……」
「そこへ置いておいて。エドが戻ってきたら書かせるわ」
そう言い置いて、厳重に部屋のドアを閉めて、誰もいないことを確認してから、私は紙を舞い上がらせて、エドのサインを偽造し続けた。その後もずっと。
結婚式は盛大で、私たちは教会から城までパレードしたし、三日三晩、祝賀の舞踏会を催した。
疲れたけれど、幸せだった。
これから私はこの人のそばにいる。エドがそう望み、私も彼を選んだ。
森に囲まれた静かなアルクマールを離れ、人で一杯のガレンの国に住む。
「ガレンは人で一杯なんだ。欲まみれでね! 魔女には困った環境だよ!」
おばあさまはそう言ったけれど、私はガレンが好き。
「エド、あれはオペラ座?」
私はエドの耳元で精一杯の大声で叫んだ。
「え?」
パレードの周りは群衆が押し寄せて、花嫁を取り戻した元の王太子殿下の結婚を大声で祝っていた。
何も聞こえない。
「オペラ座?」
彼はうなずいた。
「連れてって!」
どう聞き間違えたか、彼は私を抱きしめたので、オープンパレードの周りはすごいことになった。
「君は俺を勘違いしているよ!」
騒ぎの中で、誰にも聞こえないと思って、エドは力いっぱい大声で怒鳴った。
「え?」
「結婚式なんかどうでもいいんだ! 早く済ませたいだけだ!」
国儀じゃないの?
「これで俺のものだ」
声よりも、目つきが全てを物語っていた。
「王妃は絶対に離婚できない。そして一生かけて理解してもらうつもりだ」
「何を?」
大きな声ではなかったが、何を言われたのかわかったらしい。耳元で怒鳴られた。
「隅々まで、残るくまなく愛している。所有するんだ、君を」
それから言った。
「ポーションをよこせ」
「え?」
疲れで目が赤くなり、落ち窪んだような気さえするエドが私を強請った。
「ティナが美容のために、こっそり飲んでいたことは知っている。俺にもよこせ。今晩要るんだ」
悪い顔になって、エドは言った。
「逃さない。離さない。絶対」