第48話 リール公爵家のパーティ
一体、この流れはなんなのか。
侍女は、最初、憮然として私にドレスを着つけていたが、だんだん調子が狂ってきたらしかった。
それはそうかも知れない。
言っておくが私は、バリバリのお嬢様である。ジェラルディン嬢どころではない。
最近は、料理女と化してるけど。
侍女が、どこかの高貴なお嬢様の世話をしている気分になること請け合いだ。
それも低位貴族ではない。高位の家柄の娘だ。
髪の結い方にしろ、化粧にしろ、ドレスの着付けにしろ、町娘のモードには疎いかも知れないけど、宮廷服に関してはあなたより詳しいんだからね。
最初は何言ってんの?この田舎娘、みたいなノリだった侍女が大混乱になっていく様はちょっと面白かった。
「下着を締めますからね。慣れないと苦しいけど、キツくても我慢するんです」
最初はこれにしなさい、とか黙っていなさい、みたいだったし、手つきも邪険だったけど、だんだん丁重になり、最後にはお伺いを立てるような感じになってきた。
「これでよろしいでしょうか?」
「ここが端折れていないと、おかしいでしょう」
「あっ、申し訳ございません! うっかりしまして……」
だが、侍女なんかどうでもいい。
問題は、この後だ。
それとエドだ。
部屋に紙とペンがあるのを見つけたので、私は侍女に言った。
「ファルク様に、この着付けでいいか確認していただきたいの」
「かしこまりました」
そう言うと、侍女は急いでファルクを呼びに行った。その隙に私はエドに向けて手紙を書いた。
『無事。クレイモア邸にいる。あなたを呼びたい。私が寝ると姿が元に戻るので』
いや、ほんと、これが一番こわい。不用意にエドが元の姿に戻ってしまったら、どうしよう。かと言って一日中起きていられないし。
私は人目を盗んで、こっそり窓を開け、白い紙を放った。
ちょうど窓を閉めた途端に、廊下に人声がした。ファルクだ。
「そうか。どんな様子だ」
明るい声だ。声が弾んでいる。
「生まれつきの貴婦人のようでございます」
「そりゃまた、えらい褒めようだな!」
ファルクは嬉しそうだった。
「入るよ、ティナ」
ドアを開けて私を見て、ファルクはびっくりしたらしかった。
おどおどしている田舎娘を想像していたのだろうか。
「ティナ?」
私は優雅に宮廷風のお辞儀をした。
ファルクは……ファルクの他に侍女も口をぽかんと開けて驚いていた。
「ど、どこで? どこでそんなことを学んだんだ?」
「以前に勤めておりましたお屋敷で。見よう見まねですわ」
そんなわけない。そんなことで身につくようなものではない。
だが、ファルクにはその説明で十分だったらしい。
なにも疑わず、上機嫌になった。
「大したものだ。お辞儀だけできれば、もう十分だ。さっ、急ごう!」
彼は嬉しそうに微笑み、思わず手を差し伸べた。私はそのエスコートに乗っかった。
もう、毒を喰らえば皿までである。
馬車に乗っていく間中、ファルクは嬉しそうだった。
「こんな宝石が、まさか街の食堂で見つかろうとは!」
そしてずっと見つめていた。
「姿勢といい、表情といい、仕草といい……」
それは、この格好になると、どうしてもそうなるのよ。コルセットのせいだけじゃない。宮廷の貴婦人とはこう言うものなのよ。
「見つけた。僕の宝物。誰も知らない僕だけの宝石……まるで、おとぎ話の夢が叶ったようだ」
すっかり満足しきった表情で、彼はうっとりと囁いた。
……この先、どうなるの………
ダンスパーティの会場は、リール公爵家の本邸で、今夜は大勢が呼ばれた大変華やかな会だそうだった。
悪意の香りがプンプンする。
絶対に私を見せ物にする気なんだわ。
「僕がサポートするから、心配はいらない」
「嫌がらせですわね」
私はため息をついた。
出来るだけ華やかで格式ばった会に出席させて、料理女では対応できないような立場に立たせ、恥をかかせ、みんなで笑い物にしようという魂胆だろう。
身なりや振る舞いは、どうにかなるとして、会話だけはどうしようもない。
上の者から先に話すことになっている。それに、私はガレンの貴族はそこまで詳しくない。
ファルクから離されて一人になった時が不安だ。
「お兄様のアンセルム様は参加されますの?」
「参加するが、義姉上が一緒だ」
義姉上が私に好意を持っているとは、とても思えない。
「ファルク様、申し訳ないのですが、出来るだけ一緒にいてくださいませ」
「もちろんだ。命に代えても君を守る」
伯爵家の馬車は公爵邸に着き、私たちは豪勢な公爵家の華やかなホールに通された。




