第47話 ファルクに捕まる
私は野菜の入った桶につまずいて、盛大にひっくり返して豆をぶちまけながら、懸命に逃げた。
「ダメだ、逃げるな、ティナ!」
だが、ハンスではない、別の男に捕まった。何人かで探していたらしい。
若い騎士らしい男だ。
「ティナ様。ファルク様から厳命されています。絶対にお連れするようにと」
私は髪を振り乱して、その若い男を見つめた。
「ど、どこへ?」
彼はちょっと頬を赤らめて答えた。
「クレイモア家です」
「だ、だめよ」
「なぜですか? あなたはファルク様の想い相手です。危険なのです」
「リール公爵家ですか?」
彼は頷いた。
「もちろんです。私の言うことを聞いていただけますか?」
アルクマールに帰っておけばよかった。
私は捕まって、クレイモアの邸宅に閉じ込められた。
多分、ファルクの部屋なのだろう。趣味なのか壁は武具でいっぱいだった。
「ファルク様は?」
侍女が、侍女よりはるかに貧しい身なりの私を、値踏みしながら答えた。
「夕刻にお戻りになります」
私を傷つけたりしてはいけないと命じられているのだろう。
でなければ、返事ももらえないと思う。
ファルクは昼過ぎに戻ってきた。
誰かが、知らせたのだろう。私を捕獲しましたと。
「見つかったのか。よかった」
そう言う声がして、部屋のドアが開いた。
ファルクの氷の美貌が怖い。
絶対に怒っている。
だが、彼は悲しんでいるようだった。
「そんなにも僕のことが嫌いか?」
私は黙っていた。
それ以前に、どうして好かれると思っているのか、よくわからない。
「どこにいたのだ」
黙秘権行使だ。
「ああ、ティナ……」
彼は、跪いて私の手を取った。
「いけませんわ。高貴な方が……」
私の方が高貴なんだけどね。でも、今は仕方ない。
「あなたがいなくなって、僕がどんな思いをしたか……間抜けだった。家の場所を聞いておけばよかった」
「ファルク様……」
横では侍女がなんでこんな女に入れ上げるんだ、みたいな顔をして控えていた。
「もういい。言い訳は後で聞こう。それより……」
言い訳する気なんかないけどねっ。
「それより、よかった。実はリール家から、招待状が来ていてね」
「なんのでしょうか?」
「ダンスパーティだ」
「ダンスパーティ?」
私は意味がわからなくてファルクの顔を見た。
「君も出席させろと言う内容なんだ」
ファルクが顔を顰めて言った。
「なぜでしょう?」
「恥をかかせたいのさ」
「クレイモア家にですか?」
「むしろ、婚約者にだ」
誰? 婚約者って?
「だから、君だ。ダンスも踊れないと」
私はファルクの顔を見た。
いや、踊れますよ? だけど、あの茶番は、未だに現在進行形なのかしら?
「断ってください……」
「参加するだけでいいんだ。兄は連れていけと言うのだ。見せつけてこいと」
「何を見せつけるのですか?」
「ちゃんと実在する婚約者なのだと」
ファルクは、私を抱きしめた。横で侍女が聞こえるようにため息をついた。
しかし、ファルクは気にしなかった。
「無事に見つかって、よかった。リール家は必死で君を探していたと思う。見つけ次第、殺す気だったんだと思う。死んでしまえば、真実の愛の相手がいなくなる。そうすればメアリ嬢との婚約が可能だ」
わたしはゾッとした。
もうどんなに目立っても、アルクマールのクリスティーナ姫の方が無事だった。
めんどくさいは身を滅ぼす。同じ見つかるなら、ハンスに見つかってよかった。これがリール家の手の者にみつかっていたら、どうなっていたのだろう。
「そのパーティが今晩なんだ」
「今夜? と、突然過ぎます!」
「ドレスだけは適当に作っておいた。ハンスからエプロンのサイズは聞いておいた」
毎回、そんなに精密に同じ格好に変身していた保証はないんだけど、どうしよう。
それにエプロンのサイズって、ウエスト回りしかわからないんじゃないかしら。
侍女が、用意しますと別室へ誘った。
この侍女、大丈夫よね?
「ファルク様、私、せめてこの屋敷の中では安全でしょうか?」
「もちろんだ」
私の視線が侍女に流れていることに気づくと、ファルクは言った。侍女に向かって。
「もちろんだ。君を美しく着付け、この上ない姿に仕立て上げないとクレイモア家の恥になる」
エドのいるあの家に戻らない限り、私はアルクマールに戻れない。
それにエドの変身をどうしたらいいかわからない。途中で解くわけにはいかないのだ。




