第50話 弟のエド、小姓になる
翌朝、私はファルクに、弟を連れてきていいことにしてくれと泣きついた。
とにかくエドのことが心配だった。
ファルクも私の家族については心配していたらしい。
「リール公爵家は、違法でも平気でやりたいことをする連中だからな」
そのほかの家族は?と聞かれたが、昨夜話した通り、北の地方住みなのでリール公爵家の手は及ばないだろうと言った。
「でも、弟は王都にいます。危ないと思います」
「弟を心配するのは当然だな」
弟設定、大成功だわ。
エドはファルクの世話にだけは絶対になりたくなかったと思うけど、鳥メールの指示に従って、やむなく茶色のウサギを抱いて現れた。
「なんだ、そのウサギは?」
「ペットです」
口数が少ないなとファルクに評された弟のエド・ウィルは一言だけ答えた。
「そこで、ファルク様にご相談なのですが……」
私はファルクに話しかけた。
「実は私の一家は没落貴族なのでございます」
それはそうだろう。
昨夜のあんなダンスやマナーは、町娘や農家の娘には無理だ。
もっとも、エドは昨夜のリール公爵家での出来事を知らなかったから妙な顔をしていた。
「ううむ。そうだろうな」
ファルクは美しい顔を何回か上下させて頷いた。没落貴族設定は、すんなり納得したらしい。
「家名は? シュメールか?」
エドはすぐになんの名か気づいて私の顔を見た。
「シュメールは仮の名でございます。リール家がいくら探しても見つからないでしょう」
私はスラスラと嘘を言った。
「それで、お願いと言いますのは、このエド・ウィルのことでございます。もう十三歳になっていますので、できることならアンセルム様の小姓として使っていただきたいのです」
「アンセルムのか」
ファルクは考え込んだ。
「俺の小姓なら俺の一存で決められるが、兄の使用人は兄が決めることだから、どうだろうな?」
「エド・ウィルは、一年だけ学園に行っておりまして、その折にはイズレイル先生に教わっておりました」
「なんと! 秀才しか教えないというイズレイル先生にか!」
へー? そうだったの?
イズレイル先生は秀才しか教えないのか。しまったかも。エド、その設定で大丈夫かしら。
「ええと、ですから、人物に関しては先生が保証してくださると思います。読み書き、算術は一通りできますし、外国語も話せます。また、武芸も基礎くらいなら……」
エドがギロリと睨んできた。彼が一番得意なのは武芸なのである。
「武芸はまだ十三歳ではございますが、末が楽しみだと言われておりました」
まだ、十三歳の設定なんだから黙ってろと言いたい。
「ほお? それは、兄より俺が使いたいな」
私は慌てた。
「でも、姉の私と一緒では甘えが出ると存じます」
「なるほど。それはそうか」
いちいちやきもち焼かれたら面倒臭いのよ。それに、アンセルムはエドの同級生で、あの調子なら間違いなく反リール公爵家派。力のある伯爵家の当主でもある。
力になってもらうには、ピッタリだと思うの。
「もちろん、私も同じお屋敷内なら、お休みの時には弟に会えますし、何より安全でございます」
「おいおい、弟君はとにかく、俺は君を雇ったわけじゃない。お休みの日だなんて侍女みたいなことを言わないでくれ。君にしてもらう仕事などないぞ? 当家に嫁ぐために家系図などを覚えて欲しいけど」
ですからね、そういう発言が、色々と我が弟を刺激するわけですね。
エドがピクピクしてるじゃないの。




